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ルートモストマック  作者: うさブルー
   四章《それでも続けるということ。》
91/165

Ⅲ 実直に、勇気を添えて。

【まえがき】

 せーしゅんです。

 びゅうという風、感じていただければ幸いです。 


 どうぞ。



 

  


 未確定であるにしろ、あれは恋文というものだと捉えて間違いはないだろうから、雑誌で読んだセオリー通り十分ほど早めに到着するようにした。雑誌によると、そうして先に着いて待つことで、相手にプレッシャーをかけられるという寸法らしかった。

 学校前の直線通り、すでに学校の白壁が見えている。

 春、夏、ツーシーズンに渡って僕の登校道に彩を添えてきた正門の双子桜は、すっかりと葉を落としてしまって、黒い斑模様を白壁に残すのみとなっていた。制服シャツの上にカーディガンを着るのと反対に、桜は脱いでしまうのだなと寒かった。

 そろそろ正門前の状況が見える頃、僕の気まぐれな作戦は敢え無く撃沈することとなる。

 その人は、駆け足を始めた僕に気付いて、にこやかな表情で手を振ってくれていた。

 年下とは言え、結構なプレッシャーであった。

「はぁはぁ……。ごめん、ちょっと遅れちゃった?」

「いえ。まだ十分前です。俺が早く来すぎただけですから。それより、大丈夫ですか? 呼吸、整えてからでいいですよ」

 肩で息をする僕に優しい言葉をかけてくれるこの男の子はアレン。

 リズのクラスメイトである。

 僕とは、文化祭で顔を合わせているので、面識がある。

 文化祭の時はフォーマルに身を包んでいたからか、制服姿はだいぶ違った印象を受ける。どちらも黒ベースのシックな雰囲気ではあるものの、制服はどこか丸みを帯びていて親しみやすい雰囲気がある。

 タキシードの時もそうだったが、どうもミドルには見えない大人びた雰囲気があるから、アカデミーという場所にもなんら違和感なく溶け込めそうだった。

 聞いたところによると、学校では相当な人気を博す好青年で、人柄も相俟ってか先生からの信頼も厚いらしい。それに、リズは嫌いだと言っていたが、そんな耳が腐るような声でもないと思うし、薄っぺらいというよりむしろしっかりしている感じがする。

 僕も年長者らしく、しっかりしなければと思ってしまう。

「ありがとうアレン君。もう大丈夫だよ」

「はい。あの、どこか座りますか?」

「長くかかるかな? 僕は大丈夫なんだけど……」

「俺も大丈夫です。それに、そこまで長くはかからないです。用件は一つだけなので」

 アレンは真っ直ぐと僕を見据えて、そう断言する。

 周到に用意された勇気を、僕はその瞳の奥に感じた。

「うん。それなら黙って聞くよ」

 僕は頷いて、気持ち程度に直る。それでも、アレンの表情を直視することはできなくて、代わりに僕はアレンの右手を見ていた。そうして少し俯き気味になると、ノアの繊細さの所以がわかったような気がした。

 でも、前向きにとらえようと思う。僕が俯く意味も、アレンの右手が震える意味も。

 僕は今日、あの手紙の意味を確かめるためだけに、ここへやって来たのだから。

「それじゃあ言います」

「うん。何かな」

 アレンの言葉は、いや、アレンはとても真っ直ぐだった。同じくらい、声も真っ直ぐに心に届いた。真っ直ぐで強くて、僕には無い何かを秘めているようなそんな気さえした。



「好きです」



 小説の一文を呈したかのような、小枝がささめく微風(そよかぜ)がそこにはあった。

 僕の背後の桜の小枝が(にわ)かに揺れたのは、少なくともアレンの言葉のせいだと思う。

 どうしてかその言葉は、僕の持っているそれとは違っていて、そこに存在する説得力は雲泥の差がある感じがした。何か時代背景などの大きなものに裏付けられたような、誰かが『間違っていない』と断言したかのような、そんな説得力とでも言うのだろうか。

 僕の言葉には、それがなかった。

 意味は同じはずなのに、色が、形が、大きさが、重さが、何もかも全部が質を異にした。僕のはそこまで白くなくて、丸くなくて、小さくなくて、重かった。せめて温かければと思うけれど、それが温かいのか暖かいのかの違いも、わからないのだ。

