海水浴と散髪
「「海に行って欲しい!?」」
俺とシエスタは同時に聞き返す。
ライアがうんと頷く。後ろにはお馴染みとなったエレナとユキネがいた。
「恒例のキングアーケロンが来る季節になってきましたからね。ちょうど、暇そうにしていたお2人にも協力してもらおうと思いまして。」
エレナがニコニコと俺達に言う。
正直言って、今は別にお金に困ってないので出かける気は起きない。
この前の巨大鰻退治、いや退治はしていないか。
捕獲作戦に協力したおかげでかなり懐は潤っているのだ。わざわざ、危ない目に遭う必要性はない。
結局、あの後ロイヤル家とかいう魔王軍にお金を貸している家の息子があの巨大鰻の視力が低下したとか言って怒っていたらしいが、ライアが何とか言いくるめて事は収まったらしい。
正直言って、あのまま進んでいたら魔王軍の居城も破壊されていただろうからこちらとしては何も悪いことをした覚えなんてない。
というか、キングアーケロンとは何だろうか。
キング、という名が冠しているのだ。きっと凄くデカいのかと予想される。
この世界の生き物はどいつもこいつもデカくないといけない理由でもあるのだろうか。
「いいわね!何か面白そうだし!」
シエスタが海、という単語にだけ反応したのだろう。
遠足に行く子供のようにはしゃぎだした。絶対にそんな楽しいモノではないだろ、と言いたい。
「行くのはいいけど、俺達2人だけで行かないといけないのか?」
俺はライアに尋ねる。
正直、この女と一緒だと絶対に無事に終わるとは思えない。
「まあ、そうだな。毎年、この時期になると魔王軍総動員で行くことになるのだがな。前回の捕獲した魔獣が破壊した場所の修復で人が出せないのが現状なのだ…。」
ライアが申し訳なさそうに言う。
確かに、城の兵達も全員出払っている気がする。
そこまで戦闘力があるタイプじゃないのと門番程度しか残っていない。
「まあ、ただ今回ばかりは異例だからな。私達3人も同行する予定だ。」
ライアが俺にそう言うと、立ち上がった。
俺は、ふと思った。海か。
流石に異世界とは言えこの世界にも海はあるだろう。
そして、今は季節は日本で言うところの夏だ。
夏と海。この2つが合わされば必ず、海水浴と言う言葉が思い浮かぶ。
「いいよ、行ってあげるよ。」
俺はライアに言う。
ライアは少しばかり顔を明るくした。
「そうか!それは良かった!お前のことだから断るかと思っていた…。お金も入っていて、ここ数日は城の仕事もあまりしてなさそうだったからな。」
人のことを仕事をしないニートみたいな言い草はやめて欲しい。
お金が貯まるまではしっかり働いているのだから、文句を言われる必要はないと思う。
「その代わりとは言っては何だけど、どんな場所なのかだけ教えてよ。」
俺はあることを考えていた。
別に海水浴場である必要はない。せめて、広い砂浜のような場所であればいいと思う。
3人は俺の考えていることがあまり理解出来ていない感じだった。
「場所、ですか?うーん、どんなと言われましても魔族達が水浴びによく来る場所ですね。夏になると。」
うん、海水浴場ですね。完全に。
俺は確信すると、3人に言う。
「だったら、その場所で着て欲しい服があるんだけどそれを了承してくれるなら一緒に行ってあげるよ。」
「まあ、別にそれは構わないが。何だか、お前悪い顔をしているような気がするぞ。」
「気のせいだよ。」
俺はニコリと笑みを浮かべてライアに答えた。
先程から、後ろにいるシエスタの視線が気になるがそんなお前に1つだけ言いたい。
別に、3人だけに用意するわけじゃないんだぞと。-
-当日は、よく晴れた陽ざしが強い日だった。
