第5話:あるいは学年一の才媛との衝突と、弱さを振り返る時間④
すいませんまだ衝突に至れませんでした(土下座
「というわけだ! じゃあ高柳! ドーンとやっちゃってくれ!」
「先輩は黙っててくださいうるさいです」
白い目で武雄にそう言ったあと、いづきは段ボールにいくつか小さな穴をボールペンで開けていく。そしていづきは、鎧装霊纏を行った。薄緑色の淡い燐光を散らして現れたのは、右手に大振りのナイフを持ち、その身を薄いベールで包んだ姿だった。その装束は、SF小説などの挿絵で出てくるような未来的な恰好であった。
「この恰好でこのような場所に居るのもなかなか恥ずかしいんでね。私もすぐに終わらせたいってのには賛成だ」
そう言って右手のナイフを撓らせる。
すると刃先が生き物のように春翔の荷物へ伸びたかと思えば、その先端を何回も分裂させて毛先のように細くし、段ボールの隙間から中に入り込んでいた。
「えっと、あれ何してんだ?」
目の前の光景に圧倒されていたが、辛うじて春翔は禅之助に問う。小声で言う春翔に対し、禅之助は物知り顔で、
「高柳先輩は戦闘技術もあるんだけど、本領はそこじゃない。得意属性は雷なんだけど、とりわけ電子の動態を細かく制御する、繊細な魔法を得意としているんだ。んで、先輩本人もプログラミングに関してはかなりの腕前。
ということで、電子機器に対するハッキングとかプログラミングに関する魔法を持つレアな精霊騎士なんだ。純粋に厄霊を退治するのにはちょいとばかり心もとないけど、これだけコンピュータに囲まれた現代での価値なんて、想像つくだろ?」
その言葉に、改めて春翔はいづきを見る。中性的な表情は少しばかり緊張を伴っており、物憂げにその瞳は閉じられている。そしてその口元はぶつぶつと、何事かを呟いていた。
数十秒後。その瞳を大きく開けて、いづきは武雄を見た。
「仲村渠先輩。やはりいくつか仕掛けられてますが対処できると思います。冷蔵庫のメインプログラムに仕掛けられてる盗撮、盗聴プログラムと、電子レンジ、投影テレビにくっ付いている虫はこの場で無効化させるので、桜咲一年生の部屋に運んだあとは回収をお願いします」
「おう、任せろ」
「場所は――」
そうして二人で話し合う。呆然とその姿を見ている春翔だったが、いづきの言葉がようやく理解できたのか。
「え、なにこれ俺そんな目に遭うくらいめんどくさい状況なの?」
春翔のその言葉に、禅之助を含めて気の毒そうな目線を向けるのみで、誰も何も答えられなかった。
「それでは、始めるか」
春翔の嘆きを無視しつつ、いづきは作業に取り掛かる。ナイフの柄から手を離すと、ナイフは空中に浮いたまま停止し、そこから光が展開されて空中投影型のキーボードが出現した。
「あれが高柳先輩の魔法……」
魔法は精霊騎士が厄霊を討ち果たすために用いるための道具だという認識の春翔にとって、家電に対してそれを用いるいづきがひどく奇異なもののように見えた。
驚く春翔を余所に、いづきはその指をキーボードの上で躍らせる。その眼鏡には薄緑色の光が明滅しており、恐らくレンズ上にディスプレイが表示されているのだろうと春翔は思った。
「先輩自身のスキルに魔法を相乗することで、おおよその電子機器への干渉、アクセスが可能になる。高柳先輩は世界的に見ても珍しい、雷系魔法を用いた凄腕ハッカーなんですわ」
数十秒後、いづきは霊纏を解除して元の制服姿へと戻った。
「待たせたね。それじゃ仲村渠先輩も協力するから、荷物を運んでくるといい」
女子受けの良さそうな爽やかな笑顔で、いづきはそう告げるのだった。
「先輩方、ほんとにありがとうございました」
冷蔵庫と電子レンジ、その他の荷物を男三人(男子寮には女子生徒は入れず、その逆も然り)で運び終えて、春翔は玄関前で二人の上級生に頭を下げた。
「なーに、気にするな! 後輩のために働くのは先輩の義務だ! それに筋肉を鍛えるためと思えば、あと10倍の荷物を運ぶとなってもオレは喜んで手を貸そう!」
漢らしく張りのある声で言う武雄に、いづきは引き気味に横目で見るのだった。
「私たちはこれから生徒会室に戻り、今回の報告、それから回収した虫たちを分析してみるよ。まあ犯人というか、こんなのやらかす組織の目星はだいたいついているが」
そう言っていづきは、右手に収まるほどの幾つかの小型の機械を取り出す。部屋に運んだあとで武雄が取り出していたが、自分では到底見つけられないような場所から出てくる盗聴器やら小型カメラやら通信機らしきものを見ても、その光景が自分の身に起きていることにも関わらず現実味を感じなかった。
「大方、朱日の連中あたりだろう。発送経過のどの段階で仕込んだのかは分からないが、プログラムの癖も虫の隠し場所隠し方も、ヤツらの手段に似ている。
騒がせてしまって申し訳ないが、最後に一つ。
桜咲一年生、これからこのようなことが起こり得るものと考えてくれ。君は、このような手段に出る輩がいるほどに注目されている存在だということだ。無論、学校内でこのような不逞な事態が起こることはもうない。だが注意・用心をするに越したことはないからな。どうか、肝に銘じておいてくれ」
相変わらず自身がそんな注目に値するような人間でないと思っていても、いづきの真摯な言葉に、春翔は強く頷いて答えるのだった。
「それじゃ、オレらはそろそろ行くか。また会おう桜咲! そして今度筋トレについて語り明かそうではないか! 和甲も一緒に!」
「いやー、ボクはいいですそういうの」
禅之助が苦笑しながら言う。そして武雄といづきは男子寮をあとにした。
「さてと。それじゃボクも学食ストリート行って買い物でもしてくるかな。春翔も行くかい?」
上級生二人を見送って、禅之助は春翔に気楽な声で誘う。その言葉にいくらか迷いを見せたものの、春翔は首を横に振った。
「わるい。部屋の片付けしとくわ。明日とかに誘ってくれ」
「おう。構わんぜよ」
陽気な言葉を残して行こうとする禅之助を、春翔は呼び止める。振り向く禅之助に、春翔は言葉を続けた。
「今日は色々ありがと。荷物まで運んでもらって。
改めて。俺、桜咲春翔。これからよろしく、禅之助」
その言葉に目を丸くする禅之助だが、やがて人懐っこい笑みを浮かべて、
「この貸しは、今度デザート奢ってくれればチャラにしてあげるよ。よろしく、春翔ちゃん」
おどけた調子で答えて、男子寮をあとにするのだった。
次の投稿は5/28の午前0:00~4:00の間を予定しています。
今度こそ、次で決闘にいたるきっかけを書きたい……!
感想アドバイスよろしくお願いします。