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第5話:あるいは学年一の才媛との衝突と、弱さを振り返る時間⑤

えっと、すいませんまだタイトル回収できてません。また『次こそは』とか言うまたできなかったら恥ずかしいんで、あまり言わないようにします。



 日付は変わり4月2日、午前5:56。春翔は男子寮近くで見つけた広場のような場所。寮からはある程度離れており、あまり人目のつかないスペースであるそこで、春翔はストレッチを行っていた。


 「さて……『限定霊纏』」


 その右手に、灰色にくすんだ刀が顕現される。そうして正眼に構え、細く息を吐く。

 

 あの日以降、一時期は刀を握るだけで卒倒するほど春翔は追い込まれていた。それでも自身に残されたただ一つの約束を守るべく、何度倒れ吐いても、無理矢理に刀を握り振り続けた。

 

 そうして今では、人を前にしなければ、春翔はある程度の時間刀を振るうことが出来る。無論ここに至るまでに、文字通り血反吐を吐く思いをしてきた。今でも心臓の鼓動は速くなり、手足の感覚に冷気が差し込む。


 (だけど握ろうとしただけで失神してたあの頃に比べりゃ、はるかにマシだ。絶対乗り越えてやる。厄霊を倒すために、俺は……!)


 そうして、無心にその刀を振るい始めた。

 唐竹割り。斬り払い。袈裟懸け。

 ただひたすらに、得物を振り続ける。

 空気を裂く音だけが場を支配する。


 灰色にくすんだその色にも関わらず、その刀は清澄な輝きを放つかのようで。

 その身が繰り出す動きは、舞のように軽やかなれど。

 振るう一刀一刀は重く、その身に纏う鋭さは刻一刻と磨かれていく。


 「っはぁ! はあ、ぁ……」


 剣気と呼べるまでに高められた気迫は、しかし。

 吐き出された吐息と共に、一気に霧散する。

 鬼気迫るその表情は、断頭台にて死を待つのみの死刑囚のごとく。

 滴り落ちる脂汗は五分にも満たない体の動きからくるものでないことを、春翔は理解していた。

 最早、首の動脈の拍動を自覚するまでに悲鳴を上げ続ける心臓。粘つく唾液は血の味を残して、口腔内を、喉を犯しながら落ちていく。


 (まだだ……!)


 自身の体を叱咤し、剣を繰り出そうとしても、小刻みに震えるのみだった。


 視界がぼやけ、目の前にあの日の光景が広がりつつある。目の前には、両手を広げる優華の姿。

 刀をある程度振れるようになった春翔だが、しばらく振り続ければ必ずこの光景を見るようになる。人を前に刀を握っただけでもこの幻影に、春翔は囚われてしまう。


 ここで刀を振るえるのならば、あるいは乗り越えられるのだろうか。


 何度繰り返したか分からない問いを、今一度繰り返す。そうしてゆっくりと、上段に構える。

 乱れた呼吸はその役目を今や果たさず、しかし脳に酸素を必死に送ろうと心臓だけが暴れ続ける。泣き出したくなる衝動を抑えて、いつかの日の幻影を直視する。


 伸ばされた手。

 侵食された幼い小さな体。

 大粒の涙を零しながら、それでも微笑みを見せる表情。


 そうして刀を握る手に力を込めて、




 ありがと。ごめんね、お兄ちゃん――



 「……っ!」


 悲鳴に似た、声にならない叫びをあげて切先を地面に突き立てる。視界に色が戻り、意識が鮮明になる。鳴り響き続ける鼓動と自身の荒い息を感じながら、春翔はやりきれない気持ちで奥歯を噛みしめる。


 「またかよ、クソっ……」


 振り絞られた声は血に塗れており、自身を責め立てる。

 やがて限定霊纏を解除すると、無手の状態で自然体の構えをとる。


 「これなら、全然平気なんだけどな……」


 そうして春翔は拳、蹴りを放つ。

 優華を手にかけてしまったあの日から、一度は刀を握れなくなった。そんな春翔は刀と向き合うと同時に、刀を用いない体技の稽古を、燈華からつけてもらっていた。


 守ると決めたはずの妹を自ら手にかけ、磨いてきた剣技さえ失われそうになった絶望の中で、縋りつくように鍛え始めた技だった。刀から、あの日の記憶から逃げ出したいという気持ちの表れではないと、春翔は言い切ることができない。


 それでも、ここで何も出来ないままなら。


 妹と交わした約束と、そのために過ごしてきた日々を全て否定することになる。

 ただがむしゃらに鍛え、突きを、蹴りを、その身が刀になれと言わんばかりに磨いてきた。

 刀を振るう訓練も行っていたが、短時間、それも人と相対していない状態でしか使えない刀に比べて、体技の稽古に費やす時間の方が圧倒的に多くなっていた。


 自らのパートナーに出会い、その霊装が刀の形だと知ってからは、入学前に至るまで体技の練習は封じてきた。そして拒否反応を起こす身体を無理矢理動かし、何度倒れそうになっても、刀を振るうことに費やすようになった。


 右拳を突き出し、残心する。そしてゆっくり構えを解く。五ヶ月以上も行っていなかったにも関わらず、動きの感覚に違和感は無く、あの日の幻影に囚われて身が縛られることもない。そうして両手を呆然と見る。

 もしも(これ)に頼らないで、今までの時間全てを以て刀に向き合っていたならば、今とは違う結果になっていただろうか。

 あるいは霊装が刀じゃなかったならば。


 今更考えても答えなどない仮定が、春翔の頭を駆け巡る。


 「それでも、俺の霊装(ちから)は刀なんだ」


 後ろ向きになる自身に言い聞かせるように放たれた言葉だったが、それは妙に虚しい響きとなってその場に溶けていくのだった。


 

