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執行侮蔑(1)

わたしは、彼を見て、驚くべきことに『可哀想』だと思った。



彼は笑顔さえ頬に湛えて、ただ穴を掘っていた。

一心不乱に行うそれはまるで何か神聖な儀式を彷彿とさせる。

月は彼のシルエットだけを浮かび上がらせ、わたしの網膜に焼き付ける。


何故だろう?こうなるように望んだはずなのに、胸が苦しくなるのは。


何故だろう?こうなることを知っていたはずなのに、納得できないでいるのは。


彼はただ、わたしのためだけに穴を掘り続けていた。

穴を掘る。掘る。掘る。投げ入れる。土を戻す。


わたしはただ背後に立って、泥だらけになって笑う彼を見ている。


「はっ・・・はあ・・・・ははっ・・・・」


その景色に目を奪われている自分がいる。

それを望んでいた自分がいる。

なら何故?

少しでも気を抜けば涙を流してしまいそうなのは。

なら何故?


わたしたちは、とんでもなく間違ったことをしている気がするのは。


彼が振り返って、軍手で額の汗をぬぐって言う。


「カナタ・・・僕は、僕はさ」


何度も口をあけたり閉じたり。


「僕は、リュウジを殺したあと・・・リュウジを、埋めたあとさ・・・・」


それから、困ったような、泣き出しそうな顔で笑った。


「リュウジの家族に、会いに行ったんだ」



そうして彼は語りだした。

わたしはその声に耳を済ませる。


それは彼が彼なりに、いてもたってもいられなくなって。

謝る事も、真実も話せない彼が、彼なりに何かしようとした記録だった。


「リュウジを殺してから半年・・・・まだ僕が学校を辞めて間もない頃だった」


わたしはただ彼の言葉に耳を済ませる。

それからただ一言だけ、微笑を加えて彼に返した。


「聞かせて。わたしがしらない、あなたの時間」




それは、今から二年半前。

丁度、八月半ばの蒸し暑い午後のこと。





⇒執行侮蔑(1)







