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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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野津大佐 (1)

 翌々日の十六日は、休戦日となった。砲撃だけは続いているものの、薩摩兵側も、弾薬が尽きつつあるらしい。官軍が十発撃つのに対して、やっと一発打ち返してくるという具合である。薩摩兵が抜刀兵を積極的に繰り出してくるのは、弾薬の節約という目的もあるに違いなかった。

 本来は第一旅団と第二旅団がそれぞれ別の場所で戦うはずなのだが、どちらの旅団も中隊が幾つも乱立し、その時々で組み合わせ方を工夫しながら、出撃命令が下されるという具合だった。そこへ、剛介達の植木口警視隊も加わっているものだから、一旦編成を整理するということになった。

 到着するなり、すぐに最前線に立った剛介にとっても、この休日はありがたかった。とはいっても、戦地にあって格別することもない。まずは体を休め、また、先日の斬撃戦で使った刀に刃こぼれが生じていないか、念入りに確かめた。

 戊辰の戦いのときに、共に戦った刀ではない。廃刀令もあり、日頃は士族と言えども刀を身に着けられない場合が、ほとんどであった。だが今回は特別に、九州で眠っていた刀を政府が徴収し、それが支給されている。

 二俣・田原の開戦以来、後方の高瀬病院には二千人余りもの傷痍兵が収容されているという。その数の多さには、唖然とするばかりだった。

 剛介が刀の手入れをしていると、営所の入り口から手招きする者がいる。一昨日の戦いで、剛介の指揮官だった川畑だった。その手には、一枚の書類が握られていた。

「休日に済まぬが、この書類を第二旅団の野津参謀に届けてきてほしい」

 もちろん、剛介に拒否権はない。一旦刀を鞘にしまうとそのまま腰に佩き、川畑から書類を受け取った。

「畏まりました。野津参謀ですね」

 剛介がそのまま第二旅団の帷幕に行こうとすると、川畑とすれ違いざまに、「野津殿は機嫌を損ねているから、気をつけろ」と囁かれた。

 なるほど、抜刀隊は多くの薩摩兵を斃し、一定の成果を上げて戦局は大きく動いた。だが、それでも薩摩兵はしぶとく抵抗している。こうしている間にも熊本城が落ちたらどうするのかと、気が気ではないのだろう。


 第二旅団の陣地は、大勢の兵が溢れていた。本営となっているという野津のいる建物を教えてもらい、剛介はその建物に足を踏み入れようとした。

「やかましい」

 唐突に、怒鳴りつける声が響く。何事だろう。

「ですが、大佐。会津の者に手柄を持っていかれたのは、無念であります」

 若い声が聞こえた。どうやら、訛りからすると薩摩出身の者だろう。赤帯の帽子をかぶっているところを見ると、第二旅団の近衛兵か。残念ながら、このところ武功を立てられていないのだろう。

「大佐は、なぜ会津の者を贔屓するのでありますか」

 さて、どうやって割って入ったものやら。確かに、川畑が忠告してくれたとおり、野津は機嫌が悪かった。

 その野津が、剛介の方をちらりと見た。

「入れ」

 剛介は書類を手にして、軽く敬礼した。

「警視隊の遠藤です。こちらの書類を持ってまいりました」

 書類を置いて、さっさと立ち去ろう。野津に抗議していた若者が、剛介をにらみつける。みっともないところを他の部隊の者に見られて、ばつが悪いのかもしれない。仕方ない、という様子で一歩引いた。

「みっともないところを見せたな」

 野津はにこりともしないで、書類を確認していく。どうやら、渡したときにちらりと見えた限りでは、戦死者及び負傷者の名簿らしい。野津は、あくまでも淡々と事務的に、確認していた。

「川畑に、確かに受け取ったと伝えよ」

 剛介は、「畏まりました」と立ち去ろうとした。

 それだけの短いやり取りの間に、赤帽も野津も怪訝な様子を見せている。剛介の訛で、陸奥の者だと気付いたのだろう。

 剛介は書類を届けにきただけなのに、赤帽の目に軽蔑の色が浮かんだ。憤然とした様子で出ていき、すれ違いざまに「会津の者が、偉そうに」と吐き捨てるのを、剛介は確かに聞いた。

 やれやれ、と野津がため息をつく。

「済まぬ。どうも、会津の者と見ると血が騒ぐ者がいるのでな」

 野津の言葉に、剛介は肯定も否定もしなかった。それは、剛介が薩長の人間と接するときと同じである。ただ、馬鹿正直に表に出さないだけだ。

「貴官の訛りで、会津の者だと思ったのだろうな。だが、お主。会津ではないだろう。さしづめ、二本松か」

 ぎくりとした。西国の者に、出身地を当てられた試しは今までなかった。普段は「会津出身」ということにしてあるし、そもそも二本松と会津の訛りの区別が付けられること自体が、特異である。この大佐は、何者なのか。

「大佐は、二本松にいらっしゃったことがおありなのですか」

 剛介は、思わず訊ねた。二本松と会津の訛りの違いに気づくなど、一定期間二本松にいないと分からないだろう。

「戊辰の時に、一月ほどな」

 すると、野津もまた二本松に攻め込んだ一人ということになる。剛介は、一瞬顔を歪めた。殺気を帯びた剛介の異変を感じたのか、周りの将兵が腰に手をやる。

 だが、そんな剛介の様子を意に介さず、野津は興味深そうに剛介を眺めていた。野津の方に、殺気はない。

「図星か」

 なんて悪趣味な男だろう。こんな男に、翻弄されてたまるか。

「仰るように、二本松です」

 剛介は、素直に答えることにした。   

「懐かしい」

 野津が笑みを浮かべる。ますます、悪趣味だ。薩摩の会津への怨念はあちこちで聞くが、二本松をも虚仮にするつもりか。

 すると、野津は眉を上げた。

「勘違いするな。私は、二本松を嫌っているのではないぞ」

「どういう事でしょう」

 本当に、この男は何を考えているのか。そんな剛介の思いを汲み取ったように、野津はひらりと手を振った。

「少し、この者と話をしたい。二人にせよ」

「大佐。それは危ない」

 将の一人が、慌てた。それはそうだ。第二旅団の参謀を斬ったりしたら、その場で射殺されるだろう。

「いや、この者は儂を斬ったりしない。そうだな?」

 そこまで言われたら、話を聞くしかないではないか。だが、食えぬ男だと剛介は思った。

 上官の命令とあれば、仕方がないのだろう。周りは、気がかりそうに一人、また一人と立ち去った。


 何を考えている。剛介ですら、そう思う。自分は二本松の事を恥じている訳では無いが、敗者という立場故、生国を口にすることすら憚られるというのに。

 そういう野津は、むしろ剛介と二人になったことで気を楽にしたようだった。

「これから述べることは愚痴になるかもしれぬが、それでも良いか」

「構いません」

 本当は、大いに嫌だ。だが、それ以上に、この男がどうして二本松にこだわるのか、そちらの方が気になる。

 野津は、懐かしそうに目を細め、滔々と語りだした。


 儂は、あの二本松で危うく命を落としかけた。第六小隊を率いていたのだが、二人の勇士の為に、多くの部下が斬られた。その時に部下だった貴島も、重傷を負った。

 だが、立場が替わって我が西軍であのような武勇を振るったのであったならば、間違いなく第一等の武功であった。それほどまでに、見事な戦い方であった。二人とも、まだ若かった。だが、あのような若輩の者でも主君の為に命を賭すというのが、まことの武士道であると感じた。



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