Ⅰ 深まる秋、親睦を添えて。
【まえがき】
第四章始まってみました。
まだ描き途中ですが、第一話だけ前のめりで登場です。
季節は秋口あたりです。
ここから読むと言う方のためにキャラ紹介はしていますが、章が進むごとに浅くはしてます。是非是非、三章から読んでみてくださいませ(なぜ最初からでないのか)。
ではどうぞ。
夏を定言するかのように開催された政も無事に終わり、秋の迫りとともにそれらの熱気も次第に深けっていった。
その様子を、祭りの中心で見ていた僕は、いたく物悲しく思ったけれど、これからのアカデミー生活に待っているであろうイベントの数々への期待の方が程強く心中占めていたのも確か。
四季のある温帯に属する、このカシミーヤ国の冬は、寒い方だ。
今年はどうか今年はどうかと、毎年気になる時期ではあるが、気象学者の権威によれば例年通りということらしい。ワイシャツの上からカーディガンを一枚羽織るだけで済むのにも合点がいく。
この時期、教室へ行くと、大概が重ね着をしているというのが、所謂例年通りであったけれど、今年は――アカデミーは少し違っていた。
頭から毛布を被っている者もいれば、夏とほぼ変わらないスタイルを通している人もいる。にもかかわらず、クラスに統一感も疎外感もないのがまた面白くて、少し笑えた。
アカデミーは、隣国や遠くの国から通学するものもいるから、冬の寒さに慣れている人と慣れていない人で差が出るのだろう。
これからは、この光景が秋恒例となっていくのだと思う。
そんな恒例の中、一際ホットな話題があった。心寒い者もそうでない者も、皆こぞってその話題に乗っかるので、秋だと言うのにまさしく夏のように熱狂し、飛び交う声が渦を巻いていた。
興味を示さなければきっと、渦の外側はきっと、季節の通りに秋恒例が広がっているのだろうけれど、僕の位置からはどうにも抜け出せそうになかった。
「で? ホントにしてたの? リズちゃんと、ちゅー」
僕は何度目かの溜息をついて、飛んできた声を力なく打ち返す。
「もうっ、しましたってば……。ほんの少し、触れただけですけど……」
「うひゃぁ! 学校でちゅーするなんて……っ。ワタシ、そんなの考えられなーいっ!」
僕の溜息の数と同じだけ、そんな仰々しい返事が部屋に木霊するので、さすがに雰囲気も飽きっぽくからからとしている。限りなく沈黙に近いと言ってもいい。
望むレスポンスがなんであるのか、僕には皆目見当もつかないけれど、そろそろやめてくれる頃合いだと思う。
「はっはっは! からかってごめんねー。でもほら、今さ、学校中その話で持ちきりでしょ? そんで、情報通のワタシも真実が気になっちゃってさー」
「ははは……」
苦笑する僕の肩を、会長はポンと叩いて持ち上げてくれる。
僕から拝めるのは会長の満面の笑み。美人寄りの面持ちではあると思うが、闊達な身振りと落ち着いていてふくよかな声が、ちょうど人情を演出しているようで親しみやすい印象を与える。肩まで一本結びは左肩に乗って鎖骨に流れてきていて、気品すら漂っている。まさに“みんなのお姉さん”のような、絶妙な雰囲気。
そんなお姉さん生徒会長の口調は、どこか姉御のようで。
「そんな気にすんなー。いくらディープだったからつったってな? 皆も緊張しちゃっただけなんだからな? きっとな? うん」
「うっ」
気にしているのは僕よりも周囲の人の気はするけれど、痛いところを突かれて反論できない。
恥ずかしながら、あれは確かに、そう言われても申し分ない長さだったと存じている。
「それで、皆がルートくんのことを見損なうとかなんか、絶対ないからさ。ワタシが保証するよ、そこは」
「会長……」
真剣な眼差しで僕を見たり、紛れもない事実を突いてきたり、フォローしてくれるのか見損なっているのか微妙なラインだった。
それでも僕自身会長を慕っているから、その言葉を信じてみようと思えた。
会長の中ではとりあえずひと段落したのか、仕上げと言わんばかりに僕の肩を二度、ポンポンと軽やかにタッチして、所定の席に戻っていた。道中、書類がばさばさと地面に落下さえしなければ、少しばかり頼りになる会長として再び、僕の心に映ったかもしれないのに。
僕は会長の後を追うように椅子から立ち上がって、散らばった書類を元の場所に戻す。
「そろそろ片付けないとですね。会長」
生徒会室の全貌を見渡しつつ、申し出てみる。
「えっと、一体何のことかなっ……?」
「会長……」
