第2話:あるいは隠れ家への招待と、蠢き始めた影たち①
長らく更新できずすみませんでした。身内の不幸やら実習先の変更やらバタバタしちゃってて汗
とりあえずどうぞ!
学校指定の体操服に身を包んだ男子生徒が、ライトイエローに光るハルバードを構えている。
相対するのは、男子生徒と同様に体操服姿のセルフィーネ。その手には彼女の相棒である、蒼銀の槍が高らかに輝く。緊張に満ちた男子生徒の表情とは違い、面差しは真剣であるものの余裕が見て取れる。
「よ、よろしくお願いします」
男子生徒の強張った声音に、セルフィーネは一瞬だけ呆けた表情を見せたあと、小さく笑みを零す。
「そんなに緊張なさらないでも大丈夫です。限定霊纏なんですから、怪我をする心配もさせる心配もありませんよ?」
男子生徒の緊張の理由を誤解したセルフィーネは、リラックスさせるためか穏やかに声をかける。
微笑みを向けられたことで、相対する男子生徒はおろか、男女問わず周囲の生徒までドギマギしていることを彼女は知らない。
「い、行きます……!」
「はい。いつでも」
そうして男子生徒の方が、セルフィーネへと接近し霊装を繰り出し始めた。
「いやー最初はボクら四人だけだったけど、なんだかんだ人集まってきてよかったね。大賑わいじゃん、セラちゃんの勉強会」
セルフィーネと男子生徒の手合せ。それを取り巻く生徒たちの集団から少し離れたところでストレッチをしている春翔に、禅之助が声をかける。
「ああ。張り切り過ぎて、その内疲れちゃうんじゃないかって心配してたけど。本人も楽しそうだし、何より活き活きしてる」
禅之助と同様な軽い調子で答え、春翔は再び目線を手合せへと向ける。
男子生徒は果敢に攻めているが、セルフィーネは特に苦労している様子もなく、一切を槍で凌ぎ切っている。そうして穂先をハルバートの鋒に軽く合わせたと見るや、ハルバードが容易く跳ね上げられる。
「うわっ!?」
驚愕の声を上げる男子生徒をそのままに、空いた胸元を容赦なく槍が貫いた。
「傷つかないとは分かっているんだけど、やっぱり実際目にするとこう、見てるこっちまで寒気がするな」
蒼銀の槍が深々と男子生徒に突き刺さり、貫通している光景を見て身震いする春翔。
限定霊纏での霊装で他者を斬りつけたり貫こうとも、立体映像のように通り抜けるだけだ。頭でそう理解していても、入学して間もない春翔にとっては目の前の光景が酷く歪に見える。
「ボクも最初はびっくりしたけどね。慣れだよ慣れ。すぐに気にならなくなるさ」
カラッと晴れた調子で答える禅之助の声を耳にしながら、春翔はストレッチを休むことなく続ける。
セルフィーネがゆっくりと槍を引き抜き、男子生徒が項垂れる。
「やっぱ強いなあ。こっちがなんか気後れするというか、ちょっと恥ずかしくなるよ……」
自信なく言う男子生徒。だがそれに対して、セルフィーネは真摯な響きを以て声をかける。
「そんなこと思う必要はありません! 確かに拙い部分や、足りない点は多々あります。けれどそれは、正也がまだ今以上に絶対に強くなれるっていう証です!
