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Ⅰ 会長のいる、八月。

【まえがき】

 今章は、とある理由で一章完結になっています(最も重要なので、この章だけ読めば大きなテーマはつかめると思います)。なので、キャラ紹介だったり過去の出来事だったリが、少しだけ省かれずに出てきます。ここまで通して読んでくださっている皆さんには退屈かもしれませんが、再確認だと思って読んでみてください。

 何か発見があるかも……?


 では、本編をどうぞ。




 

 

 

 春と言うには暑く、夏と言うには涼しい。

 入学式を終え、暫くして学校に慣れてくる頃にはそんな時期がやってくる。過ごしやすいかと言えばまたそれも違っていて、過ごしづらいかと言ったらまたそれも違う、本当に微妙な時期だ。

 そんな微妙さを反映したかのような距離感がクラスの中に生まれる。……というのが、入学後の定番展開だと思っていた。変な先入観を持たないエレメンタリーは例外としても、実際、ミドル時代は定番展開そのものを辿っていた。

 それが今回は、違ったのだ。

 解放的な校風もそうだし、新しい交友関係が始まったと言うのもある。理由はたくさんあるけれど、その中で、一際大きな要因が二つあった。

 その一つは、こうして教室のドアを開けることでわかる。

「お。るーとじゃ」「あ。ルートだ」「あら。遅かったわね」

 ドアを開けてすぐ右手に、三人はいた。理由もなく集まっているわけではなく、そこが三人の席だから自然そうなるのだ。席替えを提案したのがサクラだったから、なんとなく仕組まれている気はするけれど。

「今度は何に呼ばれたんじゃ」

「飲み物の蓋が開かなかったんだって」

「あやつは本当に生徒会長なのかの?」

 半分笑いながら本気で首を傾げているどこか古風な少女はサクラ。アカデミーに入学してから会った、とても面白い人だ。本人も面白いことが好きで、僕の所属する生徒会に遊びに来てはよくハプニングを起こすイベントメーカーだ。

 正式に部活に所属しているわけではないらしく、毎日気分で部活を変えている。ユニフォームが無いために制服でプレーするようで、放課後になるといつもだいたい汚れている。

 意外にも、その着こなしはしっかりとしていて。ピンと張った背筋も相俟って、礼儀正しさすら感じられる。地毛を主張する紅茶色の髪の毛さえ、黒か茶に染めてしまえば、あと足りないものは落ち着きくらいのものだろう。

「職権乱用が過ぎるわね。今月何回目よ。最初に放送入った時は、ルートがなにしでかしたかすごい楽しみだったのに」

「僕は何もしないよっ!」

「さぁ、どうかしら? 毎朝、妹に髪の毛手入れしてもらったりネクタイ締めてもらったりしているんだもの。今に何をしでかすか」

 したり顔と訳知り顔を足したような顔で話すのは、親友アリスだ。エレメンタリー時代から同じ学校で、家も近いせいで付き合いは深く長い。それよりなにより、僕の妹のリズがアリスを気に入っているおかげで、家に招くことも多かった。

 僕自身、アリスのことが嫌いだというわけはない。けれど、どうもアリスの持つ情報網には頭が上がらなく、どうしても上下関係を自覚してしまう。もちろん僕が下で。

 まあでも、それを含めてこそアリスなのだと、ミドル時代の事件を通して気付けたから、親友と言い切れるわけで。

 親友の言葉には、毒がある。よく手入れされた綺麗なブロンドヘアーと絶対的に整った顔立ち、それからカーリングで鍛え上げられたボディラインも、好い加減目の毒だ。

 考えてもみれば、毒は薬にもなり得る。僕は、そう考えることにしていた。

「だから何もしないってば……」

「ふふっ」

「あ。今、ノアさん笑ったよね!? 笑われたよね、僕!?」

「だって、ルート、面白いんだもん……!」

『いじられてる』という修飾語を丁寧に省略して小さく笑うのは、ミドル時代に知り合った友達のノアだ。

 アリスとは小さい頃からの仲で、猛烈な好意を抱いている。その好意は、一つのすれ違いを糧にして見事に実を結び、二人は事実上の『恋人』になった。現在は、そのアリスの家で住み込みのメイドをやっている。

 授業中の挙手を躊躇したり、順番も後ろの方にいったりと、ミドル時代の影はまだ少し残っているけれど、アカデミーに入学してからの方が断然明るくなったと僕は思う。

 やはり、眼鏡を外したのが大きいか。

 アリスのアドバイスで眼鏡を外したらしいが、なるほど、もともと瞳が大きくてパッチリと円らであるためか、一気に印象が変わった。それに、この国ではかなり珍しい黒髪ということもあって、校内ではすでにかなり注目を集めているらしい。生徒会にも『黒髪可憐の新入生』の噂が、よく舞い込んでくる。

