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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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再出発 (2)

 磐根は戦に出ることはなかったが、その見識の広さは端倪すべからずものがある。磐音もまた、二本松が誇る志士の一人だ。きっと、ご自分なりのやり方で、これからの世を切り開こうとしているのだろう。武ではなく文を以て、泰平の世の礎を築こうとしている。

 剛介は素直にそう感じた。

「そういえば」

 磐根は、首を傾げた。

「お主はあれからどうしていた」

 剛介が二本松に戻ってきたというのは、どこからか聞き込んできたらしい。ただ、詳しい事情はあまり人に語りたくなかった。剛介にとっても、特に誇るべきことでもない気がする。

「香木殿と同じように、九州へ参っておりました」

 そうか、と磐根は複雑そうな顔をした。弟は戦死したが、剛介は生き残った。これ以上二本松の者の死を聞くのは、磐根も辛いのだろう。剛介の身近で言うならば、大壇口で共に戦った者のうち、半数近くがこの世にいない。それ以外にも、多くの知己が露と消えた。

 少しでも明るい話題にしようと、剛介は話を転じた。

「不肖ではありますが」

 剛介は、師範学校の給費生に選ばれたことを報告した。それを聞くと、磐根は嬉しそうな顔をした。

「やはり、武谷先生の息子だな」

「そうでしょうか」

 剛介も、笑いながら返した。これまでさんざん言われてきたから、姿形が父に似ているという自覚はあった。もっとも、中身は大分違うような気もする。父も戊辰の役の折には臨時の軍監まで任されたくらいだから、兵法や武芸にも通じていたのは確かだろう。だが、遅くに出来た子である剛介には、どうも甘い父であった。機会があれば戦いに出たがっていた自分とは少し違う。

「武谷先生は、身分を気にしない懐をお持ちだった。だからこそ我が父も、武谷先生が丹波様に才を見出されたときにも、当然だと思ったのだろうな」

 一人思い出に耽る磐根の言葉に、剛介の耳が止まった。

「どういうことでしょう?」

 父が丹波とも関わりがあったとは、初耳である。てっきり、二人には接点がないと思いこんでいた。そういえば、父の口から藩内の政治事情を聞かされたことは、ほとんどなかった。

 不審そうな顔をする剛介に、磐根は戸惑ったようだ。

「私の父は早くから勤王の志を持っていたから、丹波様にはどうも煙たがられていた気がする。だが、武谷先生の才にいち早く気付いたのは、先代の丹波様だったと、亡き父上から伺ったことがあった。丹波様の事は好きになれなかったが、丹波様に見出された武谷先生の才とお人柄は、誰しも惚れ込んだと」

 磐根の言葉で思い出されることがあった。戊辰の役の時には、雲上人から何度も「武谷先生の息子」と呼びかけられた。てっきり、父は学館の教師か勘定奉行として知られているだけなのだろうと思っていたが、それとはまた別の顔を、父は持っていたということか。

 丹波が父の才を認めていたというのも、意外といえば意外だった。家老座上が七十石の小身の藩士と積極的に関わりを持っていたとは、思いもよらなかった。

 黙り込んでしまった剛介を、しまった、という顔つきで磐根が見つめている。そもそも、丹波は昔から嫌われる傾向があった。まして、今では二本松藩の戦犯扱いである。

「少々、口が過ぎたかな」

 ばつが悪そうな磐根の言葉に、剛介は「いいえ」と答えた。猪苗代での件は、剛介の運命も大きく変えた。あの時の決断を恨んでいるわけでも後悔しているわけでもない。ただ、丹波がどのようなつもりで自分等を置いていくに至ったのか。その心境には興味があった。

「父には父の生き様があったでしょうから。それについて今更、兎や角言うつもりはありません」

 剛介は、きっぱり言った。

「そうか」

 磐根は、ほっとしたようだった。

「丹波様の件はさておき、剛介殿が二本松の子らを育てるというのは、私も賛成だ。きっと、武谷先生もお喜びだろう」

「ええ」

 義母もだが、師範学校の合格を真っ先に報告した相手は、やはり実父だった。結局のところ、兄よりも自分の方が父に近い職を選んだことに生る。

「いつか、私のところに剛介殿の教え子が来るかな」

 磐根は愉快そうに笑った。

 あり得るかもしれない。国学を愛し、義に篤い磐根は、間違いなくこれからの国造りに欠かせない人物だろう。

「優秀な子を育てられるよう、まずは私が精進致します」

 生真面目な顔で剛介は、磐根に宣言した。

「何かあれば、私も力になろう」

 二本松の人間らしく、磐根は神妙に頷いた。



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