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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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丸山翁の話 (2)

 一昔前に預かった二本松の種子が、若木となって次の世代を見せてくれるとは、あの頃は思いもよらなかった。そして、西南の役では華々しく活躍してきたというのは、かつての部下であった遠藤清尚からも聞いていた。剛介は活躍に応じた出世もしたのだが、それにしては浮かない顔の日々が続いているという。

「貞信殿も立ったままでは疲れるでしょう。そこの土手で休むといたしましょうか」

 三人は、丸山に勧められるままに、土手に腰を下ろした。眼の前を、赤とんぼがひらひらと飛んでいく。

 丸山としては、二本松の種子を引き受けるきっかけを作ったのが自分である以上、その行方も見届けたいと思うのは、自然な心情であった。

「西南の役で、何かありましたかな?」

 丸山の質問に、剛介は週巡した。初めて出会ったときもそうだったが、この老人は洞察力に優れている。だが、会津の人間に胸の内を明かすには、やや躊躇われた。

「ご安心下され。この老体の胸の内に収めます」

 週巡の気配を見せた剛介に、丸山は、小さく笑いかけた。その言葉に勇気をもらい、剛介はそっと呟いた。

「かの地で薩摩人の心中を聞いて、どう判断したものやら考えております」

「と言いますと?」

「戊辰の役も、西南の役も。薩摩の者全てが進んで身を投じていたわけではないと。そして、薩摩の若木を斬ってきたことについて」

「なるほど」

 しばし、沈黙が訪れた。

 戦だから仕方がなかった、で片付けられたら、簡単な話だったのかもしれない。剛介自身がかつては敗者として傷つけられながら成長し、この度の戦では官軍として赴いた。だが、剛介は「官軍」の言葉に陶酔できるほど、非情にもなりきれないのだろう。共に戦った宇都も、戊辰の役で自分が犯した罪に苛まれていたではないか。

 非情になりきれない自分自身に、剛介は未だ戸惑っていた。

 そして、「薩摩を憎みきれなくなった」という事は、これからの剛介自身の身を危うくしていく可能性をも秘めていた。剛介が薩摩についてどう思うかはともかく、実際に戻ってきてみれば、相変わらず、会津は国策として「奸賊」扱いされている。

 また、斗南藩で苦渋を舐めさせられた者達も多く会津の地に戻ってきており、仮に剛介が薩摩の人間を庇い立てするようなことがあれば、今度は会津の人間から、剛介やその家族が責められるかもしれない。自分自身に嘘はつけないが、遠藤家の人々に自分の正直さのために迷惑をかけることも出来ない。

 戊辰の役の悔しさを糧として奮起している者も多い会津で、これからどのように薩長の人間と向き合っていけば良いのか。難しい問題である。

 まして、次男を殺されている遠藤家で相談できる話ではなかった。

「お優しいのですな」

 息子をいたわるかの如く、丸山は優しく言った。

「非情になれぬことは、武士として、恥じるべきことでしょうか」

 側に貞信がいるにも関わらず、剛介は思わず心情を吐露した。

「恥じることではありますまい。それも剛介殿の強さの一つでしょう」

「強さ……」

 丸山の言葉に、剛介は思わず考え込んだ。

 十四のあの頃の自分だったら、もっと楽に薩長を憎み、復讐を遂げた満足感に浸れていただろう。だが、今は薩摩にも「心ある者」がいることを真正面から受け止めるようになり、自分自身も多くの者を手にかけてきた。綺麗事を偉そうに語れる身ではない。

 あの、田原坂で手に掛けてきた「西郷先生」と叫んでいた若者などは、まだ十五歳ではなかったか。かの少年が斬り込んできた際の心中は、あの頃の自分と、さして差はなかった気がする。

