第13話 「冥土にメイド」
地獄の化け物との激闘を終え、俺は化け物の亡骸を眺めながら立ち尽くしていた。
この"殺し"が、せめてコイツにとって苦しみからの解放であったことを願いたい。
「御守さーん!」
小春ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「御守さん、すごかったです! こんな怪物を本当に倒しちゃうなんて……! その左手、一体なんなんですか!?」
彼女は興奮気味に俺の左手を眺めている。危機が去ったことと合流できた嬉しさもあってテンションが上がっているのだろう。
「小春ちゃん、俺はね……、黙っていたけど元々人間じゃない。地獄の怪物なんだ」
「え……そんな……」
小春ちゃんの顔が一瞬にして曇る
「ハハ、冗談に決まってるじゃん」
「もう!御守さんのばか!!」
あまり良くないことだと思うが、ピュアだからなんでも信じてくれて揶揄うのが楽しい。
「イテテテ……」
笑うだけで身体に響く。やはりアバラかどっかの骨は折れてそうだな……。
「だ、大丈夫なんですか身体……?」
「結構ダメージあるかもな……まぁ左腕吹き飛ばした時よりは軽傷だと思うけど……。しかし地獄をナメてたな、まさかこんな怪物が開幕から出てくるとは……。この左手がなかったら俺たちもコイツみたいになってたのかもな……」
「そうですね……」
「小春ちゃんも見てたと思うけど、この左手はとんでもないパワーを秘めてるみたいだ。女神もとんでもないものをつけてくれたもんだ……。あと小春ちゃんももしかすると女神の加護が――」
そう言いかけたところで、俺は小春ちゃんの服に注目した。
「さっきは戦闘でそれどころじゃなかったんだけど、小春ちゃん、なんでメイド服を……?」
「へ、変ですかねやっぱり……」
「え、いや、めっちゃ可愛いし似合ってるんだけど、なぜわざわざそれを選んだのかなーって……」
狭間の世界にいたとき、あの短時間でよくこんな服を思いついて思い浮かべられたなと感心する。
本人にはとても似合っているが、この場所においては圧倒的に場違い感がすごい。いや俺のスウェットも大概ではあるが。
「現世にいたときからずっと憧れていて、着ている自分を毎日想像してたんです……。でも結局一回も着られないまま死んじゃったから、せめてこっちで着てみたくて……」
地獄で夢を叶える人間もなかなかいないだろうな。いい意味で危機感がなくてなんだか面白い女の子だ。
「こんな状況で言うのも変な感じだけど、夢叶えられてよかったね」
「うーん……でも本当の夢はメイド服を着ることじゃなくてメイドさんになることだったんですけどね……」
「ん? 本物のメイドにってこと……? 誰かに仕えるみたいなそういう……?」
「はい、現世ではずっとそういうお仕事を探してたんですけど、全然見つからなくて……」
え、そういうこと……?
自分の中で点と点が繋がり線になった感覚があった。
選別テストのときから、小春ちゃんが仕事が見つからないと言っていたことが引っかかっていた。
この見た目と愛嬌のある性格で仕事が見つからないなんてことがあるのだろうかと。
しかし小春ちゃんが「メイドになる」という一点のみで仕事を探していたのならばそれも納得だ。少なくとも俺はメイドの求人など見たことも聞いたこともない。
家のお手伝いさんくらいならそれなりに求人はあるだろうが、バッチリとメイド服を着て主に仕えるメイドなんてそもそも日本にどれだけいるんだ……?
