9 倉吉 哲という男(3)
「本当に? ・・・・土日一度も外出しなかっただろう。具合が悪かったんじゃないのか」
「何それ、ストーカーですか!? やめて下さい!!」
倉吉は違う、と迷惑そうに手を振り、「念のため玄関ドアにセンサーを仕込んだだけ。もう取った。悪かったよ」
少しも悪いと思っていなさそうな口ぶりだ。
「それに、これは型通りの質問だから、気にしなくて良い」
「型通り?」
「そう。『暗示』を施した際は翌日から三日以内に以下の質問を云々ってね」
「・・・・」
何だかオカルトからスパイ物に移行してきたのかな。
それにしても、こんな事を真顔でサラリと話すこの男ってーーーー。
「倉吉さんは何者なんですか?」
「それを言うなら萩野さんこそ何者なんだ?」
飲み干した空缶をベコン、と握り潰して振り向いた倉吉の目は鋭くて、ここからが本題だと感じた。
「会社員です」
「ふざけてないで答えて欲しい。決して悪いようにはしないから」
「ふざけてません、それ以外答える要素が無い普通の会社員です!」
「『X.Xグループ』か? それとも『YYY協会』?ーーーー担当者の名前か連絡先を教えて貰えれば、後は上同士でなんとかするだろうから、俺たちが心配する事は何も無い」
「だからっ、何とも何処とも関係ありませんって! 聞いてます?」
倉吉は呆れたように一呼吸おいて、「それを俺が信じるとでも?」と言う。
「信じるか信じないかは倉吉さんの自由ですが、あれこれ尋ねられても何にも出ませんよ。私は普通の人より少しだけ目が良いだけの只の人間なんですから。何も無い所から突然現れたり花を出したりする人と一緒にしないで下さい!」
「俺だって只の人間さ」
意趣返しか?
この人が普通の人間だなんてそれこそ無理があるだろう。
生暖かい目線を送っていると、倉吉は「本当なんだけど」とムッとして言った。
「普通は見えないんだよ」と、手元にパパッと黄色い花を咲かせて消す。
「いつから『目が良い』んだ? 何処でどんな訓練を?」
「幼い頃から? 訓練なんて、特別なことはしてません・・・強いて言えるとすれば、家で『ひらめき☆ナンバーフラッシュ!』ていう知育玩具で遊んでいたことくらいです」
「・・・・」
「本当です!」
「・・・俺もやった」と言って倉吉は立ち上がった。
「点滅する数字のボタンを押して再現するやつだろう。しかしあんな物、俺だって誰だってやってる、そんな事でーーーー」
「途中、弟がジュースを零してから壊れてしまったんです! 速さが尋常じゃなくなって、それについて行けたのが私だけで、それで面白くてのめり込んでしまったんです。それからです、スローモーションみたいに見えるようになったのはーーーー」
「・・・・」
「嘘じゃありません・・・」
実際に言葉にして話してみると、色々おかしいのは自分でも分かる。
説得力に欠けるのも。
でもそれしか理由が思い当たらないのだから仕方が無い。
「本当に、ソレのせいだって、信じているのか・・・?」
「それしか思い当たらないんです」
ハアーーー、と大きく溜め息を吐いて座りなおした倉吉はくしゃっと前髪を掻き上げて、また溜め息を吐いた。
「あのー、倉吉さんが信じても信じなくても良いんですが、私としては、あの『暗示』が効いたことにしたいんですが」
「え? 何?」
少し苛ついている倉吉に向かって私は居住まいを正した。
「私はこれまで何も知らないで過ごしてきた普通の会社員です。そして、不思議なモノも見なかった。これからも、何も知らないで過ごしたいんです。つまり、『暗示』が効いたということにーーーー」
「・・・・」
私を見る倉吉の表情が段々と残念になっていく。
周囲は次第に暗さを増してきたようだった
結界の中にも風は入ってくるらしく、倉吉の少し癖のある柔らかそうな髪がふわりふわりと揺れていた。
「もうーーーーそういう段階じゃ無いんだ」
すまない、という声は風の隙間に吸い込まれて消えていった。
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《監視者》へのメール
from:K
先日の『暗示』は効果無し。よって《庇護者》とし、以後要観察とする。
特殊能力については意図せず身についたもの(本人言)。 いかなる用途でもそれを行使したり強要されたことも無いとのこと(本人言)。背後関係は今後も要調査。
ミツワタワー屋上庭園の結界を《庇護者》に解放した。
〈end〉
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Kへのメール
from:《監視者》
委細了解した。
貴様の慢心が招いたこの事態に粛々と対処せよ。何より《庇護者》の守護においては万全の措置を講ずること。近隣周辺の複数の結界を解放し備えよ。
この間抜けめ!
〈end〉
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