焦らずいきましょう! 私が教えられることはできるだけ教えます! このクラスの皆さんで一緒に強くなりたい、もっと皆さんと関わりたい。そんな思いでこの勉強会を企画したんですから」
そう言って満面の笑みを浮かべるセルフィーネに、正也と呼ばれた少年は顔を赤らめながらも、卑屈に落ちそうになっていた視線は輝きを取り戻す。
「ハルバードはその形状からも分かるように、本当に多彩な動きが繰り出せます。ただその選択肢の多さゆえに中途半端な攻撃になってしまいがちですが、極めればあらゆる場面に対応できる万能性を発揮します。まずは基本となる突き、斬撃の素振りをキッチリ繰り返しましょう!」
「はい! ありがとうございますセラ先生!」
「せ、先生はやめてください……」
苦笑しながら言うセルフィーネに、周りは笑い声に溢れる。クラスメート同士の和やかな雰囲気に溶け込めているセルフィーネを見て、春翔は安堵を覚えた。
セルフィーネがこの勉強会を1組に提案したのは、奏や禅之助と打ち解けてから次の日の朝のホームルームだった。
内容は放課後に2時間ほど演習場を借り、限定霊纏での鍛錬を中心として、魔法技能の訓練を含めた戦闘技術の向上を目指すというもの。
前日に連絡をしたのであろう。椿は特に驚く様子を見せなかったが、セルフィーネの突然の提案にクラスメートはどう反応してよいか分からない様子だった。
助け舟を出そうかと春翔が迷っているときに、セルフィーネはこれまでどういう思いを持ってこの学校で過ごしてきたかを語った。
春翔へ聞かせたような、自身の出自や実家に関することは多少ぼかされていた。けれども自分が友達と縁遠い生活を送ってきたため、これまで他者とどう接すればよいのか分からなかったこと。そして友人を作り、共に過ごすような余裕を持てなかったことを打ち明けた。
「突然こんなお話をされて迷惑だろうということは、分かってます。そしてこれがなんの言い訳にもならないことも。一人で勝手に壁を作って、それを良しとしてきたこれまでの私の態度は、皆さんを不愉快にさせたかもしれません。そのことについては、謝罪します」
普段は椿が立つ教壇で、セルフィーネが語る。
「私は、私が思うよりもずっと寂しがりやな人間でした。お友達同士で楽しそうに過ごす皆さんを、羨ましいという気持ちでずっと見ていました。
ずっと、一緒に過ごせる誰かを――共に頑張って、励まし合えるお友達を、心では求めていて、そんな気持ちに蓋をして、頑なになっていました」
「桜咲先生や、春翔が教えてくれたんです。このまま一人で意固地になっていても先はないって。共に高め合える誰かがいるのならば、私は今よりも先に進める、強くなれるって。
これまで閉じこもっていただけの自分と決別する。今回提案させていただいたのは、自分勝手ですがそんな意味も含まれています。春翔や奏、禅之助だけじゃない。もっとたくさんの方と仲良くなりたい、一緒に強くなりたいんです……!」
言葉が。声が。表情が。碧眼の中で揺れ動く光が。
セルフィーネを形作る全ての要素が、懸命さを雄弁に語る。セルフィーネの本音を聞いたのは、恐らく初めてのことだったのだろう。クラスメートは固唾を飲んで、ハッと目を見開いた表情を並べていた。
必死に言葉を続けるセルフィーネの肩に、椿の手が置かれる。小さく体を揺らして、セルフィーネは場を譲る。
「ご苦労、シュテルンノーツ。
さて諸君。入学してそろそろ一週間だが、クラス決めに対して疑問を抱いている生徒も何名か居るんじゃないか?」
セルフィーネを下がらせて椿が語り始めたのは、まるで関係ないように思える内容だ。春翔を含めたクラスメートはもちろん、椿のすぐ後ろで控えるセルフィーネも戸惑いの視線を担任へと向けている。
「いくらランダムに割り振られるといっても、中等部卒業時点での成績上位者を6クラスに分けるべき……あるいは、いっそのこと上位者だけ固めて特進クラスみたいなものを作ってしまえばいいと。