俺の知らない上流階級の世界にはもしかしたらいるのかもしれないが、そこまで早々辿り着けるものでもないだろう。
「メイドの何にそこまで憧れるんだ……? やっぱり服装が可愛いからとか?」
「わたし、ご主人さまが欲しいんです」
「ごっ……!?」
「どうかしましたか?」
「いや、その……なんというか……」
「?」
俺は小春ちゃんから発せられた言葉の響きに懐かしさを感じつつも動揺している。
まぁ隠すようなものでもないし、いい機会だから改めて自己紹介をするか……。
「えっと、俺の本名、『みもり じん』って言うんだけど……」
俺は落ちている短い木の枝を拾うと、地面に自分のフルネームを漢字で書き始めた。
「これ、この漢字から俺のあだ名とか想像できる? 割とわかりやすいとは思うけど」
「御守迅……『ごしゅじん』……?」
「正解。俺、学生時代は友達にふざけ半分で『ご主人』ってあだ名つけられてたんだよ。だからさっき小春ちゃんが『ご主人様』って言ったとき無意識に反応しちゃって……」
小春ちゃんのほうを見ると、なぜか目を輝かせている。
「御守さん!これは運命です!!」
何が運命なのかわからないが小春ちゃんは嬉しそうに興奮している。
いや正直に言うと彼女が次に発する言葉がなんとなく頭をよぎっているのだが、まさかそんな、という冷静な自分も頭の中のど真ん中に鎮座していて両者がせめぎ合っている。
「選別テストの終盤くらいからずっと、もしメイドになれるならこんな人に仕えられたらいいなって思ってました……。私、現世ではずっと病弱で入院ばかりしてたので、ベッドの上で見るアニメや漫画が心の拠り所だったんです。そういう中でわたしは、作品の中で献身的にご主人さまを支えるメイドさんに強く憧れたんです……。そして御守さんはわたしの想像する主人像にすごく近くて、紳士的で優しくて頼れる人、だけどちょっと抜けているところがあって、その抜けている穴の部分をわたしが補えたらって」
彼女の突然のマシンガンカミングアウトに気圧されて俺は言葉に詰まった。
「ち、ちょ、ちょっと待って小春ちゃん、一旦落ち着いてくれ。俺に仕えるってどういうこと? こんな状況じゃそもそも雇うとかそんなん……」
「いいんです! わたしが勝手に御守さんをサポートしてご奉仕すると決めただけなので! 御守さんは今まで通りでいいんです」
ご、ご奉仕って……。うーーーん、なんだか突然とんでもない状況になってきてしまったぞ。
まぁ慕われるの自体は悪い気はしないし、俺が特別に何かするわけじゃないなら別にいいか……?
俺は誰かの主人になんてなれる器じゃないと思うが、これだけ目を輝かせているのに断って悲しい気持ちにさせてしまうのも嫌だしなぁ……。
「わかった……俺は別に今まで通りにしてればいいんだよね?」
「はい、ただ……」
「ん? なに?」
小春ちゃんは何やら言いづらそうに下を向きもじもじしている。
「……ご主人さまって呼んでいいですか?」
「……!」
なんだその照れながらかつ上目遣いのお願いは!! かわいい! かわいすぎる!! 助けてくれ!!! ……マズい、冷静さが売りの俺なはずなのに、このアドラブルなキューティーガールにアイデンティティを崩壊させられそうになっている!
しかもメイド服を着ているせいで破壊力は5割増しだ。くそっ、まさかこれも女神の加護なのか!? 本当の女神は小春ちゃんだったのかもしれない……!
「あぁ、うん。小春ちゃんがそう呼びたいならそれで……」
うわ、我ながらめっちゃ冷めた返ししちゃったよ。ちょっとは気の利いた返事してくれよ俺。
下手したら今、この横に転がる化け物と最初に対峙したときより動揺してるかもしれない……。
「じゃあご主人さま、わたしも改めて自己紹介しますね」
あれ、もう照れがなくなってる!? すごく自然な感じで「ご主人様」って言ったよね今? 俺のドギマギした気持ちだけ置いて先に行かないで小春さん……。
「わたしのフルネームは『双葉小春』と言います」
そう言うと、彼女も先程の俺と同様に木の枝を持ち、自分の名前を地面に書き始めた。名字があると春の感じが強まって、よりいい名前だな。
「双葉か……、なんか小春ちゃんって全部が可愛いね」
「なっ……!? そ、それはどういう……」
今度は小春ちゃんが動揺している。これは反撃成功といったところか。
「……ご主人さま、よかったらわたしのこと、呼び捨てにしてくれてもいいんですよ……?」
「え……っと……まぁ、そのうちね……」
ちょっと気を抜くとすぐに主導権をとられそうになってしまう。やはり小春ちゃん、侮れない女だ……。
さて……、地獄最初の山場をなんとか乗り越えたわけだが、俺たちはこれからどう動くのが正解なのだろうか。
とりあえずこの泉の水が飲めるのかどうか、そして食料は……まさかこの化け物を食わなきゃいけないとかそういうことになったりするのか……?
こうして、無職とメイドによる冥土生活が本格的に幕を開けたのだった。
一旦ここまでです




