羽根とリボン
焼きたての菓子を布で包み、バスケットに入れる。そこに腕輪と書置きをしたメモを添えた。
加えて、飾り付けに薄紅色のリボンもつけてみた。これは髪が伸びたら使おうと思っていた、とっておきのものだ。
「よし」
カタリナとマシアンは付いて来たそうであったが、モアネが断ればしつこく食い下がりはしなかった。
ただ、そのかわりに部屋で何をしているのか、メルディオはどんな子なのかを聞かれた。
子ども同士で良くないことをしていないか。それをカタリナは一番心配していたようにモアネは感じた。
モアネにとってメルディオが信頼できる相手であっても、見知らぬ相手を信用するのは難しいものらしい。
(あとでメルディオに言っておかなきゃいけないかな……怒るかな……)
モアネ自身は秘密にしていたつもりでも、悟られていた。
それに、メルディオの名前を出さないまでも、料理の最中で人となりを口にしてしまった。
(秘密だけど、いっそのこと全部教えたほうが……ううん、そういうのはメルディオと話してからにしよう)
息を整えて屋根裏部屋の前に立つ。しっかり自分の手元にメルディオへの贈り物があるのを確認して、モアネは右手でドアを開いた。
「メルディオ? ……来てないか」
しんとした秘密基地が目の前に広がっている。
慌てて出たから、ところどころ物が散らかったままだ。モアネは部屋に入って、メルディオのドアが現れる付近にバスケットを置いた。
それからいつものように簡単に掃除をして、もう一度ドアを見る。
(今日はもう来ないのかも)
数年の付き合いともなれば、なんとなくわかる気もする。モアネは勘に従って、静かにドアを開けて出て行った。
焼き菓子なら明日でも問題なく食べられるはずだ。
出来るだけ早く気づいてくれたらいいと思いながら、階下に降りる。それから、待ち構えていた両親に「大丈夫だったよ」と微笑んで答えてみせた。
そして翌日。
いつもの昼下がりに、秘密基地へと向かうとすでにメルディオが待ち構えていた。手にはモアネの木の籠がある。
モアネを見つけると、メルディオの表情はハッとしたように動く。それからちょっとだけ斜に構えて、挨拶をしてきた。
「よお、早いじゃん」
「えっと、いつも通りだけど」
モアネが答えると、メルディオは落ち着かない仕草でズボンポケットに手を入れた。
「昨日、媒介具と一緒に入れてたやつだけど」
「あっ、食べてくれた? なるべく上手く作れたものを詰めたの。メルディオに渡した露蜜の花で作ったやつでね。不味くはなかったよね?」
メルディオの反応からして、きちんと受け取ってくれたのだ。
それがわかって、早口にモアネは尋ねた。メルディオは若干気圧されながら、うなずいた。
「ちゃんと食べれた。やっぱ、自分で作ったのか」
「お母さんに手伝ってもらったけど、大体は……あ、メルディオ」
「な、なんだよ」
モアネは一歩進んだ。
メルディオの青灰色の瞳をしっかり捉えて、モアネは口の中に溜まった唾を飲んだ。気まずい告白をすることに、気後れしそうになる。
でも、黙ったままではいられない。
「メルディオ、ごめんなさい。お母さんとお父さんに秘密基地のことバレちゃった」
「あ、ああ。あー、そっか」
曖昧な返事に、ますますモアネは謝罪をした。
「メルディオの名前はちゃんと隠したよ。それにここに来るのも反対されなかったから、その……」
「俺もバレてるからいいよ、別に」
「えっ!?」
両手を口元に当ててモアネは驚いた。
メルディオは目を眇めて、ため息混じりに言う。
「んなこと、右手の刻印ついた次の日にさんざん調べられたし……本気の父さんたちに隠せるわけねーし。だから、別に気にすんなよ」
「そ、そうなの? よかった」
「よくないけどな。でも、他のやつは入れねーからさ。モアネも上手く使えよ」
そう憎まれ口を叩いて、メルディオは小さく笑った。
それから、今気づきましたとばかりに籠をモアネに差し出した。
「これ、返す。あとモアネにやる」
ぐいと押し付けられた籠に何か入っている。バスケットと布はいいとして、もう一つ。
(なんだろ、大きな羽根?)
しかし見事な艶のある美しい羽根だ。角度を変えると色が変わる。
「メルディオ、これは?」
「……俺が仕留めた記念のやつ。モアネはあんまり外に出れないだろ、分けてやるよ」
「大事なものじゃないの? 嬉しいけど」
「いいから。ほら、早く受け取れ」
「え、あ、うん」
さらに押し付けられて、籠ごと抱き止める。するとメルディオは満足そうにした。
「それ、お守りになるってさ」
「どんな?」
「無事に帰るとか、元気とか、そういうのだって聞いた」
それなら尚更メルディオ向きのお守りではないだろうか。
(メルディオのところは傭兵のお仕事をしているなら、一番いるんじゃないの?)