そうせずに、生徒たちの成績を考慮せずにあくまでコンピュータによるランダムなクラス分けをする理由。それは単純に、中等部での成績をもとにしたクラス編成が無意味だからだ」
「無意味……?」
椿の言葉の意味を測りかねて、春翔の口から小さく呟きが漏れる。教室内も同じように、生徒たちの困惑が小波となって現れる。
「静かに」
厳しさはないが、凛と通る椿の声に静寂が戻る。
「私が学生だったころもそうだし、この学校で教鞭をとってから数年経つが、高等部では面白いくらいに君たちの実力は伸びるんだ。中等部でいわゆる落ちこぼれと呼ばれていた生徒が高等部で成績上位者になって、黎明寮に引っ越すなんてのも珍しい話じゃない。
今現在高等部三年の首席である仲村渠も、中等部では下から数えて一桁台の成績だったんだぞ?」
悪戯っぽく微笑みながら言う椿に、教室内は騒然となる。
(やっぱあの人、ただの筋肉マニアじゃなかったんだ……)
若干以上に失礼なことを思いながらも、中等部から高等部にかけてそこまで上り詰めたという仲村渠に敬意を覚える。
「他にもそんな逆転がちらほら出てくる。そしてそういった実力向上の要因の一つとして、今回シュテルンノーツが提案してくれたような、生徒主動による勉強会が挙げられる」
生徒たちの反応を眺めながら、楽しげに椿が言う。その言葉に、生徒たちは自然と聞き入ってしまう。
「気の合う生徒同士の小規模なものならいくらでもあるが、クラス単位での勉強会ももちろん、過去に例はある。そしてそのような雰囲気を持ったクラスは、私がこれまで見てきた中では例外なく、クラス全体での成績の底上げが見られた」
「出来る者から教えてもらい、教える側も『教える』という工程を通じて内容の理解をさらに深める、あるいは見つめ直す。そういった互いが互いを高め合える環境が高等部では出来やすい。そしてそれは、君たちにとって絶対にプラスになるだろう。
こういう勉強会の動きが出てくるのは、早くても合宿のあとが相場なんだが。高等部に入学して1週間足らずでこんな提案が出てくるのは、私としても初めての経験だし、そんなクラスを受け持てて素直に嬉しい。
シュテルンノーツの提案に乗るも乗らないも個人の自由だ。だが私はこれが、君たちにとって決して損するものにはならないと断言しよう。
ついでにこれまで人嫌いだったシュテルンノーツとお近づきになれるチャンスだ。男子諸君には特にもってこいの機会じゃないか?」
「せ、先生……!?」
突如冗談めかす椿に対し、セルフィーネが控えめな抗議の声をあげる。
「冗談だ。必要があれば、私からもアドバイスをするのは吝かではない。が、まずは自分たちで手探りしながら進めていくのも悪くないだろう。まずは君たち自身の手でやってみるがいい。
私からは以上だ。君たちの実りある切磋琢磨を、私は期待する」
聞く者の心を引き締めるような言葉で、椿はこの日のホームルームを結んだ。
「でもその日は結局ボクたち四人だけで、セラちゃんいじけてたよねー」
「だったな。提案してその日に早速集まるのはやっぱ難しいよってフォローしても、すっごく落ち込んでて」
「『私には人望なんてないんですー』とか、『皆さんやっぱり私のこと嫌いなんですー、中等部三年間は失敗だったー』とか。笑っちゃいけないんだろうけど、あのしょぼくれっぷりは中々……」
「おいおい、笑ってやるなよ禅之助。でもま、お前の言いたいことは分からなくもない」
「でしょでしょ? 普段が完璧な優等生な分、ああいうグダグダな部分が余計面白く見えるよねー」
「違いない」
そうして二人でHAHAHAと笑い合っていると。
「ず・い・ぶ・ん・と! 楽しそうなお話をされていますね……?」
ピシリと野郎二人の表情が笑みのまま氷結し、ぎこちない動きで声の主を見る。
「人が本気で落ち込んでいたところを、君たちは二人してそういう風に面白おかしく見ていたというわけですか……」
腰に両手を当て、セルフィーネが仁王立ちのごとく立ちふさがっていた。満面の笑みではあるが迫力は凄まじく、青い瞳は容赦ない冷気を宿している。