あれはそう、とんでもなく蒸し暑くて、家から一歩も出たくないような、そんな夏の日。

クーラーやら扇風機やらと、文明の利器は多く存在する。

でも地球温暖化を止めることが出来ないのは、やっぱり罪は消せないということなのだろう。

なんてことを考えながら僕は都内のコンクリートジャングルを右往左往していた。

Tシャツにジーンズという近所のコンビニに出かけるような格好で僕は駅前に立っている。

都内に来ることすら初めてな僕は、いわば今上京したての田舎者といったところだろう。

人がたくさんいる町。というか、人ってこんなに居たんだな、と痛感する。

この町を行きかう全ての人たちに人生があり、悲しみがあり、喜びがある。

そんなの想像しただけで頭がパンクしそうな奇跡みたいな出来事だ。


「・・・・・やめやめ、あっつい」


ポケットから取り出した携帯電話のディスプレイを眺める。

平日の午後一時。本来なら学生はみんな学業にいそしむべき時間帯だ。

けれど僕は私服でこんなところに立っている。

リュウジを殺して数週間後、僕は高校を自主退学した。

だから僕は今、社会人でもなければ学生でもなんでもない、ただの人間だった。

それ以前に仮に僕が学生だったとしても、


「夏休みなんだけどね」


リュウジの実家は都内某所の下町にある。

そこを調べるのに特に苦労はしなかった。

リュウジの連絡先を調べる方法はいくらでもあった。

まあ、調べなければ知らないようで僕はあいつと友達だったのかというところだけど。

何はともあれ、実家に遊びに行きたいと唐突に電話をすることと相成った。

自分でも何故そんなことになったのかはよくわからない。

ただ気づけばリュウジの実家に電話をかけていて、

気づけばリュウジの実家に遊びに行く約束を取り付けていた。

東京の街を駅から歩くこと数十分。

それだけですでに汗びっしょりになりながらも、僕はその一軒家にたどり着いていた。

すでに都内なのかどうかという古びた雑居が立ち並ぶ町の一角にそこはあった。

それなりに広い敷地に、日本建築の屋敷。庭園と呼ぶべきか、よくわからない木や池がある。

入り口はどこから入り口なのかよくわからなくて、気づけば僕は足を踏み入れていた。


「ほんとにここ?」


ちょっとしたお屋敷じゃないか。

あいつの実家って金持ちだったんだろうか。

都内のこの敷地・・・・うーん。

しばらく庭先で突っ立っていると、玄関から和装のおばあさんが現れた。

それに反応できず、思わずポカンとしたあと、あわてて頭を下げた。


「あの、ここ・・・・衣川リュウジ君のご実家でよろしいでしょうか」


「あら、聞いてますよ。リュウちゃんのお友達でしょう?どうぞあがってくださいな」


「あ、はい」


にこにこと、微笑を絶やさない人のよさそうな人だった。

なんというか、歳をとっているのは間違いないのに、どこか美しさを感じさせる。

足の運びやしぐさ一つ一つが洗礼されているというか。

それでいて右も左もわからない子供である僕を馬鹿にすることもせず、彼女は笑っていた。

案内されたのは庭園が一望できる客間だった。

おばあさんはすでに準備してあった急須からお茶を湯飲みに注ぐと、僕に差し出した。


「今日はわざわざこんなところまで、ご苦労だったねえ」


「あ、いや、こっちこそ無理言って・・・・ほんと、すみません、あ、おかまいなく」


お茶と一緒にお茶請けとして芋羊羹まで出されてしまったのであわててへこへこする。

おばあさんは落ち着いた態度でお茶を一口、二口、それから姿勢を正して微笑んだ。


「それで、あなたはどうしてここに?」


問題はそこだった。

僕自身、何がどうなってここにやってきたのかさっぱりわからない。

強いて言うならば・・・そう、一度ここにこなければならない気がしていた。

リュウジを殺してから半年。自分の中で混乱していた気持ちが落ち着いたのかもしれない。

自分のしたことを客観的にとらえ、『命をひとつ消した』という事実と向き合おうとした。

そのときまず思い立ったのが、リュウジのことをもっと知りたい、ということだった。

だから僕はその旨、リュウジのことが知りたいからだと、曖昧に告げる。


「僕自身、本当はよくわかっていないんです・・・・リュウジが失踪して、まだ半年ですから」


「そうね、まだたった半年ね。諦めるには長すぎる、けれど、思い返すには短すぎるわ」


「あの、失礼ですが・・・あなたはリュウジ君の・・・?」


「うん?ふふふ、そうねえ・・・・母親・・・・みたいなものかしら」


おばあさんは少しだけ楽しそうにそういった。

リュウジの家族構成は、両親とリュウジと姉が一人、だったらしい。

そのうち両親が離婚して、そのまま家に寄り付かなくなったのがリュウジが十歳のころ。

それからリュウジの母方の祖母である彼女がリュウジと姉を面倒見てきたという。

つまり育ての親であり、実の祖母である、ということなのだろう。

そんなことも知らなかった僕はただ馬鹿みたいに頷いて、気づけばお茶を飲んでいた。

お茶はすごくおいしかった。この雰囲気のおかげかもしれない。

こんなに落ち着いた気持ちになれたのは久しぶりだ。


「そういうあなたは・・・ああ、そうそう、名前を聞いていなかったわね」


「僕はアキヤと言います。苗字の方は・・・・ちょっと、その・・・・」


「言いたくないのならかまわないわ、アキヤさん。それでアキヤさんは、リュウちゃんとどういう関係だったのかしら?わざわざ実家まで訪ねてくるのだもの、興味があるわ」


「あ、いや・・・・友達、だったのかもしれません」


自分でもあいつとの関係を説明できない。

僕たちはある意味表裏一体だったのかもしれない。

他人同士でありながら、僕たちは限りなく近いものだった。

そんなかんじか。

でもそれをどう言葉にしたらいいのかさっぱりわからなかった。

そんな僕に、おばあさんは言う。


「わからないことは、無理に結論を急がなくてもいいのよ」


「へ?」


それは意外な言葉だった。

結論は急ぐもの。そういうものだと、僕は思っていた。

うだうだ考え込むより、とりあえず答えを見つけて納得できなくても前に進まなくてはならない。

僕はそう考えてこの半年間を過ごしてきた。

あいつを殺した理由、これからの自分、何もわからない。わからないどころか納得できる答えなんかあるはずもない。それでも時は止まらないのだから、僕はなんでもいいから今日ここに答えを見つけに来た。そのはずだったからだ。