 だから僕は、アレンの言葉によりもそのことに際して酷く狼狽(うろた)え、言葉を失ったのだった。

 それでも先輩としての威厳を保とうと頭を働かせると、口だけがパクパクと動いて、肝心の言葉は出てこなかった。この場合、イエスかノーかの二択なのだろうけれど、それすらも。

 結果として、「あの手紙は本当に僕宛てのラブレターだったのだ」という事実を反芻して、黙っているしかできなかった。

 その様子を察してしまったのか、アレンが少しばかり愁眉を開いて明るく振舞う。でも、まだ、表情の奥には真剣さが潜んでいると思う。

「はははっ……。すみません、急にこんなこと……。俺、年下なのに生意気ですよね」

 僕はすぐ、首を横に振る。

 自分の気持ちを相手に伝えるということは、元来、生意気になってしまうものだから。

 アレンの表情がさらに和らいでいく。僕がそうさせたという感覚もある。一種の達成感なのだと思う。

 でも、それは返事にはなり得ない。

 無論、それはアレンも感じ取っていて、尚も真剣なその眼差しが、浮遊する僕をさらに追い込んでいく。

「でも、俺は本気ですから。本気で、ルートさんのことが好きですから」

 二度目のその言葉に、僕はついに心拍数が上がった。

 乗じて顔も赤くなって、秋風の涼しさなど微塵も感じなくなった。それなのに手の先は震えているし、目は泳いでしまうし、口は乾く。刻んだ感情の、さらに微細な部分一つ一つが揺れ動く感覚。

 詰まった息を吐く前に、アレンの言葉は紡がれる。

「今はまだ、答えを出さなくても大丈夫です。でも、必ず答えを教えてください。イエスだったら、俺と付き合ってください。お願いします」

 どんどん心拍数は上がって、もう自分では数えられないくらいになる。今まで感じたことのないレベルの動揺に見舞われて、頭が真っ白になる。もはや、嬉しいのかも悲しいのかも、整理がつかない。どうしたらよいだろうという疑問符だけが、膨らんでいく。

 おたおたと蹌踉(よろ)けてしまって、どうにも地に足がつかない。

 漸く、藁を見つけたけれど、それは縋れるほど強靭ではなくて、もう一度揺さぶられれば、たちまち僕もろとも流されてしまいそうだった。

 片手にそれを絡ませつつ、僕は潜めいて。

「え、えっと……。リズの間違いじゃないかな……?」

「いえ。俺は、ルートさんのことが好きなんです」

 手摺は思ったより早く流されたようで、応じて僕は狼狽した。

「僕、なの……? リズじゃなくて?」

「はい」

 少しも言い淀む素振りを見せず、瞳には一点の曇りも無い自信が宿っている。何時間も推敲された末に完結したような、否定できない想いが溢れている。

 その自信に反射して像を結ぶのは、狼狽えた僕の姿で、虚像ではなく実像。

 紛れもない“告白”の瞬間が、目の前の小さな鏡に映し出されていた。

「えっと、あの……その……」

 沈黙だけは避けようと、僕は秋風に頼らず感嘆を撒き散らす。

 嫌な汗が背中から噴き出しそうな予感に駆られ、身震いする。決して、寒さに煽られたからではない。

「そんなに焦らないでください。焦らなくても大丈夫ですから、ルートさんの気持ち、聞かせてください。それでダメなら、俺、諦めますから」

「えっと、あの……、うん……。はい……」

 僕自身の気持ちの整理はまだつかないけれど、真意は薄らとわかってくる。

 アレンが僕を好きだということ、僕はまだアレンのことをよく知らないのだということ、同じくアレンも僕を知らないのだということ。

 だから、知る必要があるのだということ。

 今、冷静さを欠いていては、それができない。でも、もう、平常心も難しいのでそれはそのままに。残った心情のうち、探求心とか猜疑心とか、とにかく使えそうなものを寄せ集めるしかない。