「セセセ、セラ!? い、いつから聞いて……、あ、そうだ! ほかのヤツの練習見てなくても――」
「ご心配なく。他の方にはそれぞれアドバイスをして、練習に取り組んでもらってます。大体の人は素振りやランニングですので、しばらくは私が見ていなくても大丈夫です。
さて――」
浮かべていた笑みが、さらに深いものになる。本来なら眼福であるはずの美貌は、春翔に空恐ろしい心地を与える。
「二人とも余裕があるようですね。こちらもアドバイスのし甲斐があるというものです。
禅之助?」
「は、はひぃ!?」
セルフィーネの静かな怒気に中てられ、歯の根が合っているかも定かでない声を上げる。
「禅之助はそうですね。体力が少々心許ないと思いますので、内周を30周走ってもらいましょうか」
「え!? 30周!? セ、セラせんせ!? ボクそんなに走ったら体力つく前にダメになってしまう気が……」
「とりあえず40分以内を目指しましょうか」
「よんじゅ……!?」
ささやかな抗議の声は、にべもなく切り捨てられる。最早指示が覆されることはないと悟ったか、禅之助は涙目になりながらランニングに向かった。
「春翔はそうですね……」
そうして柳眉に皺を寄せて、セルフィーネはしばらく黙考する。
(うわー、怒らせちゃったかぁ……。どんな指示だ? ランニングとか筋トレ的なやつならまだいけるけど……)
どんな言葉が飛び出すかと、緊張して待つ。そして。
「春翔はそうですね。身体強化の練習をしましょうか」
「え? セラさん? 今日は剣闘士タイプのための、魔法を使わない戦闘術の勉強会じゃありませんでしたっけ? いやー、俺もそっちの方がいいなーなんて……」
「春翔は白兵戦の能力においてはすでに高いレベルです。それよりもまずは早急に身体強化のスキルを上げることを目指す方がいいでしょう。膂力強化だけではやはり、防御面で不安が大きく残ります。
なので私が付きっきりで、鎧装霊纏で練習に付き合ってあげます。先ほどのような軽口が出なくなるくらい、容赦なくいかせていただきますので、どうぞお覚悟を」
そうして浮かべた笑みは晴れやかではあるものの、椿を思わせる凄みを持っており。
春翔は口の端を引き攣らせながら、心の中で嘆息した。
「――そりゃ、そこの野郎二人が悪い。人が真面目に悩んで落ち込んでいるのを見てそんな感想を持つなんて、人でなしにもほどがある。だからセラが気をつかう必要はない」
「うぅ……でもいくら二人に必要なメニューだったとはいえ、その……少々八つ当たり気味になってしまったかなと……」
18:56。他の生徒は先に帰しており、場内はセルフィーネ、地面でのびている春翔と禅之助、そして三人と一緒に帰ろうと今しがた到着した奏の四人だけだ。
「で、でもさあ。いくらボクたちにも非があったとしても、もうちょびっとくらい手心があってもよいのではなかろうなのでは?」
立ち上がる気力もないほどコテンパンにやられたのだろう。禅之助は起き上がることもなく、日本語として成立してるのかも怪しい言葉を、これまたくたびれた声で言う。
「す、すいませ……」
「セラは謝らなくていい。ここで厳しく躾けとかないとつけあがる。どっちが上の立場なのかを重々理解させなきゃ」
「ボクは犬かなにかですか」
「犬に失礼だろ、馬鹿ワキゲ」
「ひどし……」
容赦ない態度で、禅之助の声を切り捨てていく奏。春翔は荒い息で深呼吸していたがやがて、上体を起こして床に座り込んだ。
「しっかし、身体強化難しいなー。膂力強化とはやっぱり勝手が違う。結局セラの攻撃、一度もまともに防御しきれなかったし」
春翔に課された練習は、身体強化を発動した状態でセルフィーネの攻撃を受けるだけというものだ。これは身体強化の初歩的な練習法の一つであり、中等部では誰しもが必ず一度以上経験している。
強制解纏を防ぐため、セルフィーネは穂先ではなく石突部分で攻撃を繰り出していたが、初心者である春翔はその攻撃を満足に防御できず、何度も痛い思いをする羽目になった。
