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結城悠真の条件  作者: 灯屋 いと


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#2 異性

 悠真の自宅は会社から徒歩圏の場所にある。というのも、凪が出入りしている大学と大学病院は元々、悠真が交通事故にあった時に世話になった病院でもあるのだ。──IT会社の代表である凪がどうして大学の医学部や大学病院に出入りしているかの理由を悠真は知らないが。悠真が交通事故にあう以前は、悠真もその大学の医学部学生であったらしい。しかし、事故の記憶障害が学業続行を困難とし、悠真自身記憶を失って後、医学部というものに特に興味を示すことなく哲学科に入り直した。悠真の自宅が大学から近いのは利便性を優先した末だが、凪に在学中アルバイトの話を持ち掛けられ、卒業後も社員として居座っているので結果として利便性がいい。

 朝十時少し前。一応の出社時間に──と言うのも、凪の会社には明確な規則がない──事務所となっているマンションの鍵を開け「おはようごいざいまーす」と中に入ると、仮眠室から出てきた凪と鉢合わせた。

「あ。おはよ、悠真」

 ぼさぼさの髪をかきながら凪は寝起きの声で挨拶を返してきたが、悠真は溜息をついた。

「凪さーん……仮眠はいいんすけど、その恰好やめてくんないっすか? 宅配とか来たらその恰好のまま出るんすか」

 朝から頭が痛くなると言わんばかりに悠真は文句を言う。

 凪の格好はタンクトップに下着のみ。仮眠室から出てきたのだから、眠る時の格好に悠真もとやかく言いたくはないが一般的に考えて目のやり場に困る。一般的には。悠真はこの凪の姿をすっかり見慣れてしまい、半分諦めているが。

「んー? まあ、いいんじゃない? 別に減るもんじゃないし」

「そうじゃなくて、恥じらいとかは?」

「んなもん気にしてどうすんのよ。悠真、コーヒー淹れといて」

 そう言うと、凪は浴室に入っていった。悠真がデスクの脇にかばんを置き、キッチンに立つと浴室からシャワーの音が聞こえてきた。出勤時に凪が仮眠室から出てくることは珍しいことではない。悠真がこの会社でアルバイトとして働きだしてから数えるとしょっちゅうである。

 ふと、悠真に疑問が浮かんだ。

「……凪さんって帰って寝てんのか?」

 特に気にもいままでしなかったが、仕事に没頭しては時間を忘れる凪に帰宅するという概念があるのか疑わしい。ここが凪の自宅兼会社という可能性も捨てきれない。大量の資料と充実した設備、キッチンの凪の趣味が目に見えるコーヒーや茶葉の種類。

「……深く考えないでおこう……」

 仮眠室が使いにくくなると悠真はその考えを放棄した。さすがに女性が日常的に使用しているベッドで仮眠を取るのは悠真でも抵抗感がある。

 コンロで湯を沸かし、コーヒーを四杯分。寝起きの凪は確実に二杯は飲む。ついでに自分の分も追加し、余裕をもってもう一杯分でちょうどいい。湯が沸き、ドリッパーにセットしたコーヒーに細口のケトルから湯を注いでいるとふわりと立つ香りが朝の頭をすっきりさせる。コーヒーを落としている間に凪が浴室から出てきて「いい匂いねー」などと言って読書兼休憩スペースのソファに座って濡れた髪を雑に拭いていた。凪は相変わらずタンクトップに下着だけの姿だ。

「はい、凪さん。コーヒー」

 トレイにサーバーのコーヒーとマグカップ二つを乗せて悠真が凪の向かいに座り、トレイを置き、コーヒーをカップに注いだ。

「んで、凪さんさ。今日、まともに服着る気ないんすか」

「そういう気分の日だってあるでしょ。あんた、今更そんなこと気にしてんの?」

 凪は当然のように言ってマグカップを受け取った。それから。

「……? 悠真、まさかあんた、私に欲情とかすんの?」

 真顔で凪が訊いてくるものだから、悠真は自分のマグカップに注いでいたコーヒーの分量を溢れさせるところだった。

「なに言い出すんすか! さすがにそんなことあったら俺も驚くけど」

「ふーん。違うの。あんたさー、あん時以降、彼女いたことないよねー。記憶失くす前はノーカンとして、もしかして童貞?」

「セクハラっすか」

 朝からなにを言わせる気だと悠真はげんなりしながら多く注ぎ過ぎたマグカップのコーヒーを飲んだ。

「あれから六年なんだから彼女の一人や二人いてもおかしくないのにねー」

 揶揄い半分で笑いながら凪は素足を組み、頭からバスタオルを被ったまま悠真の淹れたコーヒーを飲んでいる。一見、おかしな光景だが、悠真にとってはもはやただの日常的な一コマでしかない。

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