俺はTシャツと短パンという日本の海水浴場でもお馴染みの衣装だった。
鍛冶師スキルがあれば服でも何でも好きなモノが作れることに気づいた俺はこの日のために準備をしておいたのだ。
染料に関しては、魔王軍の方の衣服を管理する人に頼んで染めてもらった。
使わなくなった布を無料で譲ってもらった挙句に染料までタダでしてくれて本当に感謝だ。
どうしても、使わなくなった布だと無地なモノが多いので染料をしてもらう必要がある。
まあ、俺が着ているTシャツは白色でいいから染めてはいないが。
「…これで外に出るのか。何だか恥ずかしいな。」
ライアの声が聞こえる。
その後ろから一緒に着替えていた3人もぞろぞろと来る。
3人には俺が作った水着を着てもらっている。
「流石に、やっぱり似合うな。」
俺は思わず自分の出来栄えに感心してしまう。
ライアとシエスタにはビキニを着てもらった。ライアは髪の色に合わせて紫色。シエスタも同じく髪色に合わせて白を基調とした感じだ。
2人ともスタイルが抜群なこともあり、よく似合っている。
エレナは小柄なこともあり、スクール水着に着替えてもらった。ロリ巨乳というジャンルがあるが、まさにそれだと思う。
ユキネはスレンダーなこともあり、ビキニはあまり似合わないなと思っていた。かといって、スク水は無難すぎて面白くない。
そこで、ワンピース風の水着を作ってみた。
控えめな体型と合わさってこれはこれでかなり似合っている。
「まあ、あんたがあんなことを言い出した時点で予想はしていたけどね。まさか、ここまで欲望丸出しのモノを作って来るとは思わなかったわ。」
シエスタが呆れながら言う。
普段の言動はあれだが、スタイルだけはやはり女神なんだなと思う。
本当は牛柄とかでふざけてもよかったが、流石に怒られそうなのでやめることにした。
「その、布地の面積が少なすぎないか?エレナとユキネと比べると?」
ライアが恥ずかしそうに体を隠しながら言う。
それはそうだろうと思う。布地面積が少ないから、ビキニなのだ。
「いや、似合ってるよ。あと、肌が見えているのが不安なら心配するなよ。ちゃんと、戦えるようにコーティングもしてあるから。このままでも戦える。俺に隙は無いぞ。」
この水着を作る際に城の男共に頼んで、防御魔法のコーティングをしてもらった。
これが上手く行けば商品化も考えている。
ビキニの構想の絵を見せて、あのライアがビキニを着ている姿を見たくないかと力説をしたら簡単に作ってくれた。
やはり、男の欲望は種族を超えるようだ。
「というか、私の場合は逆に少しサイズがキツイように感じるのですが。どことは言いたくないんですけど…。」
エレナがピチピチのスクール水着を触りながら俺に言う。
敢えて、少し小さめのサイズで作ったが流石にあからさま過ぎたかなと思った。
まあ、これはこれで素晴らしい光景だからいいとしよう。
「この男は、相変わらずね。いい、この服はこの男が以前いた世界でこの季節に海で泳ぐ際に女性がよく着る服よ。」
シエスタが3人に説明する。
ユキネに関してはサイズにも問題なく、また肌の露出がそこまで露骨ではないので特に不満がないようだ。
俺からしたら逆に透けて均整の取れたお腹周りとかがうっすらと見えてエロいなといった感想しか出てこないが口にしたら殺されそうなのでやめておこう。
「まあ、戦えるようになっているのなら特に何も言わないが。先程から、ヒロトからの視線が怖いのだが。」
「大丈夫だよ、何も怖くないよ。」
「片言の時点で、何も安心できませんよ。」
ユキネが俺の言葉にツッコむ。
しかし、本当にただの海水浴場だなと思う。本当に、ここにキングアーケロンなんていう物々しい名前の魔獣がいるのだろうか?