モアネは受け取ったはいいが、どうしたものかと羽根を手に取った。
目の前にかざすと、すうっと色を変え、あたりの景色に馴染む色になった。そして動かして窓のほうに向けると、空を映した鮮やかな青に変わる。
(こんなに綺麗なもの、もらっちゃった)
ほう、と息をついて籠に戻す。
「ありがとう、メルディオ。とっても素敵」
「ん、おう」
言葉少なく返して、メルディオは何故か居心地悪そうにしていた。
モアネは不思議に思ったが、指摘するのはやめた。今はそれよりも、メルディオのお守り代わりになるものを探すのが先だ。
けれど、ここに代わりになるものはやはりなかった。そこで、モアネは目についたもので先延ばしをすることにした。
「うーん、ねえ、メルディオ。今度、私がお守り探すから、それまでこれ持ってて」
「は?」
バスケットに結えていた薄紅色のリボンを解く。
目をぱちくりとしたメルディオに、モアネはリボンを託した。
「あのね、これ私のお気に入りなの。メルディオにちゃんと代わりを渡すまで預かっててね」
「別に、代わりはいらねーし。そういうつもりで渡したわけじゃ」
「いいから! 安全のお守りみたいな羽根なんでしょ? 代わりがないと危ないかもしれないじゃない」
「そんなんなくたって」
「私が心配だからいるの!」
モアネが言い切ると、メルディオはリボンをゆっくり握った。感触を確かめるみたいに指先が生地を撫でている。
「じゃ、これでいい。モアネのお気に入りなんだろ」
うなずくと、メルディオは続けた。
「ちゃんと返すために持ってるなら、お守りみたいなもんだし。俺の一番最初の手柄を渡すんだからそれでいい」
「ええ、でもちゃんとしたやつのほうがいいよ」
「モアネがそう思うなら持ってこいよ。それも貰ってやる」
どういう理屈だろう。
それがいいと一人で解決したみたいなメルディオは、これ以上聞く気はなさそうだった。さっきまでの落ち着かなさはなくなり、むしろ機嫌が良さそうにしている。
(メルディオがいいなら、いいけど)
リボンは乱暴に扱われることなく、きちんと畳んでメルディオのズボンポケットにしまわれた。もう返してとは言えない。
お気に入りだった。けれどその様子を見て、モアネはなんとも言えなくなってしまった。
(変な感じ)
木の籠を再び抱え直して、モアネは息を吐いた。
呼吸する大本のあたりがもわもわと泡立って弾むような。申し訳ないのか、それとも嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない。そんな奇妙な心地がした。
それからいつも通りに二人で遊んでいれば、時間はあっという間に過ぎていく。
一日、二日。さらに数日。溶けるように移り変わる日々が、どんどんと重なっていった。
*
モアネの元に、新たな環境が訪れたのは季節がまた一つ巡った頃だった。
じわじわと暑い日の盛りに、騒がしい虫たちの声に紛れて草地を踏み分けやってきた。
庭先でメルディオからの羽根をかざし遊んでいたモアネに向かって、真っ先に元気のいい声が投げかけられた。
「あなたが病気の娘? 平気そうじゃない!」
「はしたないですよ、レッティーア」
「だってそう思ったんだもの、ドゥカ叔父さん」
白の編み帽子を被り、広いつばの端を掴み不敵に唇を吊り上げたレッティーアという少女。緑に負けない真っ赤な髪が特徴的で、見るからに生命力の塊みたいだった。
隣に立つ中肉中背の大人の男は、レッティーアに比べると幾分大人しい印象を受ける。ドゥカ叔父さんという呼び名に、困ったように微笑んだ。
「こんにちは、モアネ・ヌエステッタさん。君のご両親に招かれたルドヴィック・バンデンです」
「そこらの女の人より言葉遣いと仕草が美しいから、より洗練されたドゥカって呼んでるわ。あなたもそう呼んでもいいのよ」
「人の許可なくそういうことを言ってはいけませんよ」
レッティーアをたしなめたルドヴィックは、モアネの目線に合わせて屈んだ。
枯草色の髪と目は、先ほどの言動のように落ち着いた印象を与える。それでも見知らぬ大人が急にやってくるのには戸惑ってしまう。
モアネがまごまごとしているうちに、ルドヴィックは身に着けていたカバンから虫眼鏡らしきものを取り出した。そして、モアネの前にそれを持ってきた。
「さあ、少々失礼。ああ、やはり魔法の構築式。しかも古い! マシアンたちの言葉は確かでしたか」
「なあに、呪われてるの?」
「不用意に言ってはいけません。学院でそれでは弾かれ者になってしまいますよ」
「逆に弾き返してやるわ」
「なんて跳ねっ返り。静養地で是が非でも落ち着いてみせなさい。姉さんたちに散々叱られてしまうのは、あなたですからね」
「はーい」
適当な返事をして、レッティーアはスカートを翻してモアネに近づいた。
「ね、ね。モアネって呼んでいい? あたしのことはレッティって呼んで」
「レッティ……えと、私はモアネです。よろしくね」
「うん、よろしくっ」
モアネの手を取ってぶんぶんと上下に振る。
(メルディオよりずっと元気な子だなあ)
服装だけは大人しそうな色合いのワンピースなのに、着ている本人が全くそうじゃない。この土地で初めて同じ年頃の女の子と出会ったが、圧倒されてしまいそうだ。
「モアネ、元気そうならちょっと出かけない? ここに来るまでのところで、露店が出てたんだ」
「レッティーア。駄目ですよ。この子は、病気の治療中だって話したでしょう。遠くに歩くのも準備が必要です」
「そうなの? えーつまんない」
「ごめんね」
不満を言うレッティーアに、モアネが謝る。すると、レッティーアは慌てて否定した。
「やだ、ごめん! しょうがないんだよね? じゃあ、お家で遊べることしようよ。ドゥカ叔父さんはモアネの親にお話するんでしょ」
怒涛の早口だ。
モアネが頷くと、ルドヴィックが顎に手を当ててため息をついた。
「そうですが……モアネさん、迷惑だったらすぐに言ってくださいね」
「いえ、大丈夫です。レッティ、それならここのお家の周りを案内するね」
「そうこなくっちゃ!」
ルドヴィックの心配そうな目線をよそに、レッティーアはモアネの手を取って駆け出した。
「走らず歩きなさい!」
「はーい」
後ろから叱られても、小走りから早歩きになった程度だ。モアネは息を弾ませながら、レッティーアの手を握り返した。