それがいきなりなんというか、拍子抜けしてしまった感じがした。

あっけにとられる僕を見て彼女は小さく笑う。


「慌てても、いい答えは出ないわ。いい、アキヤさん?答えというものは、あせっても仕方のないことなのよ。出ないからせかすものでもないし、無理に出そうとするものでもないの。今のあなたがまだわからないようなことが、世の中にはたくさんあるわ。答えというのは、ふっと頭の上に浮かんでくるものなのよ」


これが年の功というものか、それは妙に説得力のある言葉だった。

僕は頷いて、でもそれがいまいちどういうことなのか理解できず、苦笑した。


「まだよくわからないけど、じゃあ、友達だった、ということにしておきましょう」


「それでいいわ。本当の結論は後の自分が決めること。今のあなたは、とりあえずそれでよしとしましょう」


「はい」と笑って、お茶を口にした。

日本庭園独特の涼しげな空気と縁側の風鈴の音がなんとも気持ちがいい。

ここにくるとき、僕はどんなことを言えばいいのかわからずに困っていた。

正直自分の気持ちすら整理が出来ない状態でやってきてしまったからだ。

それも自分が殺した人の家族に会いに来たんだ。緊張しないはずがない。

そんな様々な混乱も彼女との何度かの言葉のやり取りですっかり薄れていた。


「アキヤさんは、とても素直な人柄なのね。感心だわ」


「あ、いや、そんな・・・・・そんなことは・・・・」


何せ僕は殺人鬼だ。いいやつなわけがない。

うつむき加減に何も言えなくなってしまう。

そんな僕を見ておばあさんは立ち上がると、縁側に座りなおした。


「アキヤさんもどうかしら?涼しくて気持ちいいわよ」


「・・・・・・・・・・・・・・はい」


縁側に立つと、涼しげな風が髪を梳いていく。

これがリュウジの見た景色。

これがリュウジの思い出の一部。

ここにリュウジも立って・・・風を受けていたんだろうか・・・・。

どうしようもなく寂しい気分になっていると、おばあさんはこっそりとどこかへいなくなってしまった。

屋敷の中をうろつくわけにもいかないのでその場に座って庭を眺める。

きっとおばあさんがこまめに手入れをしているのだろう。

植木には詳しくない僕でもそれが丁寧に扱われているものだとわかった。


「本当に僕は、何しにここまで来たんだろうな」


木陰でモノトーンに分かれた白い庭園。

池を泳ぐ鯉の跳ねる音。

風の声。

縁側を歩く、少しゆったりとした足音。

振り返るとそこにはスイカを載せたお盆と共におばあさんの姿があった。


「スイカ、お好きかしら」


「え?あ、はい、でも、僕は」


「いいから、どうぞ」


無理矢理スイカを手渡すとおばあさんは残った方に子供みたいにかぶりついた。

それからこれはなんというかお行儀が悪いのだが、スイカの種を噴出して飛ばす。

あっけにとられる。


「アキヤさんもどうぞ」


「え!?あ、はい」


同じようにスイカをかじって種を飛ばす。

おばあさんは楽しそうにそんなことを繰り返していた。

やがてスイカも半分ほど食べ終わった頃、おもむろにおばあさんは語り始めた。


「昔はリュウちゃんとこうしてよく縁側でスイカを食べたものよ」


「・・・・・・・そうなんですか」


「アキヤさんと一緒にここに座っていると、まるでリュウちゃんが帰ってきたみたいでうれしくなるわ。あの子が失踪しているときに、お友達のあなたにそんなことを言うのもどうかと思うけど、でも私はうれしいし、楽しいわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・あのっ」