「父上?」

 貞信が、剛介の膝に上ってきた。幼い息子なりに、何か察したのだろうか。

「大丈夫だ」

 息子を安心させるように、剛介は息子を腕に抱きすくめた。貞信はしばし大人しくしていたが、やがて、もぞもぞと体を動かした。

「それにしても、よく似ておられますな」

 微笑ましい父と息子の様子に、丸山が目を細めた。その言葉を聞いて、剛介も再び笑みを浮かべた。

 かつて何度となく「半左衛門に似ている」と言われて気恥ずかしい思いをしたが、父となった今では、息子が似ていると言われるのは、素直に嬉しい。

「剛介殿は、もう十分に会津の為に尽くされたのではありませんか」

 丸山は、静かに言った。

「そうでしょうか」

 剛介は、そうは思えなかった。西南の役に出たのは、上司の言葉の挑発にうっかり乗った形であり、そこで多くの罪なき者を手にかけてきたような気もする。それなのに、それが出世の緒になりそうなのだが、何となく腑に落ちない。

 そしてその先に待っているのは、また別の争いなのかもしれない。巡査という職に就いている以上、今のままでは、西南の役のような理不尽さと向き合わなければならないこともあるだろう。

「何も、戦で闘うばかりが功績ではありますまい」

 丸山が微笑んだ。

悌次郎(ていじろう)など、元々は剣よりも学を好む者でしたからな。おかげで、今はようやっとそれで身を立てつつありますが」

 その言葉に、剛介はかつての朋輩の言葉を思い出していた。

 武を以て相手を倒そうとするのではなく、知を以て二本松を守る子らを育てたい。

 水野が述べた言葉は、奇しくも、この丸山翁の息子らにも当てはまるのかもしれない。悌次郎の甥である胤孝もまた、南学館の教鞭を取っていたこともあった。

「故郷の朋輩も、同じようなことをしておりました」

 剛介も、穏やかに微笑んだ。ただし、自分が同じ道を進もうとするには、どうしても遠藤家の嫡子の問題がつきまとう。元々、剛介が遠藤家の養子となったのも、嫡子としての役割を期待された面もあった。

「剛介殿が悩まれているのは、既にお心を決められかけているからではありませんか?」

 丸山が、静かに問うた。その言葉に、思わず目を見開く。

「何のことでしょう」

「遠藤家の嫡子の話です」

 剛介は、苦笑するに留めた。本当に、この老人はどこまでも洞察力が鋭い。きっと、自分が西南の役で今まで見聞きしてきたことを踏まえて、このままでは、いずれは会津にいられなくなることも見越しているのだろう。

「一つだけ、丸く収める方法がありますな」

「ええ」

 丸山の言わんとしている選択は、多少なりとも息子を始め、遠藤家の人々を傷つけることになる。それでも、息子にはこの地で生まれ育ったことに誇りを持って、強く生きていってほしい。

「貞信。父の肩に乗るか?」

 剛介は、息子に背を差し出した。遠慮なく貞信がその背に乗り、剛介は背を揺すってその貞信をさらに上に押し上げ、肩車の形にした。幼子には、視界が広々と開けてさぞかし気持ちが良かろう。

 父の肩に乗った貞信の目には、焼け焦げた鶴ヶ城の遥か彼方に、会津の象徴である磐梯山が見えるはずであった。

「父上、磐梯のお山が見えます」

 思った通り、頭上で、貞信が燥いだ声を上げた。

「今日は空が澄んでいるから、磐梯山がよく見えるだろう」

「はい」

 そんな親子を、丸山は眩しげに見つめた。

「貞信殿。覚えておかれるが良い。そなたの父上は、誇り高く、強い二本松の武士であったことを」

 驚いた様子で、貞信が首を丸山に向けた。危ない、とばかりに剛介は慌てて貞信を支え直す。だが、そんな一瞬の動作ですら愛おしかった。貞信の姿勢が安定すると、丸山に目礼した。

「剛介殿は二本松藩の大切な御子として育てられ、十四で戦に臨まれた。そして、自ら傷つけた者にも慈悲の心を持てる、真の武士である。そのような方の御子であることに、誇りを持たれよ」

 ようやく三歳になろうか、という息子にはまだ難しい話かもしれない。だが、丸山翁の言葉は、剛介の背を押してくれるものだった。

 



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