「春翔、本当にごめんなさい。初歩の練習とはいえ初心者相手に、加減もせず調子に乗ってしまいました。痛かったですよね……?」
「いや、謝んなくてもいいよ。みんなより三年分ハンデがあるんだ。あれくらい厳しく稽古つけてもらうくらいでちょうどいいよ。むしろこんな出来の悪い同級生にあんなに根気強く付き合ってくれることに、感謝してるくらいだから。
それからその……さっきは笑っちゃって、ごめん」
セルフィーネのしょぼくれた表情に、春翔は気さくな調子で答える。そしてきまりが悪そうに紡がれた謝罪に、セルフィーネはホッとしたように表情を緩ませた。
「ああ、あと。セラは大丈夫? 俺らも勉強会で手伝えるところは手伝ってるけど、負担になってない?」
剣闘士タイプの生徒には、組み稽古として春翔も他の生徒の相手やアドバイスを行っている。❘魔法士タイプに関しては魔法理論などの座学的な部分を、奏が他の生徒に教えている。
しかしながら両方の実戦的な部分における練習や訓練、他の生徒個々におけるアドバイスや練習メニューを、ほとんどセルフィーネが考えている。自分の勉強や鍛錬があることを考慮すれば、オーバーワークになってしまうのではないかと考えての春翔の言葉だったが。
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。今、すっごく楽しいんです!」
そう言うセルフィーネの表情がとても晴れやかで、春翔だけでなく、奏や禅之助でさえも息を呑む。
「たしかに、一人一人の魔法適正や霊装の形、身体能力を知ってからメニューを組み立てるのは難しいです。中等部でもっと交友関係を持っていたら、その人の為人を知ってもっと的確なアドバイスができたんじゃないかって歯痒く思ったりもします。
でも、一人で閉じこもってひたすら鍛錬や勉強していたころに比べて、今すっごく楽しいし、なんというかこう、心が軽いんです! これまで窮屈だった学校生活が、今はすごく輝いているんです!
春翔と模擬戦をしてお友達になれて、そして奏や禅之助とも仲良くなれて、今は他のクラスメートの子たちとも休み時間に会話したり、お昼ご飯を一緒にしたりしてるんです。
ちょっと勇気を出して自分から踏み込めば、こんなにも楽しい学生生活が待っていた。勉強会を開いて、それを通じて自分を見つめ直したりすることもできるようになった。中等部のころの自分に言ってやりたいですね。一人ぼっちになってたっていいことなんか何もない。どれだけ我慢したところで、所詮お前はただの寂しがりやな女の子なんだぞーって」
セルフィーネの口から出てくるのは、ともすればごく普通の学生が当たり前のように享受する、学友との日常の些細な出来事。だがそれをとても幸せそうに言う少女に対し、三人はただ聞き入っていた。
三人が無言になってしまっているのを気付いたセルフィーネは、慌てた様子でパタパタと手を振り、顔を赤らめる。
「すいません! 自分語りみたいになってしまって! だからその、今のこの勉強会は私自身がやりたくてやってるので、決して重荷とか負担になってるわけではキャぁぁ!?」
捲し立てるように紡がれていた思いは、突然甲高い悲鳴となった。セルフィーネの後ろから、奏がいきなり抱きついた。
「わわわ、奏、どうかしました!?」
「んーん、別に」
「そ、そうですか……? でしたらあの、く、くすぐったいので離れていただけるとワファぁ!?」
「ん、イヤ」
「か、奏~!」
困ったように笑うセルフィーネに対し、奏も小さく微笑みながらじゃれついていた。
「仲良きことは善きこと也、と」
「おっさんみたいなこと言うなよ、名前共々いよいよおっさん通り越しておじいさんになるぞ?」
「さらっとひどいこと言いますね春翔ちゃんも」
ワチャワチャとかしましく騒ぐ女子二人を遠目に、春翔と禅之助もまた疲れたように、そして充足感に満ちた笑みを浮かべた。
「そいじゃセラちゃんの楽しい学生生活のための一助として、ボクも貢献しましょうかね。セラちゃーん、他にやってみたいことあるー?」