 もう少し自分を表現することに貪欲だったら、十代向け女性誌の表紙を飾っても全くおかしくはないと思う。

 花に例えるなら、控えめでも芯のある紫陽花(アジサイ)と言ったところだろうか。ノアが口を開けば、自然とそちらを見てしまう。

「ルート、やられるの、好きだよね。ふふふっ」

「や、やられるってなにをっ!?」

 そう。アジサイにも毒があった。それも天然の毒だから怖い。

「そんなの、決まっているじゃない」

「うん。決まってる」

 二人はアイコンタクトを取って、薄く微笑んでくる。特別、何かを言葉にするわけではないけれど、それがまた痛い。

 助長か、はたまた妄想か。うずうずしていたサクラが、どうにかして話に入ろうと、ストレートに言い放つ。


「どえむじゃな。どえむ」


「ち、違うって!」

 渾身の否定をするも、三人の笑みは止まらない。結局、僕がどエムであるということで話は落ち着き、いつも通り暗黙の了解に収束する。

 最後には、意味のない僕の溜息と三人の笑顔で終わる。これが僕の日常だと言えば間違いはない。

 でも、明らかに一つだけ、日常からかけ離れていることがあった。それが、僕たちが推し量るはずだった僕たちの微妙な距離を、確実に狂わせていた。

「またいじられてるよ」「でも、楽しそう」「まさか、本当にマゾなのでは!?」

「それはないない」「球技大会の時、ホントかっこよかったしー」「わたし思い切って告白したけどふられちゃったー」「当たり前でしょー!」

 諧謔に浸る僕たちを見て、教室が多少ざわつく。クラスメイト達の話題は、大抵、僕の関係者のことが中心にある。万能無敵少女アリス、隠れ美少女ノア、トラブルメーカーサクラ……と、メンツがメンツだけに。

 その中でも最近は、先月に行われた球技大会をテーマに取り上げた話が多い気がする。


 ――何度も繰り返された、あの球技大会を。


 体感してそれを知っている僕たちは、その話題を耳にするたびに、背中や額に変な汗をかくのだった。

 急に黙り込んでは逆に怪しまれるので、間を繋ぐ意味で会話の口火を切る。話には意味が無いといけないから、大変ホットな話題を取り入れることにした。

「ねえサクラさん」

「ん。なんじゃ」

「最近つくづく思うんだけどさ。記憶って、本当に消えてるの? たまに、話が通じない時があるんだけど……」

「いい感じに消しておいたのじゃ」

「全く。おざなりね」

「うるさいわい。意外と面倒なんじゃぞ」

 サクラは小声で毒づきながら、渋い顔をする。その表情を見るに、サクラの施術が手抜きであることは否めない。

 そこを詰るように、アリスが言う。

「そんなの自業自得じゃない。球技大会で優勝したいってあんたの勝手でループとかさせるからよ」

「これっ。あまり大きな声で言うでない! 面倒じゃろ……って、まさか……! お主わざとかっ!」

 そっぽを向いて「どうだか」と居丈高になるアリスを見て、僕は小さく笑う。こちらもいつも通りだ。

 こうもいつも通りだと、現実離れした話の内容ばかりが浮いて聞こえる。

 サクラという一人の少女の『願い』が引き起こした、アカデミー新入生【一不思議】の事件は記憶に新しい。

 水着で登校したり、保健室が消えたり、同じ一週間を繰り返したり、魔法が使えたり、エトセトラ……。そんな不思議な現象が起きたという噂が、入学式直後に新入生の間でだけ流れたのだ。何も起きないという現象に巻き込まれた僕は、事件の黒幕がいると言うアリスの命のもと原因究明に奔走し、ついに一つの真実に辿り着いたのだった。

 それが、サクラだった。

 僕はノア、アリスと協力してサクラを捕らえ、動機を吐かせようとした。そうしてサクラが口にしたのは、あまりにも衝撃的で現実的なものだった。


 ――『願いの夢』を見た。


 僕が十五歳の誕生日の夜に見たあの夢を、サクラもまた見ていたのだ。どんな理不尽も非合理も、すべて叶えてしまうあの夢を。

 一不思議事件は、それだけでは終わらなかった。

 暴露劇の場にいた、ノアもまた『願いの夢』を見ていたのだ。それは、『アリスに自分を知って欲しい』という『願い』を叶えているという告白とともに、サクラの洞察によって証明された。

 つまり。

 僕の中でだけ渦巻いていた、かつての『違和感』はもう、僕だけのものではなくなったのだ。それも僕たち四人だけの話ではないかもしれない。

【魔法】という具体的な事象が、今この世界に存在してしまっている以上、僕たち以外にも同じ夢を見ている人がいないと言いきれなくなってしまうからだ。もしかすれば、大切な人を目の前で失った一度目の僕のように『世界をやり直したい』と願った人もいるかもしれない。

 面白いもの好きのサクラでさえそれを隠すのだから、世の中のたいていの人はそれを露わにしたりはしないはずだ。けれど、そういう力(・・・・・)を持っている人が、少なからず存在する。