「アキヤさん」


いたたまれなくなって口を開いた僕を制止するように、おばあさんは言葉を紡ぐ。


「あまり、難しく考えずに。今日はゆっくりしていって。なんなら、泊まっていってもいいんだからね」


そう告げるとおばあさんはグラスに入った氷でキンキンに冷えた麦茶を置いて去っていった。

僕はそれを傍らにおいたまま、ただゆっくりと、斜陽を眺めていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


僕は本当にここに何をしにきたんだろう。


でも、そうか、うん。

こんなに落ち着いて何も考えないでいるのって、どれだけ久しぶりだろう。

思えばずっと思いつめすぎて、わけがわからなくなっていたのかもしれない。

まさかあのおばあさんがそこまでお見通しだとは思えないけれど・・・。


・・・・・ただ眺めるだけの下町の景色が、どうしてこんなに胸に沁みるのか。








結論から言うと、僕は一晩宿を借りることになった。

お金は払うという僕をおばあさんは軽く叩いて笑い飛ばした。

なんというか、彼女はすごく面白い人だった。

上品かと思えば無邪気に振舞ったり、かざらないというか、親しみやすい。

ああ、リュウジの育ての親なんだなあ、と納得してしまう。

食べきれないほどの量の夕飯を、残すと悪いから必死になってかきこんで。

一人じゃ広すぎるお風呂で、のんびり月をながめて。

やっぱり一人じゃ広すぎる客間で、僕は布団の上に寝そべっていた。

僕は、人殺しの僕は、こんなところでこんなことをしていていいのだろうか。

いいわけがない。いいわけがない。わかってる。


「いっそのこと・・・」


罵ってくれたらどれだけいいだろう。

僕を罵倒してほしい。僕を侮蔑してほしい。

彼女は僕にゆっくりしろと笑う。

それは僕にとってどれだけ救いだろうか。


彼女を裏切っている気がしてひどく申し訳がなくなる。

そうだ、結局僕は人殺し。


彼女が手塩をかけて育てた息子を、僕はあっさり殺したのだから。




翌朝、借りていた浴衣で朝食を頂く。

それから彼女と一緒に屋敷を掃除して回った。

ほうきとちりとりを持って駆け回る。

てきぱきこなすおばあさんと、慌ててつんのめる僕と。

笑いあって。

お昼は一緒にそうめんを茹でた。

氷で冷えたそれを一緒に食べて。

それから後片付けを済ませて。

昨日と同じように、僕らは縁側に座っていた。


「なんだかお世話になりっぱなしで、すみませんでした」


「いいのよ、いいのよ・・・・アキヤさんが来てくれたおかげで私も楽しかったわ」


上品に笑うその笑顔が本当はとても温かいものだということを今の僕は知っている。

だから僕はこの人にうそをつけないと思った。

僕はこの人にうそをついていたくない。だから、それで、僕の、許されない罪、が、明らかになったとしても。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おばあさん」


「なにかしら?」


「リュウジを殺したのは・・・・・」


息が詰まりそうになる。

その真実を告げて、彼女がどんな顔をするか。

それを想像するだけで僕は本当に死にたくなった。

でも言わなくちゃいけない。そうだ、もしかしたら僕はそのために・・・・。

自分を誰かに裁いてもらうために、ここに来たのかもしれない。


「リュウジを殺したのは、僕です」


言った。

言ってしまった。

のに、女性は変わらぬ微笑を浮かべていた。


なんで?



「本当をいうとね、アキヤさん。私はずっと、そんな気がしていたのよ」


は?






え?




おばあさんは変わらない微笑みで空を指差した。


「いつだったか、そうね・・・・リュウちゃんが子供だったころ」


いや、なにを?

息子を殺したやつに対してまだ、今さらなにをいってんだこの人は?


「私の娘やら、その夫やらにひどい暴行を受けていたリュウちゃんを連れ出して、ここで星を見上げていたのよ。そう、丁度今のあなたの位置にリュウちゃんは座っていたわ。今のあなたのように・・・泣きじゃくった顔でね」


僕は泣いていない。泣いてなどいない。そんなのはわかっている。

でも反論できない。言葉が浮かばない。

泣いている?僕が?


