すごく、楽しいよ
僕は自分の体にミスティルテインを突き刺した。
確かにそうしたと思った。
僕の体に刺さるはずだったミスティルテインは今、足元に転がっている。
そしてその剣を拾う事が出来ずにいた。
僕の腕が、誰かに捕まれている。
懐かしい手の感触が僕の腕を離さない。
あの白い花畑が見えた気がした。
「…マーガレット?」
しかしそこには誰も居なかった。
僕の腕も動くようになっていた。
「アレク!」
「あ、ハル!トールはどうしたの?」
「神殿が壊れた後動かなくなった。それよりも、アレク!それ借りるよ!」
「え!?」
ハルがミスティルテインを拾い上げる。
「え?え?なんで?所有権は僕に…あれ!?」
僕のアイテム欄からミスティルテインが消えていた。
「なんか知らないけどその剣が私に言ってきたの!拾えって!」
「剣が勝手に所有者変えるとか!このバカ兄貴ぃー!」
「いっくよー!パンツァーラッシュ!!」
ハルはミスティルテインを構える。
適正レベルは足りて無いが一度くらいは振るえるだろう。
グラディエーターの切札、パンツァーラッシュ。
ただの全身全霊の突進スキル。
真っ直ぐ、愚直にガウェインへ向かって突き進む。
ガウェインも避けるような行動はとらなかった。
ガウェインにミスティルテインが深く突き刺さる。
ガウェインの体にパリパリとヒビが入り、欠けた所から消えていく。
『ガウェイン、おまえはけっきょく何がしたかったんだ?』
「NPCになって、この世界で、もう一度…」
『オーディンを直そうとしてたのか?』
「…」
新しいオーディンなんて出任せだろう。
コピーを復元するだけなんだから本来すぐに終わる作業だ。
『そういえばフリッグはもうおまえの事忘れてたな?』
「…」
フリッグの偽りの恋心は無くなっていた。
そしてフリッグが消えた事で区切りが付いたのだろう。
『トールはオーディンが直ってから正気に戻す気だったろ?』
「…」
トールに余計な心配をかけまいとしたのだろう。
この神殿の中を見て察したトールは思考が停止したといったところか。
『まったく、おまえはいつもいつもやり方が極端なんだよ』
「ロキには敵わないな」
『一緒に消えてやるよ。もう、終わりにしよう』
「あと、1つだけ。ハルと言ったかな。君に伝えたい事がある」
ガウェインは急にハルに話を振る。
「わ、私!?」
「実は君たちをずっと監視してた。あのノートパソコンの中にアレクサンドロスというファイルがある。まぁ、開けば分かるさ」
「アレク…サンドロス…」
「ロキ…、ありがとう。僕の…友達」
『ほんとおまえは最後までしょうもない奴だったな』
「はは、…は…は……………………」
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「おーい!ハル!朝だよ!起きろー!」
「うお、アレクありがとう」
ベットから起きた春香はあわただしく身支度を始める。
「あ、モモさんからメッセージ来てる」
「ほんと?マーガレット読んでくれる?」
「ちゃんと起きてる?またアレクに起こされてるんじゃないの?だって」
「うっさい、ちゃんと起きたわって返信しといて」
「嘘はダメ、アレクに起こしてもらったって送っておいたよ」
「マーガレットは融通利かないなぁ」
フェイトマイルオンラインのサービスが終了してから1ヶ月が経っていた。
では僕とマーガレットはいったいどこに居るのか?
答えは春香…ハルのスマートホンの中だったりする。
あの日、海底の神殿にあったパソコンの中にあったアレクサンドロスというファイル。
そこに入っていたのはURLとパスワード。
現実世界で検索し、パスワードを入れるとそこにはスマートホンのアプリがあった。
それが今の僕とマーガレット。
二人のAIがハルのスマートホンをアシストしている。
「ほら、今日はモモと一緒に出掛けるんでしょ?早く支度済ませてよ」
「はいはい、海でしょ?今冬なんだけどなー」
海を見てみたいと言ったのは僕の要望だったりする。
スマホのカメラから外の映像が見れるのだ。
「僕たちは寒くないしね」
「ちくしょー、スマホ置いてくぞ?」
「え!まってまって!」
「冗談だよ」
VRの世界からログアウト出来て、今、僕は外の世界の中に居る。
媒体が代わっただけだし、やれる事といえばハルのスマートホンの操作くらいだけど。
マーガレットと一緒に居られて楽しくやっている、寂しくは無い。
「アレク、電車の時間検索して」
「うん。分かった」
「アレク、この近くにファミレスある?」
「検索するね」
「アレクー」
「はいはい、何?」
「楽しい?」
「すごく、楽しいよ」
これにて完結とさせていただきます。
読んでくださった方々に感謝の言葉を。
「ありがとうございました!!」
ハルの名前は春香。
モモの名前は百夏。
女子高生です。
アレクはたまにスマホ越しにハルを覗き見してマーガレットに怒られております(笑)




