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生活保護課長・森山直樹2  作者: 泉北亭南風
13/24

13 続・田原本さんがスナックで働いている

 「田原本さん、はじめまして。生活保護課長の森山です。町民の方から、田原本さんがここで働いているのではないかという通報がありまして、今日こうして来させていただきました」


 「通報って…。そんなことするの誰ですか!」


 「我々には守秘義務がありますので、情報の出所はお伝えできませんし、情報提供者に答えを返すこともありません。とりあえず、詳しいお話を聞かせてもらえますか?」


 「課長さん。私の保護は…切られるんですか?」


 「お話の内容によりますね」


 田原本さんによれば、ここで働き始めたのは10月初旬からで、週に3日ほどシフトに入っているとのことである。


 「田原本さん。生活保護を受けながら仕事をするのは何ら問題ありません。というか、むしろ歓迎されるべきことです。問題は、仕事をして収入を得ていることを我々に黙っていることなんですよ。あなた方には収入申告の義務が課せられています。担当の岩本が訪問した際に、必ず収入申告書を書いてもらってるでしょう?」


 「では、これからきちんと申告すれば許してもらえるんですか?」


 「許すも何も、収入申告はきちんとしてください。今日は11月9日です。10月分のお給料はいつもらうんですか?」


 「日給制なんで、その都度もらってます」


 「ママさん。田原本さんの給与明細の控えありますか?」


 「あるよ。ウチはきちんと申告してるからね。よそと違って」


 「田原本さん。何故黙って働いてたんですか? 私のカウンセリングを受けながら…」


 古田さんが、田原本さんに優しく声をかけた。古田さんは、いつもの「仏の古田」に戻っている。


 「古田さん。ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。私…息子の大河に可愛そうなことをしてしまったと思ってます。だから、せめてもの償いに、大河のために貯金をしてあげようと思ったんです。将来困らないように…」


 「森山課長。何とか穏便にいかんもんでしょうかね?」


 古田さんが私の耳元で囁いた。


 「うーん。とりあえず給与明細の写しを持って帰って、週明けに岩本主査も交えて協議ですね。担当ケースワーカーの意思抜きに話を進めたらダメでしょう」


 「田原本さん。大まかな事情は理解しました。とりあえず、役場に持ち帰って検討させてください。現段階ではっきり言えるのは、あなたの収入が最低生活費を上回らない限りは、保護は廃止にはならないということ。そして繰り返しになりますが、働いて得た収入は、申告の義務があるということ。その2点です」


 私は田原本さんにそう伝え、古田さんとともに「和」を後にした。


 そして週明け、岩本主査も交えてケース会議を行った。


 「課長。11月分はともかく、10月分は不正就労で『ナナハチ』でしょう?」


 岩本主査はご立腹である。


 「岩本主査。これがまた微妙なんですよ。通常10月分の収入って、11月の保護費で収入認定するでしょう? 遡及できない前々月以前の収入なら、スパッと『ナナハチ』なんですけどねぇ…」


 「ナナハチ」とは、生活保護法第78条による保護費の徴収のことである。丸く言えば、不正受給の行政罰であり、基礎控除や必要経費の控除は認めず、実際の不正受給額を丸々徴収するということになる。


 「岩本主査。『ナナハチ』には『悪意の立証』が必要なんですよ。この状況で立証は可能でしょうかね?」


 「確かに…課長のおっしゃるとおりですよね。でも、葛山民生委員が彼女を見つけなかったら、ズルズルと不正受給を続けてたんではないでしょうか?」


 「それはあくまでも『推測』ですよね。ナナハチの立証には『事実』が必要なんですよ」


 「…何か悔しいなぁ…。でも仕方ないんですよね。課長がよくおっしゃってる『性善説の極み』ですか?」


 「まあ…そういうことになりますよね。でも、今後繰り返さないようにするために、彼女を呼んで口頭指導しましょう。それに、大河君への思いもある。大河君のことは児童相談所に任せるしかないんだけれど、彼女の思いを伝えてあげることは出来ますよね。息子のために貯金をするのに不正就労したなんてケース、私は初めてですよ」


 数日後、田原本さんを役場に呼び、岩本主査と古田さんから口頭指導を行った。そして、就労収入は通常の収入認定処理を行うこととし、「ナナハチ」の適用は見送った。


 生活保護の原資は税金である。不正には断固とした対応が必要ではあるが、私の中には、杓子定規にゴリゴリやるのはどうかという思いがある。ケース本人が自分を見つめ直し、正しい方向に舵を切ってくれたらそれでいい。


 後日私は、田原本さんの了解を得た上で、大阪府南部児童相談所の大河君の担当ケースワーカーに今回のエピソードを伝えた。それをきっかけに、児童相談所は大河君の家庭復帰に向けた取り組みを加速させた。葛山民生委員の通報が、結果として良い方向に作用したのである。

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