「そのとき、私はリュウちゃんにこう言ったわ」


空を指差したまま、もう戻らない過去を懐かしむように。


「この世界は、すべて平等に出来ているのよ、ってね」


「・・・・・・・・・びょう・・・・・どう?」


いや、一方的な暴行を受けていた子供に平等って・・・。


「どんな出来事も、突き詰めて言えば全ては本人の責任なのよ。リュウちゃんがあの子(ははおや)に殴られて泣いていたのは、あの子が勇気を振り絞って助けて!っていわなかったから」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「種を植えて、それが実るかどうかは人それぞれ。人の選んだ選択というものは、すべて意味があり、すべてそれが自らの責任となり、すべてが業となる」


「・・・・・・・・・業・・・・」


「人は生まれながらにして多くの命の上に成り立っているわよね。生まれや国や思想は違っても、『選ぶ』自由だけは誰にだって平等だった」


「・・・・・・・・でも、それでもどうしようもないことは、あると思います」


「それは誰にとってどうしようもないのかしら?」


「え?」


「アキヤさんの言うそれは、ただ仕方がなかったと、言い訳しているだけなんじゃないかしら」


がつん、と。

ハンマーで思いっきり頭を殴られたような衝撃だった。

『仕方ないことなんかない』と、彼女は言う。

『仕方がなかった』と納得しようとしている僕に。


「もし、あなたがリュウちゃんを殺したのなら、あなたはそれを仕方がなかったなんて納得せず、これからずっと、ずうっと、悩んで悩んで、答えが出るまで永遠に悩んで、それからきちんと向き合わなきゃならない。それがあなたの選んだ業よ」


「・・・・・・・・僕が選んだ・・・・・」


「いいかしら、アキヤさん。時間は絶対に戻らないわ。だから、どれだけ時間をかけてもいい。ゆっくりだっていい。だからとにかく自分の力で、意思で、答えを探し続けるものよ」


「どれだけ時間をかけても・・・・?」


「そうして自分が十分納得出来た結論(こたえ)に、悔いはきっと、ないわ」





この人は何を言いたいのだろう。

息子を殺したと口にしたやつに大していうことがそれか?

もっと、なんか、警察に通報するとか、あるだろ?

なんだよそれ。


なんだよ、それ・・・・・・・・・。







「お世話になりました・・・・」


玄関先で僕は彼女と向き合っていた。

その日の夜、最後の電車で僕は故郷のあの町に戻る。

おばあさんは最初と変わらない笑顔で僕を見送っていた。


「いいのよ。また、遊びにきてね」


「・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・僕は、本当に・・・・・」


「そうなってしまったことは、あなたが選んだことよ。だから、逃げてはいけないわ」


「・・・・・」


「リュウちゃんが殺されたのにだって、あの子の責任がちゃんとある」


「でもそれは僕が、」


「あまり自惚れないことね。ただアキヤさんはトドメをさしたに過ぎないわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


「選んできた道の先が死でしかないのなら、あなたの手によるものかどうだったかという差でしかない」


本当にこの人、何いってんだ?

そんな冷静に口上垂れてる場合じゃないだろ?

悔しくないのかよ・・・・悲しくないのかよ・・・・。


「それにね、正直言うと、あなたがリュウちゃんを殺したなんて、思いたくないもの」


苦笑して笑う彼女に、僕はいい加減理解の限界を超えていた。


「事実、僕はあいつを殺したんです!この手で!!!それは思うとか思わないとかそういうことじゃなくてとにかく事実なんです!事実を認めてくださいよ!!それでっ・・・・」


