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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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薩摩隼人 (2)

 その日、剛介達は夕方四時まで睨み合いが続いた。だが、日が落ちてきてこの日の戦闘は、一旦撤収となった。

 木葉の陣営に戻ると、その日支給された食事のうち、牛肉と大根を炊いたものを差し出してくれた。どうやら、菅原は牛肉の臭いが苦手らしい。菅原も後方組の一人である。菅原の方が年上ではあるが、わずかの間に、抜刀隊の一員として剛介を見る目に、尊敬の色が見えるようになっていた。

 剛介も抜刀隊がどのような役割を担っているのかは心得ているので、年上の隊士に対しても、妙な遠慮はしなくなっていた。

「しかし、小兵なのによく食べるな」

「力を蓄えなければならないのですから、当然でしょう」

 丁度、剛介が二つ目の団食(一合の握り飯)を食べ終えたところだった。

「今日は、どうだった」

 菅原の問いに、剛介は首を振った。

「相変わらず、手強いですね。今日は、同じ隊の者に助けられましたし」

 彼が相手を斬ってくれなければ、剛介の命はなかったかもしれない。と、少し離れたところに、当人が一人でいるのに気付いた。

 昼間の礼をしなければ、と剛介は立ち上がって、彼の隣に腰を下ろした。

「昼間は助かった」

 剛介は、自分の弁当から、とりわけ大きな鶏肉の塊を彼の弁当の上に載せた。

「いや。そいほど大したこちゃしちょらん」

 やや照れている様子である。言葉の抑揚からすると、恐らく薩摩の人間なのだろう。

「名は?」

 薩摩の人間には違いないが、せめて、命の恩人の名前くらいは覚えておきたい。

宇都(うと)隼人(はやと)という」

「薩摩らしい名前だな」

 剛介は、小さく笑った。下の名前が「薩摩隼人」にあやかっているのは、明白だ。

「そげなお主は?」

「遠藤剛介だ」

「会津者か」

 その言葉を聞くと、剛介は顔を顰めた。この男も、東人に対して偏見があるのではないか。

「悪いか」

「いや。ただ、生国を聞いてみただけだ」

 宇都は、ふっと笑った。

「会津の人間と話すのは、別に嫌ではない。半隊長(てちょ)の窪田様も、会津の人だしな」

「ふむ」

 宇都は窪田の部下に当たるのだろう。振り返ってみれば、剛介も薩摩の人間と対等な立場で話すのは、初めてである。

 そういえば、と剛介は思い出した。宇都が斬った相手も、薩摩の人間には違いない。だが、宇都が痛ましそうな顔をしたのは、気のせいだったのだろうか。

 そこへ、窪田もやってきた。

「ここにいたか。宇都、遠藤」

 会津の人間と薩摩の人間が穏やかに談笑しているのが意外だったのか、軽く眉を上げたが、特に何も言わなかった。それよりも、窪田が二人を探していたということは、再度抜刀隊の出動命令が下ったに違いない。

「出動命令ですか?」

 剛介の質問に、窪田は頷いた。

「明日は一旦休みだ。だが、明後日、総攻撃を仕掛けると決まった。そのつもりでいるように」

 剛介と宇都は、顔を見合わせた。わざわざ総攻撃という言葉を使うからには、明後日にこの田原坂での決着をつけるつもりなのだろう。


 ***


 十九日。午後になると、雨が落ち始めた。前日に、窪田から出動命令を受けた剛介は、刀の手入れに余念がなかった。それは抜刀隊員の宇都も同じである。宇都の刀には昨日の血脂がこびりついていたため、剛介よりも念入りに、汚れを拭き取って磨いているようだった。

 剛介の見たところ、どういうわけか、宇都は薩摩の者とあまり交わりたがっていないようである。この日の昼も、周りと一定の距離を保ちながら、宇都は剛介の近くで昼飯を取っていた。

 そんな宇都を、関も菅原も不思議そうに眺めている。

「あいつ、なぜ一人でいるのだ?」

 関が首を傾げた。

「さあ」

 剛介は曖昧に首を傾げた。昨日の恩人ではあるが、どこまで立ち入って良いものやら、迷いがある。そこへ、窪田がやってきた。どうやら、お偉い方の軍議は終わったらしい。

「今は、同じ隊の者だ。まあ適当にやってほしい」

 窪田は苦笑らしきものを口元に浮かべた。窪田自身も、宇都をどのように扱って良いものやら、考えあぐねていたらしい。そして、意を決したかのように、宇都を手招いた。

 上長が呼んでいるのだから、従うのは当然である。宇都はやや頭を下げると、黙ってこちらへやってきた。

「宇都。少しは隊の者と馴染んだらどうだ」

 窪田の諫言に、宇都は視線を落とした。

「話すことなど、あいもはん」

 宇都の頑なな態度に、窪田がため息をつく。

「他の人間と交わらないというのは、何か理由があるのだろう?」

 窪田はそれを気にかけていたのだろう。明日の事を考えれば当然のことで、妙な私情を戦場に持ち込まれて、作戦に支障をきたすようなことがあっては困るのである。

 やがて、宇都はぽつりと呟いた。

「大した事ではあいもはん。私学校を辞め、上京して巡査になったちゅうだけです」

 きつい薩摩弁のため、細かい意味は分かりかねる。だが、私学校を自主退学したという事実に、四人は顔を見合わせた。それは、大事ではないか。

「どういう事だ?」

 剛介の口調は、思わず詰問口調になった。四人に迫られて、さすがに観念したのだろう。思い出すかのように、訥々と宇都は語り始めた。






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