できるだけ目を細めて、含みのある返答をしてみる。
「なぁんもうっ。い、いいじゃないかこのままで! 何がどこにあるのかわかればいいんだろっ? じゃあ大丈夫だよ! ははははっ!」
「僕はわからないですけど」
受け答えしつつ思ったのは、妹と話をしているようだ、ということ。
そういう経験則があるから、僕は大抵、会長に口舌で負けない。
「じゃあ、ルートくん掃除してー。お駄賃上げるからー」
「それだと会長がわからなくなっちゃいます。なので一緒に片付けしましょう」
「えぇぇぇぇ……。んじゃ、明日ねー?」
「昨日も言ってましたよ。それ」
「そ、そうだっけ?」
そうである。
そして、いつも通りであるならば、次に会長が取る行動は、気を取り直すことだ。
「まぁ、そのうちまた思い立つよ。気を取り直して、今日の分の業務やっちゃおう!」
「ははは……」
逆上しないあたりは妹と違って少し拍子抜けするけれど、それこそが会長を会長たらしめているとも言える。会長というよりか、ルリという人間をか。
僕はまた席について、静かに作業を始めた。
本日の作業は、生徒会発行のアンケート調査の集計だ。学校をより良いものにするためにと行うものだが、全校生徒の分数え上げなくてはいけないため、意味や甲斐はあるのだと思う。何より、その結果を見る人がルリ会長であるから、価値は大いにあるだろう。
学年、男女、一問一答番号形式全十問、それらの答えをすべてメモしていく。
書き写す手間はさすがに惜しいので、別紙に対応表を作って、どこにどのくらい票が入ったかをカウントするやり方で進めていた。
最初のうちは、一問一問入念に目を通してチェックしていたが、慣れてくると、一目で十問の答えを記憶して、後は学年と性別を確認すると言う方法で楽できた。ルリ会長がはじめに教えてくれたやり方だった。
幾らか余裕ができると、作業しながら会話することもできた。
それだから、ルリ会長のように沈黙を苦手とする人の場合は、作業片手間にお喋りをするのが常である。いつの間にか、メインが入れ替わるのも常である。
「そう言えばさー。来月って、シルバーウィークあるよね」
僕も作業をしながら返答することができる。
「シルバーウィーク、ですか?」
シルバーウィークとは、休日と祝日が重なって連休になることだった。ゴールデンウィークから派生したネーミングらしい。確か。
それはそうとルリ会長らしい話題だなと率直に、心中笑った。
「ルートくんは、シルバーウィークの予定ある? リズちゃんと何かするの?」
「今のところ予定はないですけど……」
「予定はない、ということはおうちデートだねー? ひゅーひゅー。『保健の問題がわかんないのー』『どれ、僕が教えてあげるよ。カラダでね!』……とかやるんだろー? ええのうええのう。楽しそうじゃのう。ぐふふふ」
まぁ、その通り、大量の宿題でそのほとんどが消化されてしまうのだろう。妹のリズも、僕も。そう思うと、長期休暇の魅力も半減する。
残った半分は、リズと一緒に宿題ができるということだろうか。
だから、ルリ会長の冷やかしも、あながち間違ってはいなかったりする。
これ以上詮索されるのも不服なので、会長の語調に肖って話題を変えてみる。
「そう言えば、ずっと寝てますね」
「ん? ああ、サクラちゃんね。そうだねー。よく寝るねー。いいことだ」
向かいに座って机に突っ伏しているサクラは、僕から見れば紅茶色の毛玉だった。赤毛の合間、肩に覗くセーターは桜の薄染めで、こだわりを感じる。髪を辿れば、鼻の前に雪崩れた先端のあたりが、さらりと寝息で動いている具合が何とも可愛らしく、起こすに起こせない。
作業の進捗を考えるなら起こさない方が無難だろう。
でも、普段威勢が良い分、こうして静かなところを見ていると、逆に構いたくなる。
何か悟ったのか、会長が「起こす?」と提案してきた。それはサクラが可哀想だったので、「大丈夫です」と皮肉交じりに返しておいた。
その後、暫くサクラの寝息をバックに、作業に没頭した。
そして直ぐ、ルリ会長が大欠伸を一つしたところで、僕も集中が切れた。
「ところでさ。ルートくんは、シルバーウィーク何すんの?」
「またその話題ですか……」
「ごめんごめん。違うの。予定ないなら、ワタシが誘ったら遊んでくれたりとかするかなぁ、と思ってさ。いや、本当に予定ないならでいいんだけど」
ルリ会長らしからぬ遠慮を感じて、僕も少し自信が無くなる。
