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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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御船 (2)

 御船は一旦薩軍の掌中に戻ったため、なかなかこれを抜くことが出来ない。そのため、再びこの地を攻撃することが決まり、十九日、山田少将は別働第二旅団の諸隊を部署し、別働第一旅団はその援隊として一個大隊を隈庄(くまのしょう)に、一個大隊を上島に派遣した。

 別働第三旅団は、御船の西北面を進む別働第一・第二旅団との挟撃を図り、兵を三つに分け、一隊を矢部街道、一隊を権現山口、一隊を妙見山口に回し、御船の東南二面と攻撃することに決した。

 甲佐方面から進軍してきた剛介等は、妙見山口に回されることになった。ここには、御船の町と妙見坂を見下ろす形で、駒帰(こまかえり)山や盗人塚山(ぬすびとづかやま)に砲台が築かれていた。薩摩川の守備隊を指揮していたのは、熊本隊の佐々友房である。御船川を前に高台に砲台を構え政府軍を迎え撃つというのが、薩軍の作戦だったのだが、佐々は、これらの地名を聞いて嫌な予感がしたという。

 この均衡を破ったのは、やはり別働第二旅団の山川中佐だった。

 薩軍は御船台を占拠して十数個の塁を要所に連ねて、兵は塁下の叢の間に出没して官軍を見下ろしていた。だが、官軍右翼の対岸、緑川に沿って辺場山がそびえ立っている。辺場山の裾は、薩軍の塁に連なっていた。

 別働第二旅団の司令長官山田顕義は、山川中佐を呼びつけた。

「選抜隊及び砲兵一個小隊を率いて、中央より進撃し、辺場山を早急に占拠せよ。そこから撃ち下ろせば、我が方に勝算がある」

 十四日、山川中佐は熊本城連絡の抜け駆けを、山田少将から叱責されたばかりだった。その上、今度は大量の敵を前にして、陽動作戦を決行せよという。

(この御方は、やはり会津人を快く思っていないのか)

 内心、そう思わないでもない。だが、「()れ、今日の天王山なり」と頷くのみに留めた。山川は密かに選抜隊に緑川の浅瀬を渡らせ、辺場山を攻撃させた。薩軍は初めのうちはよく防いでいたが、この方面には防御の兵を置いていなかった。そのため、山川の奇襲攻撃に耐えられず、山頂から追い落とされ、後退するに至った。官軍はこれを追撃して御船に迫り、山川は機を見て中央隊を進め、御船に入った。

 

 その頃、剛介等は別働第二旅団の援護を受けて、妙見坂を抜け、五里木を目指していた。五里木に向かうには、御船川を渡らなければならない。その御船川は、数日前、剛介等が必死で逃げ惑っていた地点だった。今度は、逃げる薩軍を追って、水島中尉の狙撃隊が矢部街道の近傍に埋伏し、薩兵を狙撃した。岸に立っている官軍は、浮いている鴨を射るかの如く、容赦なく川を泳いで渡ろうとする薩兵を射撃していく。川には、数十の死屍が浮かび、水面は朱に染まっていた。

 今までの不甲斐なさを取り返すかの如く、関が眼尻を吊り上げて先頭を走っていく。剛介よりも足が速い。関に負けじと、剛介もその背を追った。

 政府軍が薩軍を追う中、突如、逃げる薩軍の流れに逆らうかの如く、果敢に向かってくる者がいた。茂みから飛び出して来たのは、十代と思しき少年だった。右手に掲げる白刃に、きらきらと朝日が跳ね返る。少年は太刀を高々と振り上げ、対峙する形となった関の体を斜めに斬り下ろした。刹那、関の体からぱっと血潮が飛び散る。

「関さん!」

 たった今関を斬り倒した眼の前の少年は、ぎらぎらと殺気を帯びたまま、尚もこちらに突進しようとしてくる。考える間もなく、素早く弾丸を薬室に装填して銃を構え、狙いを定めた。引金を引くと、弾丸は少年の左腕を掠めた。少年が、もんどりうって倒れる。その様子をちらりと横目に見ながら、慌てて関の側に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 ガラス玉のような関の目からは、既に生気が抜けつつあった。

「……お前のように、世帯を持ってみたかった……」

 それだけ言うと、関は絶命した。

 思わず唇を噛みしめる。その傍らで、剛介に撃たれた少年が左腕を抱えて、呻いていた。それにお構いなしに、素早く縄をかけた。

「名前は」

 少年が、こちらをきつい眼差しで睨みつけている。見ると、傷つけられた左腕にはかなり前に巻かれたらしい包帯をしているのが目に入った。包帯は、男物の兵児帯を裂いたものらしい。その兵児帯には、見覚えがあった。田原坂で、宇都に斬られた少年が身につけていた帯とよく似ている。黙りこくる少年に、再度名前を問うた。

「中原正治」

 少年は、ようやくそれだけを答えた。

「こっちは怪我人だ。今更縄を掛けるまでもないじゃろ。そいとも、政府の犬は非人情の者の()いか」

 その言葉に、思わず気色ばんだ。こんな子供に、犬呼ばわりをされる言われはない。

「命令だ。致し方ないだろう」

 そっけなく答えると、中原の両手を縛ったまま、引っ立てていく。中原は従う素振りを見せなかったが、後ろから宇都が小突くと、渋々足を前に出した。

 南洲先生(せんせ)を屠ろうとした、大久保や川路の犬が。お前たち巡査(ずんさどん)も、使()け捨ての駒に過ぎんよっで、偉そうに。引っ立てられている間も、中原はずっと喚き続けていた。