 「おいーっす、春翔ちゃん」


 教室で入り春翔の姿を見とめた禅之助は、春翔に声をかけてその席へと向かった。


 「おはよ。てか、その『春翔ちゃん』はやめろ。女みたいで嫌なんだよ昔から」


 「いいじゃん別に。もともとそういう効果を狙ってわざとそう呼んでるんだし」


 「うっせワキゲ」


 「な、お前までその呼び方するのか!?」


 朝のホームルームが始まるまで残り10分弱。それまで春翔は禅之助と喋ることで時間を潰すことにした。


 「てか、春翔ちゃんいつ寮出たのよ。一緒に行こうと思って部屋の呼び鈴鳴らしたのにもう居ないし」


 「春翔ちゃん言うな。まあ、ちょっと早めに出たからな。8:00前には着いたよ。ところで、奏遅くねえか?」


 空席のままの隣の机に目配せし、春翔は禅之助に問う。


 「ああ、奏は低血圧だからねぇ。いつも五分前に到着するから、そのうち来るでしょ」


 禅之助にそう言われて、確かに昔も朝に弱かったなということを思い出していた。

 チラリとセルフィーネを見る。先日と変わらず一人で座っていたが、その瞳は閉じられており、船を漕ぐように頭を揺らしていた。


 教室のドアが開く。そこに表れたのはスーツ姿の男性だ。髪は七三分けにきっちり正確に整えられ、シャープな眼鏡から除く細い目が神経質そうな印象を与える。


 「げ、神田じゃねーか何しに来たんだ?」


 その姿を見て明らかに渋い顔をする禅之助。誰なのか分からず尋ねようとしたところで、神田が声をあげた。


 「さっさと席に就け! ぎゃあぎゃあとやかましい。担任がああだから生徒である貴様らも頭が残念なのか!?」


 響き渡る男の声に、教室の喧噪がピタリと止む。そして皆が思い思いに席に着くために動き始めるが、椿のときとちがいその動作に機敏さはない。

 

 (あいつ今なんつった?)


 自分たちを、そして担任である椿を馬鹿にするかのような物言いに怒りを覚えた。

 クラスが全員座るのを待って、神田はこれ見よがしに盛大に溜息をつく。


 「二組の担任である神田(かんだ)(そう)(てつ)だ。我がクラスの生徒は指示に機敏であるというのに、貴様らはなんだその緩んだ態度は」


 明らかに苛立ちを孕んだ物言いに、春翔はいよいよ嫌悪感を我慢しきれる自信がなくなってくる。


 「でも神田せんせー、まだ8:25ですよー?」


 わざと間延びしたかのような物言いで上がる声は、禅之助のものだ。その言葉に対して生徒の何人かが頷き、教室がにわかに騒ぎはじめる。しかしそれも、神田が教壇を叩く音で掻き消される。


 「貴様は確か和甲か。中等部での成績もゴミのようだが、やはり考え方もそれ相応なものだな。時間を指定されたなら、最低でもその五分前で行動するのは当然だ。そんなことも教えてもらえなかったかお前は」


 挑発するかのような物言いに、教室内に緊張が走る。春翔ですら怒りを覚える言葉だ。言われた本人からすれば相当に頭にキているはずだ。


 「はーい、すみませーん」


 少しそのトーンは下がっていたものの、質問したときと変わらない調子で禅之助は答えた。禅之助と視線が合ったが、禅之助はうんざりしたように顔を一瞬顰めてみせた。

 春翔は改めて神田を見据える。一体なにをそんなに目の敵にしているのか分からないが、こんなヤツを教師と認めたくはないという思いに満たされていた。

 教室の扉が開く。そこに現れた奏は、ホームルーム開始時間前にも関わらずクラスメートが全員着席していることに目を丸くしていた。


 「さっさと席に就け!」


 教壇から上がる声に身体を大きく震わせ、奏は足早に席に向かう。春翔と目線があったときには、小首を傾げて困惑の色を見せていた。

 全員が揃ったところで、神田は口を開いた。


 「貴様らの担任だが、今朝方発生した厄霊の排除のために今日の午前は居ない」


 その言葉に、再度教室内がさざめき出した。


 厄霊は今現在人類が生きている次元とは違う位相に存在するとされている。これを霊界と呼び、霊界とつながる霊的なひずみが大きくなることで厄霊が出現するとされる。

 

 詳細は未だに完全に究明されていないが、厄霊が出現する前のひずみは周囲の空間に特殊な力場を形成することが知られており、この力場を観測することで厄霊が出現する場所、およびその大きさから厄霊の危険度を予測する。

 殿堂騎士が招集されるのであれば、その危険度は決して低くないはず。

 その不安から生じた喧噪は、神田が教壇を叩く音で静寂に引き戻される。


 「いちいち騒ぐな。軍勢(アーミー)級だが数が多く、新卒の騎士が多いとのことで、指導目的に召集されただけだ。今日の午前行われる予定だった我がクラスとの合同演習は、そういうわけで私だけが監督することになる。9:10に第三演習場に着替えて整列していろ。以上だ」


 そう言うと、神田は教室をあとにした。時刻は8:36だが、コミューターを用いたとしても、集合までには間に合うだろうが着替えて整列となればギリギリの時間だ。神田への文句は存分にあったが、春翔をはじめ一組は早急に準備に取り掛かっていた。


筆者のプライベートの、実習先の指導官をイメージして書きました。

次の更新は5/29の午後10:00あたりになるかと思います。

感想アドバイスよろしくお願いします。

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