「あ、いえ、大丈夫だと思います。予定は多分、無かったので」
「お、おう。そっか。ありがとう」
「全然です。それより、何するんですか?」
ルリ会長の人柄というのは、半年ほど側近だったのであらかた分かってはいるが、立場上は役員の付き合いだ。その立場が無くなった場合のことを考えると、急にルリ会長を掴めなくなった。
生徒会長ルリ・リリアムであれば僕をどうするかではなく、一人の女の子としてのルリ・リリアムが僕と何をするのかということ。少し考えただけでは、結論にありつけない。
「そうだなぁ。デートする?」
「えぇと……。ただの別称ですか?」
「うわぁん、そう言うこと言うのやめてよぉ。悲しくなるじゃんかー。女同士でデートしてもしょうがないんだよー。ワタシは別に、そういうんじゃないしなー。やっぱ男だなー」
「か、会長は男好きですねー……」
仰々しく目を細めると、ルリ会長は満足そうにウインクしてきた。男性の前だと極端に委縮してしまう性に合ってない、何とも鯔背な対応である。
それは一旦おいておくとして、ルリ会長のデートコースというのが気になりはする。
「会長は、どこに連れて行ってくれるんですか?」
「あ、それ聞いちゃう? 聞きたい?」
そんなに言われると、逆に聞きたくなくなってくるから不思議である。
とりあえず頷くも、苦笑は免れない。
「やっぱ定番は、近くのモールだよねー。色々見たり、色々食べたりできるし、一日遊べると思うよ。遊び終わった後の、アフターフォローも完璧だしね」
「アフターフォロー?」
「アフターフォローだよ。わからんかね。カップルが一日遊んで、辺りは真っ暗。帰り道、周囲に立ち並ぶピンク色の宿泊施設……」
ミドル時代、似たような話を男子たちがしていた気がする。“遠い方”がどうのこうのと、ルリ会長同様耳を赤くしながらも。
「会長、耳赤いですよ」
「なな、なんだとっ。そんなことはない! ワタ、ワタシは決して産とかじゃないからなっ!? ばりっばりのベテランだ!」
「その言葉の方が余程狼狽ものだと思いますけど。というか、そんなところに連れて行って会長は僕をどうするつもりなんですか……」
「そんなもん決まっとるばい。とりあえず脱がす。そして、見る! ワタシは見たい! ルートくんの体が!」
ルリ会長は目を大きく見開いて、何かを求める犬のようにけたたましい。どことなく、僕自身をも辱めている気がするが、いちいち頓着していたら会長のスピードは収まらないだろうと踏んだ。
会長は楽しそうだし、僕的には満足いく帰結だと思った。
「あ、ありがとうございます……?」
スタイルが良いと褒められたと割り切って、また別の話題を探そうとした矢先。
「ふぁーぁ……」
遊び疲れて寝ていたイベントメーカーが、再起動した。
「お。起きたねサクラちゃん。おはよう。一八時だよ」
「なにゃ……」と柔らかい声を発したサクラは、瞼を擦ってまだ眠たそうにしている。危惧されるのは夜眠れなくなるのでは、というところだろうか。さすがに夜泣きをする心配はないにせよ、似た感覚である。
「何の話じゃー……?」
サクラは僕とルリ会長の顔を交互に見て、言う。
欠伸混じりながらも話題を気にするあたり、同色感は強いけれど驚くなかれ、サクラは生徒会役員ではないのである。悠々と生徒会室の一席を占領して、居眠りまでしてしまうくらいに溶け込んでいるが、無関係の生徒なのだ。
それどころか、ただでさえ人手の足りていない生徒会の仕事を増やす厄介者ですらある。
それでもサクラがここにいるのは、僕とルリ会長がサクラを必要としているからなのだろうと、分析を交えて語ることができる。特にルリ会長は、サクラのことをとても可愛がっていて一番弟子のようなことを宣っていたのは記憶に新しい。サクラ自身も、僕のことを“特別視”しているようで、僕や僕の周囲の人たちに色々と手を焼いてくれる。
一言でいうと人情家で、持ち込んでくるトラブルも、言ってしまえばその賜物なのだと理解できるのだ。
それが普遍的な日常に彩を添えるようで、最近では、トラブル対処が少し楽しくもある。
「今度のシルバーウィーク、何するかって話だよ」
「しるばーうぃーくとな……?」
唐突に、眠気が醒めたかのように、サクラの瞳がギラリと冴える。
結果的に楽しいトラブルも、予感の段階では底無しの不安でしかない。
息を飲んで、サクラの言葉を待つ。
バン! と大きな音を立てて、サクラが席を立った。
