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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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出水 (4)

 その知らせが届いたのは、鹿児島との連絡がついた七月下旬だった。別働第三旅団は、新撰旅団(しんせんりょだん)に後任を託す形で、解団するとの伝達があった。既に、川路は東京に戻されている。一説によると、川路は西郷を監視するために、多くの密偵を放ち、西郷の暗殺を図っていた。また、宇都を初めとする郷士に対しては、「地ゴロと馬鹿にされた悔しさを思い出せ」と盛んに巡査としての仕官を勧め、薩摩の者同士の戦いを促した。結果として多くの薩摩人の怨みを買い、それを危惧した大山巌らが、川路を外すことを決めた。

 それを聞いても、剛介は特に何の感慨も沸かなかった。ただ、胸に去来したものは、「これで会津に帰れる」という安堵感のみであった。

 鹿児島から東京に向う船には、どういうわけか宇都も乗っていた。宇都は元々東京の警視局に籍を置いていたから、東京に戻るのも不自然ではない。だが、その心中は穏やかではないだろう。

 その宇都は、今はぼんやりと船の手すりにもたれかかって、海を眺めていた。視線の向こうには、桜島が噴煙を上げている。

「これからどうするつもりだ」

 剛介は、宇都に訊ねた。

「そうだな。まずは、東京で一旦身の回りを整理(こば)むいつもいだ」

 宇都は、水面から目を離さずに答えた。

「身の回りを整理んたら、出水で三郎の墓参りをしようと()も」

 やはり、あの許嫁の弟を斬ったことは、宇都にとっても無念だったのだろう。その申しなさに、身を竦めた。

 剛介の思いを汲み取ったかのように、宇都は生真面目な表情を崩さずに述べた。

「お前のせいではない。めぐり合わせが悪かったとしか、言いようがないな」

 それに対する返答は、持たなかった。そして、思い出されるのはあの中原のことである。

 一度家に帰されたにも関わらず、二度も官軍に歯向かったため、まだ若年とはいえ、今度は見逃してもらえなかった。恐らく、どこかの監獄に行くことになるだろう。だが、それでも立ち直ってほしいと思う。

 もう、三郎や中原のように、純粋故に、時の権力者の意向に振り回される若者を見たくはない。今はまだ戦が続いているが、恐らく、薩軍は敗けるだろう。総じて見れば、戊辰の役の時と同じように、政府軍はあらゆる面において薩軍を圧倒しているからだ。だが薩軍に身を投じた若者らが、自分のように「賊軍」と言われ続ける人生を送っていいわけはない。

「お前は、会津で巡査(ずんさどん)(つづ)くいのか」

 今度は、宇都が剛介に問いかけた。

「そうだな……」

 今は、国元へ帰れる安堵感しかないが、この戦が終わったら、再び会津で、薩長に対する反目の空気にさらされるだろう。だが、戦の哀しさを知ってしまった自分には、もう「薩長憎し」の先陣を切ることはできない。

 ふと思い出したのは、二本松への帰郷の際に水野から言われた、「知を以て二本松を守る子らを育てたい」という言葉だった。もしも、三郎や中原のような若者が学んだ内容が武に偏ったものではなく、文治の知識だったならば、彼らの運命はまた違っていただろうか。

「知を以て、か……」

 剛介が何気なく呟いた言葉に、宇都が怪訝な顔をした。

「国元の友が、知を以て国を守る子らを育てたいと言っていた。この戦に出てくる前に、その手伝いをしないかと、誘われていてな」

「いいのじゃらせんか」

 宇都が、軽やかに笑いかけた。

「薩摩の者は、あんまいにも武を重んじすぎた。お主の友の()ように、知を以て事を進めようちゅう発想があったのならば、薩摩も割れずに済んだかもしれんな」

 そう述べる宇都の横顔は、どこか穏やかな表情だった。




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