それで、僕を責めればいいじゃないか。


「私がただ、あなたとリュウちゃんを信じていたいだけ。だから、その責任と業は負うわ」


「・・・・・・・・・・・・・・っ」


「人は、その覚悟と意思があるのなら、振り上げた刃を、下ろしてもいいのよ」


それが自分に対するものであれ、他人に対するものであれ、ね。

そう彼女は最後に付け加えた。

それが僕と彼女の最初で最後の思い出。


本当は悲しかったんじゃないだろうか。

僕は行くべきではなかった。

何度も後悔した。

でも得られたものは確かにあった。

僕はその事実から絶対に逃げられない。逃げてはいけない。

そうしたからには、そうする責任がある。

僕は、これから自分で納得がいくまで悩み続けなければならない。

これからの僕のことを。

これまでの彼のことを。


そうしてまた、もしも僕がこの手で振り上げた刃を振るわなければならない時。


僕は覚悟する。

覚悟できる。


「その、覚悟と意思があるのなら・・・・・・・・」








もうずいぶんと前のように感じる、リュウジとの会話。

彼は夕暮れの図書室で窓の外を眺めながら、こんなことを言い始めた。


「なあアキヤ、もしもオレがどうしようもねえ間違いを犯しちまったら」


「なんだよそのたとえ。そんなの僕が知ったことじゃない」


「最後まで聞けよ。そうなったらお前、オレを殺せ」


そういうだろうということはなんとなくわかっていた。

なんとなくわかっていただけに、僕はそれを聞いて諦めたように頷くしかない。

断ったところで、こいつにはそんなの通用しないってわかってるから。


「そしてお前がどうしようもなく間違っちまったら、そんときゃオレが殺してやらあ」


「ははは、そのときはお願いするよ」


「ハッ!まあ、任せとけ」


そうしてリュウジは、まるで遠い昔を思い出すように目を細めていった。


「その責任と覚悟と、背負わなきゃいけねえ世界がオレたちにはあるんだよな」








結局殺す側になったのは僕で、殺される側になったのはリュウジだった。

たぶん本当にそんなだけの話で、逆も十分ありえたんじゃないか。

僕たちはほんのわずかかみ合わなかった歯車に押しつぶされ、間違ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


これから僕は正しい未来を見つけていけるのだろうか?

正常な未来、間違ってない未来、僕の未来。

あいつが歩くはずかもしれなかった、僕の未来。

その全てを背負って生きていくことはきっと難しいけれど。

でもそれを諦めて投げ出してしまわず、妥協せず、走り続けていく。

自首したり、誰かに裁かれることで、僕は納得なんかできない。


「だからせめて・・・・」


どうか、わずかでもいい。

僕は答えを見つけられるそのときまで・・・・。


そのときがきたら、おばあさん。


もう一度あなたに会いに行こうと思います。


そのときは、未来の僕に、よろしく。





遠くなる滑車の音。

ゆれる電車のリズム。


消えていく意識。





罪は消えない。

誰かに消してもらうものじゃないと思う。

それが人として正しいかどうかは別として、

それが僕の選んだ結論だった。



それから二年と半年後の冬、もう一度僕は殺人に関わることになる。


それに関わる覚悟と意思は、あったのだろうか?



結局僕はかたっぱしから大事なことを無視してきたのではないか?


そんな風に思ってしまう。



それはやっぱり仕方のないことで。

でもそれ以上に大事だと思えるものがある限り、


僕は間違い続けたってかまわない・・・。



正常な人格?知ったこっちゃない。


僕はここにいる。


彼女もここにいる。




それでいいと、本気でそのときまで僕は思っていた。



そのときは・・・・。




あとがきおまけまんが

〜それいけアレキサンドリア〜


*あらすじ*


アキヤによってぼろアパートの外に投げ捨てられてしまったアレキサンドリア王子。彼は雪解け水によって発生した泥水の中にダイブしてしまったのだった!



カナタ「・・・・・・・・・・アレキサンドリアー」


佐々木「おい、やばいことになっているぞ。あれはいくらなんでもメインヒロインとしてやばいぞ。すでに意気消沈というか、生きた目をしていない。


アキヤ「知らん」


ツバキ「仕方ないなあ・・・よし、ここは私が一肌脱ぎましょう!アレキサンドリアをきれいにしてあげますね!」


セツナ「ほんとう!?」


ツバキ「はい、さあうさぎをこちらへ」


ぽいっ。


ツバキ「洗濯機に入れてスイッチオン」


カナタ「?」


「・・・・・・・アレキサンドリアーーーー!?」



佐々木「絶望・・・それは絶対なる望みと書く」


アキヤ「きも」

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