勢いよく立ち上がったために、椅子が後方の書類棚に激突して煩雑に置かれた書類の一部が床に散った。その様子があまりに急だったので、僕もルリ会長もビクッと反応して、揃って目を丸める。
ごくり、という音が沈黙を割いた。
「お泊まりパーティじゃ!」
一瞬、何らかの間があって、それから「お、おおー?」というクエスチョンの後、「おおー!」となった。実にサクラらしい提案だと思うのと同時に、波乱の幕開けを予期させた。
「お泊まりパーティかー。いいねー」
「しかも、りぞーとでじゃ」
聞き慣れない単語を追うように、問うてみる。
「リゾート?」
「そうじゃ。りぞーとじゃ。海と砂浜と、その他色々のりぞーとじゃ。それなら、るりの見たいと言った、るーとの体も拝めるじゃろうて。水着でも風呂でものう」
「おおー! それは合法だし、いいね!」
「じゃろー」
観点も規模も趣旨も、色々とおかしい気がするが、ことサクラに限ってはそうでもなかった。いや、僕を含む『願いの夢』を知るメンツからすれば、別段飛び抜けておかしな話でもないと言う方が正しいか。「どんな『願い』も叶います」と夢の中で言われ、その願いが本当に成就してしまうという都市伝説の渦中にある僕たちからすれば。
サクラは、それで『魔法を使いたい』と願ったらしかった。それには、入学したての頃、僕の親友であるアリスにとっ捕まって白状した経緯がある。
アリスの彼女で、僕の友達でもあるノアという少女も、その時に『アリスにすべてが伝わりますように』という『願い』を叶えている、と暴露したおかげで、その都市伝説による力は公のものとなった。
公とはいっても、それを『願いの夢』の力だと認識しているのは、僕含め、アリス、ノア、サクラ、の四名だけだから確証はない。だが、三名がその力を所有していることがわかっている以上、少なくともこの世界のどこかに所有者が存在していても何ら不思議はないと言えるのだ。
危険に使おうと思えば、危険にも使える力だからこそ、慎重に付き合いたいものではある。
そういう意味で、「気軽に使うけれど、目的は遊び」というサクラは良い模範と悪い模範を同時にこなせる、最高の先駆者と言える。
「でも、サクラちゃん。リゾートなんてどこにあるの? それに秋だし、リゾート地も寒そうだよ」
「安心するのじゃ。りぞーとはいつでもりぞーとなのじゃ!」
「ははは……」
そういう意味合いも込めての僕の微笑みは、途轍もなく苦いと思う。
そんなことはいざ知らず、興味を纏ったルリ会長の瞳は熱い。
「そんでそんで! リゾートはどこにあるの!?」
「わしの家からいけるのじゃ」
「サクラちゃんの家? 木の上ってこと?」
「そうじゃ。ただし、りぞーとに辿り着くのには二時間くらいかかるのじゃ」
「よくわからないけど、二時間あれば行けるんだね!? リゾートにっ!」
「行けるのじゃ」
サクラの摩訶不思議な話には異様な説得力があるので、ルリ会長も信用しているのだろうけれど、それもそれで随分と異様な寛容さだ。
ツッコむ気力も無くした僕は、黙々と作業を続けながら二人の間に流れる混沌を心に反芻するだけだった。
四十六枚目が終わったところだったろうか。賑やかな話声が止んだのは。
ふと顔を上げると、二人の視線が僕に刺さった。何かを求められているようだった。
「えっと……」
僕は二人の顔を順番に見て、瞳の輝き具合を比べた。四十六枚の校閲の間に何があったかは定かではないけれど、二人の熱意が同じ方を向いているのは確かだった。
僕は作業がひと段落した意味で、一つ息を吐いて、もう一度二人の顔を見据えた。
「来るよね?」「来るじゃろ?」
もとより、求められたことを否定したり断ったりするような性分ではない。何に、どこに、何をしに、いつに、などというのは僕には存外関係のないことだ。
友達、大切な人、エトセトラ……その人たちがいるのなら、僕はそこに行くだけだ。
僕は小さく笑って頷いた。
いつも通りに遠慮がちに。
【あとがき】
季節は秋の入り口ということで、涼しいと寒いの中間くらいの気温ですね。
よく、“秋は○○の季節”と言われますが、旬とは裏腹に、人間は明らかに適していません。
食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、恋愛の秋、エトセトラ……。
リゾートの話など持ち上がっておりますが、はてさて。
ルートたちの秋は一体何に染まるのでしょうか。
続きをお楽しみに。