思ったよりもしつこく張り付いていた奏をやっとのことで引きはがして逃れたセルフィーネに、禅之助が軽い調子で声をかける。
「やりたいこと、ですか……」
一瞬だけ面食らった表情を見せたあと、視線をぶらつかせて考え込む。
そして。
「あの! 皆さん今度の日曜日お暇ですか!?」
少々食い気味に、セルフィーネが尋ねる。残りの三人はしばし互いの顔を見合わせて、
「私は図書館行こうって思ってたくらいだけど、空けようと思えば空けられる」
「ボクも暇すぎてゲームやアニメに没頭しようとしてたくらいだから、大丈夫」
奏と禅之助が答える中、春翔は一人難しい表情を見せて。
「土曜に補講があるんだけど、この間みたいに日曜までやられるかも。まあ俺の土曜の頑張り次第……」
「うん! 春翔ちゃんも暇だって!」
「おい」
強引に話をまとめられて、春翔が抗議の声をあげる。だが興奮を露わにセルフィーネの表情が輝くのを見て口を噤む。
「学校の外に、私がよく行っているお店があるんです! 多分学生で知っているのは私を含めて10人も居ないと思いますけど、すっごく美味しいんです! よよよ、良かったら一緒に行きませんか!?」
「セラちゃん興奮しすぎだって。うん、ボクは構わないよ」
「うん。私も。ハルちゃんも行くでしょ?」
「いやだから俺はですねぇ……」
再度意見しようとするも、やはりセルフィーネに阻まれた。春翔の意見を聞いていないにも関わらず、暴走したように高いテンションで奏に抱きついた。
「わっ! セ、セラ苦し……」
「ありがとございます! 夢だったんです! お友達と一緒にランチに出かけるの!」
「わ、分かったから落ち着いて……」
そうして本当に子どものように、『ワーい!』と言わんばかりに奏を巻き込んではしゃぎまわる。
「さて春翔ちゃん。あそこまで喜ばせておいて、まさか今更水を差すなんて野暮ったいことしないよねぇ?」
「喜ばせてねえし向こうが勝手にテンション上がってるだけだし! でも、まあ……」
友人と出かけたり遊びにいくなど、春翔や他の人からすればなんでもないようなこと。
だがこれまでずっと一人で頑張ってきた少女が、これほどまでに喜んでいるのを見ると。
「……しゃあない。わかったよ、土曜日俺が死ぬ気で頑張る」
苦笑しながら言う春翔に、禅之助は屈託のない笑みを浮かべた。
「だ、誰か……た~す~け~」
テンションのおかしいセルフィーネに振り回される奏を救出すべく、春翔と禅之助はともに二人の下へと向かった。
長くなってしまってすいません。生まれてから春翔と出会うまで、心に『ゆとり』というものがなくひたすら努力してきたセルフィーネ。そんな彼女が夢見てあこがれた日常を描いてみました。
前書きでも言いましたが、更新が遅れてしまい申し訳ありません。リアルの方が忙しくて、次の更新もちょっと遅れると思います。ご容赦を。最後にTipsを投下して今回は終わりにします。ご感想アドバイスよろしくお願いします。
Tips:解纏と強制解纏の違いについて
どちらも鎧装霊纏から生身の状態に戻ることだが、両者に共通するのは『霊纏する直前の肉体状態となること』である。つまり鎧装霊纏で起きた肉体的な損傷は一切残らない。逆に言えば負傷した状態で鎧装霊纏を行った場合、霊纏中はその負傷は継続したままであるし、解纏や強制解纏を行っても元々の負傷までは治癒できない。
今回の春翔の体にも、肉体的な損傷や痛みは残っていない。だが『ダメージを受けた』という事実や、その際に生じた痛みは記憶として引き継がれるため、解纏後の疲れは精神的な疲労によるものである。
強制解纏はこの能力に、騎士をマーキングした安全場所へと転移させるという機能を加えたもので、鎧装霊纏中に戦闘不能になった場合、あるいは即死級のダメージを受けた場合に自動的に発動する。強制解纏して24時間は霊纏を行えないというデメリットはあるが、騎士の命を守る重要な精霊の加護である。