 僕が僕として、後悔しない選択をするために。

「十日だけ、待ってくれるかな」

「もちろんです!」と、アレンは笑って頷いてくれる。

 こんなにも純粋な人の気持ちを、無下にはできない。

 だから、過ちも迷いも全部煮詰めて煎じて、灰汁のような後悔も溶けてなくなるころに、答えを出さなければと強く思った。

 そうすればきっと、僕に何が足りないのかもわかるような気がする。

「それで、一つ提案なんだけど……」

「なんですか?」

「アレン君は、今度のシルバーウィーク、予定あるかな」

「今は無いです。あったとしても、ルートさんのためなら全部キャンセルします」

「ありがとう。でもそっか、無いならよかったよ」

「何かあるんですか? デートなら大歓迎です!」

「ははは」という僕の微笑は、場を濁す意味合いを多分に含む。

 何も疚しさは無いのだと、僕は結論を急ぐ。

「あ、うん。えっとね。友達を連れて合宿するんだけど、一緒にどうかなって」

「えっと……。お、俺が行ってもいいんですか?」

「うん。大丈夫だよ」

 確かなことではないけれど、サクラはたくさん呼べと言っていたし、ルリ会長なら容姿の良い男子は歓迎なはずだ。ノアは人見知りをするだろうけど、アリスがいるから問題は無い。残るリズは十中八九反対するだろうけど、その点は僕がアレンの相手をすれば解決する。

 そうすれば僕も、アレンの気持ちに真剣に向き合える。そして、それを肌で感じたリズがどう出るかということも、確かめることができるのだ。

 所謂、一石二鳥なのである。

「あ。でも、一つ注意があってね。ちょっと遠いかもしれないんだ」

「そのくらい、全然平気です! そんなことより、俺、凄く嬉しいです!」

 アレンはとても嬉しそうに話していて、どこか年相応の幼さもあるように感じた。僕がそれを感じ取れる分は、少なくともアレンより大人なのだろう。その感覚に一種の感銘を覚えたのは確かなことだった。

 でも同時に、大人になることがとどのつまり“当然”の中にあって、僕が一番大切にしている気持ちはその“当然”からはかけ離れていることも如実にわかった。

 今までそうであるからこれからもそうであるとか、普通そうであるから僕もそうあるべきだとか。そういう自然主義的な事を誰かに諭されているような不穏が、僕の心にはひっそり存在していた。

 そいつを追い出すことが、今の僕が望む答えであるとはわかっている。わかっていてもできないのは、勇気が無いから。“当然”を敵に回すことを恐れないだけの勇気が。間違っていることを、間違っていないのだという勇気が。

 一般的な指標が無いから、シルバーウィークという時間が短いか長いかはわからない。

 それでも、僕は答えを出さなければならない。

 今回は逃げることもできる。

 でも、逃げても誰も幸せにはならないと知っている。その逆に、僕が意志を貫き通すことで、誰かと幸不幸を分け合わなければならなくなることも、知っている。

 けれど、答えを出さなければならない。

「それじゃ、合宿の詳しい話はあとでするね」

「はい! 楽しみに待ってますね!」

 アレンは、僕が逃げずに立ち向かうことを待ってくれている。

 そのプレッシャーにも似た熱意が、今の自分にとってはとてもありがたかった。

「うん。ありがとね、アレン君。それと、ごめんね。色々待たせちゃって」

「いえ。自分の気持ちが伝えられたので、良かったです」

 そういうことか。

 だから、告白の言葉を言った後、アレンの表情が満ち足りたように晴れていたのか。

 でもそれは、勇気さえあれば、何も難しいことはないはずだ。無論、僕にだってできるはず。僕もそういう素敵な表情になれればと一心に思う。

 果たして僕はこの長期休暇で見つけられるだろうか。

 僕自身の、本当の気持ちを。



 

【あとがき】

 音楽の方に身が入ってしまって色々更新が遅れました。

 遅れましたが、もともと遅いのでそんなに変わってない気もします。


 さて。酸っぱい。

 酸っぱいです。

 これから合宿が始まっていくと思いますが、それも多分酸っぱいです。

 今までも結構、苦酸っぱいお話が続いていましたので、今章はその中に少しでも甘味成分が入ればなと思ったり思わなかったり。

 お楽しみに。

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