第12話:決戦の託児所、あるいは最強の身内たち
「いいえ、世界樹の守護者である私たちが、最高司祭であるレント様をお迎えするのが道理です。野蛮なオークの兵舎など、神聖なる御子を育てる環境にふさわしくありません」
「ハッ、笑わせるなエルフの青白い小娘が! 我が軍の兵站能力を舐めるなよ? 毎日最高級の魔獣肉と新鮮な乳を配給できる。お前たちのように、木の葉ばかり食わせる気割りのない育児など、我が子が拒絶するわ!」
魔王軍第三軍団の本陣天幕。
先ほどまで世界滅亡のシリアスな空気を醸し出していたエルフの聖女ルシエルと、魔王軍最高幹部であるオーク女王ドルハが、互いのお腹(※どちらもふっくらしている)を突き合わせるようにして睨み合っていた。
その中心で、俺――レント・ベルクは、すでに事切れたようにぐったりとしたゴブ次を小脇に抱え、ただただ冷や汗を流していた。
(なんで世界を揺るがすトップ二人が、俺の寝室(軟禁先)の奪い合いで、ママ友の派閥争いみたいなドロドロした会話をしてるんだよ……!)
「あの……お二人とも、落ち着いてください。俺はただのFランクテイマーですし、何なら街のギルドにドブさらいの報告もしなきゃいけないので、一旦自宅(ボロ小屋)に帰りたいんですが……」
恐る恐る提案すると、二人の美女が同時に、恐ろしいほどの眼光でこちらを振り向いた。
「「それはダメ(いけません)!!」」
声が見事にハモる。
「レント殿、貴様はまだ分かっていないようだな」
ドルハが大きなため息をつき、俺の肩にずっしりと重い手を置いた。
「貴様のその卓越した『血統制御能力』と、あの小鬼の『万象交配』。これはすでに一国家の枠に収まる規模ではない。人類の強欲な王どもが貴様の価値を知れば、確実に拉致し、一生地下で種付けの命令を下す奴隷にするだろう。我らは貴様を『保護』しているのだ」
「左様です、レント様」
ルシエルもまた、神聖な祈りを捧げるような手つきで俺のもう片方の手を握りしめてきた。翡翠色の瞳には、狂信的なまでの輝きが宿っている。
「世界樹を瞬時に蘇らせた貴方の英知は、神の領域。エルフの長老たちも、貴方を『黄昏の世界を導く真の調律者』として崇める準備を始めています。貴方の身の安全は、私たちが命に代えても守ります」
……だめだ。
この人たち、完全に脳内で俺を「世界を裏から牛耳る禁忌の超天才」として固定している。俺がただ「うちのバカゴブリンが全自動で夜這いしたケツ持ちのために土下座しにきただけ」の凡人だと説明しても、今さら信じる気は微塵もないらしい。
「だったら……」
俺は諦めて、額を押さえた。
「俺の家に来てください」
「「え?」」
「俺の家はラズガルドの街外れにあるボロ小屋ですが、一応、プライバシーは守れます。ドルハ閣下のオーク軍に見張ってもらいつつ、ルシエル様の精霊魔法で結界を張ってもらえば、人類の国からも魔王軍からも手出しはできない。そこで……共同で『託児所』を運営するというのはどうでしょう?」
俺としては、これ以上戦場で泥沼の奪い合いをされるよりは、自分のホームグラウンド(家事のしやすい場所)に引き込んだ方がマシだという必死の妥協案だった。しかし、この言葉が、二人の天才(勘違いのプロ)の脳内で最悪の化学反応を起こした。
「……なるほど。あえて人類領の辺境という『空白地帯』に拠点を置き、魔王軍の武力とエルフの結界を融合させるか」
ドルハがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「双方の勢力を完全に自分の手駒として配置し、人類国家への無言の圧力とする。……やはり恐ろしい男だ、レント・ベルク」
「ええ……。ただの育児施設ではなく、世界の主要種族の次世代を一手に掌握する『中立要塞ギルド』の設立、ということですね」
ルシエルも深く納得したように頷く。
「その施設の長として、世界のマナの流れをコントロールする……。素晴らしい深謀遠慮です。その計画、私も乗りましょう」
(違う。ただ単に、離乳食作りたいから調理器具が揃ってる実家に帰りたいだけなんだ……!!)
心の中で血を吐くようなツッコミを入れたが、もう手遅れだった。
こうして、魔王軍第三軍団三千の兵が「警備員(保父)」として周囲を囲み、エルフの聖女の神聖結界によって「絶対不可侵」となった、前代未聞の要塞託児所――のちの世界最強ギルド『緑のゆりかご』の建設が、なし崩し的に決定してしまったのである。
そして数日後。俺のボロ小屋に、エドワーズ男爵からの「新種羊が大爆産して大儲けしたから、これ軍資金(金貨100枚)な!」という狂った手紙と物資が届くと同時に、ドルハとルシエルのお腹が、いよいよ限界を迎えて光り輝き始めた。ついに、世界を滅ぼしかねないスペックを持つ「ハイブリッド・チルドレン(第一世代)」の出産が始まろうとしていた。