「でもまあ、いい場所ね。泳ぎたくなるわね。」
シエスタがそんなことを言う。
確かに、少し泳ぎたくもなるくらいのいい天気だ。
「そんな平和に事が進めばいいんですけどね…。」
エレナがつぶやく。
その時だった。地面が揺れ始めた。
そして、目の前の海の地平線の向こう側から巨大な津波がやって来るのが見えた。
「…来るぞ。」
ライアが津波を見ながら小さな声でつぶやく。
楽しそうに泳いでいた魔族達が一斉に泳ぐのをやめて砂浜から走り出すように逃げ始めた。
俺は津波をジッと見ていた。
そして、津波と共に海水が上がり始めた。
海の中からは巨大なタコが現れた。
正直、どのくらいの大きさなのか口にするのも面倒なくらい大きい。
というか、話を聞いてた時から思っていたがこの世界の生き物は本当に巨大じゃないといけない理由でもあるのか。
「大きなタコね…。」
隣でシエスタの感想が聞こえる。
俺も同じ気持ちだ。この大きさなら、たこ焼きが何人分出来るだろうかとも思う。
というか、アーケロンなのにタコなのか。亀じゃないんだな、と思う。
「…で、これをどう倒すの?」
俺はライアに尋ねた。
この大きさを5人で倒すとなると骨が折れるだろう。魔王軍総出で毎年行くというのも納得がいった。
しかし、3人は何を言っているんだという顔をした。
「倒す?どういう意味だ。」
「えっ、これを討伐するんじゃないの?」
俺は意外な返答に思わず聞き返した。
すると、横からシエスタがちょんちょんとつついてきた。
「あんたはこの世界のことを何も知らないようだから教えてあげる。キングアーケロンは本来改定の奥深くに住んでいる大人しい生き物なの。それがこの時期になると、わざわざ浅瀬にまで来るの。その理由は簡単よ。」
そう言うと、シエスタは大きな何10本もあるだろう足を指さした。
「そうよ!切りに来てもらいにはるばる浅瀬まで来てるのよ!」
「散髪じゃねえんだぞ!アホなのか!」
俺は思わずツッコんでしまった。
そういえば、なぜか背後に先程まで楽しそうに海で泳いでいた魔族達がワクワクしたような顔で並んでいた。
「魔王軍としてもこの大きさの足だ。せっかくだから祭りとしてその足をみんなに配ってやろうという粋な計らいで毎年やっているのだ。ただ、今年はこの人数だからな。そこまでは切れないかもな。」
ライアが残念そうに言う。
いや、祭りって。タコの足が伸びて散髪感覚で浅瀬に来るとか聞いたことない。
いや、ここは異世界だ。これがデフォなのだろう。信じたくないが…。
「ユキネさん。」
エレナがユキネに声をかける。
ユキネは、はいと小さな声で言うと宙を舞った。そして、キングアーケロンの足へと飛び上がると腰に差していた刀を居合をするかのように構えた。
直後、何10本もある足が一瞬で切れると空から大きなタコの足が降り注いできた。
ご丁寧に掴みやすいように小分けにされているのもポイントが高い。
タコの足が雨のように降って来るという珍光景が見れた。
後ろで見ていた魔族達が大歓声を上げながら、その足を取ろうと我先にと駆け出した。
「ほら見て見て!大きなタコの足よ!たこ焼き何個分作れるかしら!」
シエスタが嬉しそうにどっさりと切り分けられた足を抱えていた。
何でコイツはタコの足が降って来るこの現象に何の疑問も抱かないんだと言いたい。
「シエスタさん。足は1人1個ですよ。今年はどうしても切ることが出来る本数が限られているので。」
エレナが何個も抱えているシエスタに注意をする。
そんな特売日のスーパーみたいなセリフをここで聞くとは思わなかった。
「まあ、しかし今年も大量だな。ユキネが気を利かして切り刻んでくれたおかげでちゃんと全員分に回っているのもいい。」
ライアが嬉しそうに言う。
切り刻まれて空から降って来るタコの足が大量とかどんなジョークだよと言いたい。
どことなく、足を切られたキングアーケロンも嬉しそうな顔をしていた。
しかし、恐らくまだ切り足りていないのか海に戻っていく気配がない。
巨大なタコが海から出てきて、散髪に来たという不思議な光景が今、目の前に映っている。
「これ、どうやって調理するの?」
シエスタが1個だけと言われて最初は不満そうにしていたが、1個だけでも1週間くらいは食べれそうなレベルの大きさの足を大事そうに抱えながらエレナに尋ねていた。
「調理、ですか?基本はその場で食べますよ。ほら、あんな風に。」
エレナが指を差すと、魔族達が美味しそうにタコの足を食べている光景が目に入った。
その場で獲って、その場で食べるのかよ。
シエスタがどうすると言った目で俺を見て来る。
「城に持って帰って冷蔵してもらおう。後で、俺が調理してやるから。料理スキルも覚えたからな。」
「あんた、どんどん便利なスキル覚えて来るわね。戦闘には全く役に立たなさそうだけど。」
「余計なお世話だよ。」
俺はシエスタに言うと、キングアーケロンを見た。
まだ帰っていないのか、この巨大タコ。
「すまないが、今年は人数が足りないんだ。また来年来てくれないか。」
ライアが申し訳なさそうに言う。
それを聞くと、キングアーケロンが寂しそうな顔をして夕焼けが見え始めた空に照らされながら海へと帰って行った。
「来年は大勢で切ってあげないとですね。」
エレナがキングアーケロンを見送りながらライアに言った。
あの巨大なタコの足の散髪のために、来年も駆り出されることになるのか。
俺はそう思いながら、寂しそうな背中を見せながら海へと潜っていくキングアーケロンを4人と共に眺めていた。




