次世代研究所
Nが導かれた巨大なドーム型の建物の中央には、透明な円筒がドームの天井にむけてを突き抜けていた。初めてドームを見たとき、屋根から塔のように見えたのは、この円筒であった。そして、やはりその時に見た、屋根にとげのように突き出ていた無数の杭からつながっていると思われる多数の太いケーブルがドーム内部の天井から垂れ下がり、透明な円筒の下部に巻きついている。円筒の内部には、金属でできた円盤がコイル状にケーブルが巻きつけられた台座の上に載っている。
Nは以前、これに似た装置を映像で見たことがある。ゴキブリを円盤の台に乗せて、高電圧の放電により駆除する装置である。装置は精密にできていたが、ゴキブリを捕まえて台に乗せるのは人手で行わねばならないという、なんとも使えない代物であった。ひょっとすると、今は自分が、この装置に入れられるゴキブリ役ではないだろかと、いう恐怖が沸き起こってきた。
「注意してください。この装置は非常に高い電圧がかかりますから。自然の放電現象を利用するのです。幸いなことに、現在、ほとんど毎日、その現象は起こりますから、エネルギーには苦労しません。」と、男はNを見て嬉しそうに笑った。
Nは、ますます不安になりながら、「最近の大気の変化は激しいですからね。大気中の蓄電状態は常に極限でしょう。いつでも利用できますね。」と絶望的な気分で、調子を合わせた。
「これは物質転送装置です。長い間、私はこの研究を続けてきました。もともとこの研究所は、あなたが出てきた地下都市の管轄下にありました。地下都市間で、地上の気候にかかわらず物流を行うことを目的にしていました。次世代宅配便みたいなもんです。」と続けた。
装置が想像していた目的のものではないことがわかり、Nは少し安心して、尋ねた。「それでは、地下都市政府が資金をだしているのですね。」
「当初はそうでしたが、中断しました。いまさら、誰が、他の世界と物質の交換を必要としていますか。孤立した世界で、人や物の交流は必要ない。かえって恐怖なんです。情報だけあれば、彼らは満足なんです。」と、男は皮肉を込めて言った。
どの地下都市社会もAIが、すべての人間活動を平衡を保つように管理している。そのため、人々が、ほかの世界の人や物、リアルな世界に何ら関心持たなくなり、情報だけをひたすら追いかけている。孤立が進めば、外界に対する恐怖も増加する。恐怖は平衡を乱すものだ。
「何か変わったことが起こったって、どうです。映像情報を見て、『へえー、そうなの』で納得でしょう。なにか、経験したければ、嘘っぱちなVRで十分でしょう。だれも、本物をしらないんだから。それに本物を知る必要もないしね。知ったら、混乱するだけです。」と言った。
Nは、派遣されたある作業を思い出した。たしかに自分の記憶の一部だと自信を持って言える。それは、見たことのない蛍光を発行する小さな虫の集団が外世界から紛れ込んできた時のことだ。虫の集合は、風船のように丸くなり、長くなり、短くなりながら、地下通路を漂った。
周囲をコーティングされて地下に埋まっている卵のような地下都市では、外世界から異物が侵入すれば大混乱になる。すぐに、N達は、殺虫作業に駆り出された。
警備ロボはデータベースに情報が入っておらず、低レベルAIしか実装していないため、知能深化と対応決定までのプロセスに時間がかかりすぎるのだ。そこで、マユタワーの住人に作業依頼がくる。
「新種の動物なんてVRゲームの中にしか出てきませんからね。彼らは、ゲームの中では、目の色を変えて追いますが、本物を虫網をもって追いかけはしませんよ。興味もないし、恐怖でしかないでしょう。」と男は言った。
しばらく、沈黙の後、
「そういう訳で、現実の物を動かせる私の研究は危険である、という判断が下されて、ここは閉鎖されたのです。しかし、私は納得できない。精神と肉体をもつ物理的な存在である人間が、物や精神の流れを止めるとは。」と、Nに同調を求めるように悲壮な表情を作った。
「話が、長くなりましたね。お疲れでしょう。」
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男の思想や活動が危険性を増し、地下都市から追放されて、廃棄されたこの施設に隔離された。一度追放されれば、砂漠に配置された無数の警備ロボの原を抜けて地下都市に戻ることは不可能であった。
「AIの思うようにはさせない。」と独り言のように、また、男は口を開いた。皮肉な笑いを込めて、「私は、一人で、この物質転送装置を完成させたのです。幸い隔絶された環境で、外部からの通信も遮断されましたから、監視からも逃れることができました。」
男は、透明な円筒の中の装置を指差し、自分の発明したトランスポート装置の原理説明した。
「物質、もちろん人間も、分解すれば、どこにでもある有機物構成原子の集合にすぎない。しかも、それらは、それぞれに固有な振動数で振動をしています。そこで、物質のトランスポートは、原子集合の構成情報と、振動情報だけを転送先に送り、転送先にある原子に集合構成情報と振動情報を与えて再構成すればよいのです。三次元プリンターみたいなもんです。情報を受け取った所にある材料でなんとかすればよい。有機物を構成する原子なんて、どこにでもありますからね。物を送る必要はないのです。」
「リアルな物質を尊重する私の思想とは、やや矛盾しますが、まあ仕方がないでしょう。」と付け加えた。
なぜ、この男は、こんな話までNにするのだろうと不審におもいながらも、「「その装置で、地下世界に戻るつもりだったのですね。」と聞いた。
「そうです。AIに気づかれないようにね。」
「でも、そのためには、地下世界に受信装置が必要ではないですか。」と、更に聞いた。
男は、ますます嬉しそうにNをまっすぐに見て、言った。
「その通りです。どこに受信装置があったとおもいますか。マユタワーの891号カプセル、あなたの部屋です。中継装置は、打ち捨てられた、あのおんぼろ衛星です。」
Nはあっけにとられた。自分が外世界の人間であると言われ、さらに、自分の寝起きしていた部屋が受信装置であったとしたら、自分は、あの部屋の中の適当な原子を寄せ集めて作られたということなのか。