「黙れ」

 くるりと振り向くと、中原を怒鳴りつけた。日頃の剛介に似合わず、語気が荒々しくなる。相手は所詮子供だ。目くじらを立てるのも大人気ない。だが、「政府の犬」呼ばわりされて面白いわけがない。そもそも、最初は戊辰の怨みを果たすつもりで九州に乗り込んできたのだ。

 だが、今はどうだろう。一日でもこの無益な戦いにけりをつけたい思いの方が、余程強い。九州に上陸して一ヶ月半ほどになるが、あまりにも年若の者と対峙することの多いこの状況に、やりきれなさを感じ始めていた。熊本で出会った子供も、「兄は無理に従軍させられた」と言っていたではないか。お前に、このやりきれなさが分かるか。

「お前たちが戦っているのは、何のためだ」 

 剛介の言葉に、中原という少年は戸惑いの色を見せた。

「他の国の者を虐げてまで、お前達は何がしたい」

 中原が黙り込む。答えられるわけがない。きっと、この少年はひたすら戦うことしか教わってこなかったのだから。今、怒りに任せてこの少年を斬っても、自分の心の傷がまた増えるだけだ。

 足音も荒々しくを歩みを進めながら、剛介はますますきつく唇を噛み締めた。


 五里木に到着すると、中原は上層部に引き渡された。中原は、薩軍の兵士には違いない。だが、まだ若いということで、武器を取り上げられて説諭され、帰郷させてから自宅謹慎という処分に決まったと、上官が教えてくれた。

 その処分を聞いて、剛介はなぜかほっとした。出来ることならば、もう二度と会いたくないとすら感じる。

「疲れたか」

 窪田が、剛介の横に来て座った。窪田の耳にも、関の戦死は届いているだろう。剛介は、黙って頷いた。

 三度目の御船の戦いでは、官軍は、完全なまでの勝利を収めた。だが、同じ隊の見知った者が戦死するという状況下で、自ずと口数は少なくなった。自分が死ぬかもしれないという状況は平気だが、見知った者の死は堪える。

 自分のように、世帯を持ってみたかった。その言葉が、最期の言葉となってしまった。関は、自分に憧れていたのだろうか。

「関を斬った者を、捕虜にしたと聞いた」

「はい」

 耳が早い。だが、中原に自分の真意が伝わったかは、分からなかった。

「優しいな」

 その響きからは、褒めているのか皮肉なのか、判別しかねる。だが、責めるような色は見られなかった。辺りに人がいないのを確かめて、窪田は小声で言った。

「知っているか。福島、宮城、群馬、茨城には特別徴募の要請が出ていたとのことだ」

「本当ですか?」

 顔色が変わるのが、自分でもわかった。出征前に、義兄が「川路殿の考え方が気になる」と言っていたことや、野津大佐が川路のやり方を非難したのを思い出したのだ。

「間違いない。江口隊の者から聞いた。八代から上陸した江口隊は福島県出身者の者が多いらしい。それ以外では、植木口で戦った者では田村五郎殿も会津出身だし、猪苗代の井深も抜刀隊に加わっていたはずだ」

 そう言う窪田の表情は、淡々としている。会津の者同士は、剛介の伺い知れない繋がりを持っていて、様々な情報が入ってくるらしい。

 窪田の情報が正しければ、かつての朝敵とされた藩の出身者は、特に多く勧誘されている。戊辰の役への復讐心を利用して。それを知っていたら、関は従軍を志願しなかっただろうか。

「関さんは……」

 剛介は、ためらいがちに切り出した。

「あいつは、武士としての本懐を遂げたかったのではないかな」

「武士としての本懐、ですか」

「どうも戊辰の役では戦い損ねたようだから。戦わなければならない時に戦えないのでは、無念を引きずるだろう」

 剛介に、というよりも自分に言い聞かせるように、窪田は言葉を続けた。

「私も、白虎士中一番隊の者として、何度も銃弾を掻い潜ってきた。戊辰の怨みは確かに持っている。だが、御国の爲に働いているという意味では、今も戊辰の時と何ら変わりがない。会津の誉れを取り戻し、今度こそ日本という国が一つになれるのであれば、この体などいくらでも差し出してみせる」

 その言葉は、臓腑に染み入った。同時に、自分の故郷を思った。二本松からも、ひょっとしたら同じような思いで、この戦場に出てきている者がいるかもしれない。

「私の父は、蛤御門の一番槍となって国に殉じた。私もまた御国のために死すとも、いささかも悔いはないだろうな」

 そう言うと、窪田も黙り込んだ。


 それからおよそ一月後。水俣近くの中尾山において、窪田は逃げる薩兵を追尾する中、銃弾に斃れた。蛤御門の一番槍を務めたという父と同じ様に、先陣に立ったところを狙われたのだった。

 死の間際に窪田が見せた会津士魂は、多くの者の涙を誘った。剛介も例外ではない。その枕頭では、宇都も目を真っ赤にしていた。



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