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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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台連寺 (1)

 三月。

 二本松から毎日福島に通うにはどうしても無理がある距離なので、福島では下宿に入ることになった。だが、一日あれば二本松の家に帰れる距離でもある。ごく近くということもあり、旅立ちの悲壮感は、それほど感じなかった。

 明日には福島へ出立するという、その日。剛介は、銃太郎の墓がある台連寺に詣でた。

 あの頃は、まさか教師を目指そうとは思わなかった。ひたすら、「公のため」「二本松のため」に尽くすことを教えられ、武士以外の職は考えられなかった。だが、銃太郎が教えてくれたのは砲術だけでない。仁や義など、人として大切にしなければならないことも、多く教わった。これから先も、きっと自分は銃太郎の背を追いかけていくに違いない。

 今の自分を先生が見たら、どのような感想を持っただろう。

 長いこと銃太郎の墓前で手を合わせた後、そろそろ家へ戻ろうとした時である。

 ふと、背後に人の気配を感じた。そこには、一人の老人が立っていた。

「御家老……」

 相手は、あの丹羽丹波だった。猪苗代で、一度は剛介を見放そうとした人物である。

 長いこと、忘れられない顔でもあった。もっとも、出会った時に既に相手は初老だったはずだが、あの時から相手はさらに年老いている。鋭かった眼光も、今では穏やかなものになっていた。

 剛介は、黙って会釈をして立ち去ろうとした。

「待て」

 その声に、思わず足を止めた。相変わらず、声だけは鋭い。

「少し、付き合わぬか。武谷剛介」

 よく、相手は自分のことを覚えていたものだと思う。そもそも父の作左衛門はともかく、剛介は一介の藩士の子弟に過ぎない。それも、母成峠で戦った一〇〇人のうちの一人で、猪苗代でわずかに声をかけられただけだ。やはり剛介と丹波も、切れぬ因縁があるということなのだろうか。

 磐根との会話を思い出し、剛介の体は自然と強張った。

 丹波は、剛介と同じように銃太郎の墓前に手を合わせると、長いこと、そのまま動こうとはしなかった。

 やがて、ぽつりと呟いた。

「儂を、恨んでいるか」

 思いがけない、丹波の言葉だった。剛介は、丹波の意図が分からずに困惑した。その様子を見て、丹波は「猪苗代のことじゃ」と付け加えた。

「いいえ」

 きっぱりと、剛介は言った。

「一昔も前に、過ぎたことです」

 丹波は、足元に視線を落とした。

「詫びもさせてくれぬのか。一年前と同じように」

「一年前……」

 昨年は半年余りも九州で戦塵に塗れていた。その前の秋に初めて二本松に里帰りしたのだが、あの時の剛介の里帰りを知っているのは、下長折の家族と水野と虎治、磐根くらいのものである。

「心安寺を訪れたことがあっただろう」

 そういえば先祖への報告も兼ねて心安寺にも足を運んでいたと、今さらながら思い出した。

 あそこにも、仲間の墓がある。木村道場の者では、徳田哲次、木村丈太郎、高橋辰治らが眠っていた。二本松に帰ってきてから、水野からそのことを教えられたので、剛介も先日墓参りに行ってきたばかりだった。

「心安寺でお主を見かけた時は、息が止まるかと思うた」

 丹波の言葉に、剛介は戸惑った。丹波は丹羽一族に系譜を連ねるから、丹波の菩提寺は大輪寺か蓮華寺のはずである。ということは、個人的に少年たちの墓参りに来ていたのだろう。そして、そこで成長した剛介を見かけたということか。

 まさか、丹波が自分のことを気にかけていたとは思わず、「はあ」と間抜けな声が出た。

 そんな剛介に構わず、丹波は続けた。

 猪苗代で剛介らが出立した後、丹波たちは二十三日に若松に到着した。だが、既に若松城下は火に包まれ、とても城に入って会津と共に戦うどころではなかった。

「もう、我々は戦うことすら無理だと、鳴海に諭された」 

 丹波は、自嘲するかのように口元を歪めた。

 そこで、公のいらっしゃる米沢を目指すことにして、会津から米沢への入り口の一つである塩川に向かった。塩川で麗性院らと合流し、桧原峠を越えて三十日にようやく米沢に辿り着くことができた。

 だが家老座上かつ軍事総裁であった丹波は、米沢では戦犯として厳しい眼差しに晒された。米沢でも厳重な監視下に置かれ、そのため、他の藩士よりも帰藩が遅れた。かつての軍務総裁という立場を慮ってのことだろう。明治になってからの新体制の二本松藩の執政からは、丹波は一切外された。名前を出すことすら憚れるのではないだろうか。かつて、公に次ぐ権勢を誇ったこの男を恨んだ人も、相当にいたはずである。

「あの猪苗代での三浦の言葉は、堪えた」

 思い出した。

 三浦の言葉は、散々な言いようだった。

 国家老という重職にありながら、何もしなかったではないか。城の危急を救うこともできず、多くの者の義を辱め、名を汚し、自分だけが生き延びようとした。あまつさえ、子供にさえ当たった。

 そう言って、丹波を詰った。剛介の知る限り、国家老の丹波に面と向かって罵声を浴びせたのは、義制くらいのものである。



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