 そう思うようになって、最近、とても不安だった。

 僕はその気持ちを抑え込むために、〈不安要素が判明しているだけマシ。対処の余地がある〉と勝手に虚勢を張っていた。

「はぁ……」

「うぁ? どうしたんじゃ。でっかい溜息じゃのう。もしかして、溜まっとるのか? のう、るーと? 溜まっとるのかのう? わしでよければ手を貸すぞ!?」

「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

 煮ても煎じても砕いても、全然小さくならない不安が、不意に僕の口から漏れ出た。サクラは過剰なスキンシップも交えて冗談で応じてくれる。戯れているだけに見えるけれど、彼女は彼女なりに気を遣ってくれているのだと思う。どうしようもない僕のために。

 などと、悲観的な思考を巡らせていると、僕の親友はそれをなぞるように傷を抉ってくる。

「どうしようもないあなたのために、みんな心配しているみたいよ。あたし以外」

「あはは……。ありがとうアリス」

 アリスの気遣いは時々痛いけれど、それがまた嬉しくもある。

「べ、別に、礼を言われるようなことはしてないわよっ」と狼狽するアリスの右手側から、ひょっこりと勇気が顔を出す。

「ルート。何を悩んでたの……? よ、よかったら、ノアが……」

「ありがとうノアさん。全然大したことじゃないよ」

「そう、なの……?」

「そうだよ」

「大したことだったら校庭十周ね」

「面白そうじゃな! わしも校庭十周したいのじゃ!」

「あんたは特別三十周でいいわよ」

「あはは……」

 左に右に頭を振る。僕の視界は忙しなく右往佐生して、途中で諦めたようにちょうど真ん中で停止する。おかげさまで、視界中央には黒板の上に提げられた丸い時計が位置していた。時計の針は、ちょうど授業開始の時刻を知らせようとしていた。

「あっ。もう少しで授業始まるよ。席に着かないと」

「お。そうじゃな。言うて、わしはお主の隣じゃがな」

「あたしも、後ろだし」

「ノアはアリスの隣」

 そうして、日常の一連の流れのようにチャイムが鳴って、それぞれが自分の席に着いた。

 僕の席は廊下側の一番後ろから一つ前で、隣にはサクラ、後ろにアリス、その隣にはノアが座っている。

 まるで誰かが意図してそうしたかのような席順だけれど、僕は文句を言うつもりはない。

 一時限目の担当教諭の授業開始の合図が入る直前のことだった。

 隣の席の黒幕筆頭に、「のぅ、るーと。それで、お主は一体何を悩んでおったんじゃ?」と尋ねられたので、こう答えた。


「返してとは言わないけれど、これはこれで大変だなって」


 そんな戯言は、クラス委員の挨拶に埋もれて消えた。

 でも、僕の日常は決して奪われたのではない。

 変わったのだ。

 大人になるとはこういうことかもしれないなと、少しだけ難しくなった授業内容を脳に刻みながら、黄昏てみた。

 思いを馳せるのは、非日常。放課後の生徒会のことだけ。



     ***



 放課後。



『――以上で、放送部通信を終わります! 続きましては、生徒会通信のお時間です!』

 僕は今、放送器具が所狭しと並べられた窮屈な放送室に、閉じ込められている。生徒会長でもあり、放送部長でもある女生徒、ルリに。

 入学式の日、ルリ会長に『副会長』に任命されたところから、僕たちの関係は始まった。と言えば聞こえはいいが、実のところ強制以外の何物でもなかった。サクラが面白半分で、会長の球技大会の記憶を消さずに残したせいだった。

 僕の日常を大きく変えたもう一つの要因が、彼女だった。正確には、彼女から発せられる環境か。

 端から帰宅部を希望していた僕からすれば、正反対に位置する『生徒会』。正直、初めは面倒だと思っていた。反面、何もせずに時を過ごすことに得も言われぬ抵抗があった。

 そこに舞い込んできたのが、突然の副会長任命だったわけだ。

 特定の部活に入りたいわけでもない僕には、特に断る理由も無い。そんな浅い気持ちの奥底には、『これで自分も変われるかもしれない』という頑なな信念があったのだと思う。

 結論から言えば、そんな信念は無かった方がよかった、なのだが。


『――以上で、生徒会通信を終わります! 怪我に注意して部活動に励みましょー!! もちろん、帰宅部もな!』


 朗々とアドリブを繰り出すと、会長はいつも額の汗を拭う。そして、「ふぅ」と一息ついてから中継機器をストップさせる。そうして、原稿を見る必要が無くなると、屈託のない鋭い眼光が僕を照らすのだった。

「ねぇ、ルートくん」

「く、君?」

「ねぇ、ルートくん」

「ど、どうしたんですか?」

「ワタシ、可愛い?」

「え」

 会長はわざとらしく首を傾げて、困った表情を作る。付随して垂れた薄茶の艶髪を辿れば、そこには色白な額が主張していた。地続きの肌は白くきめ細かく、鋭角のスクエア眼鏡からみる二重の瞳は均整がとれていて美しかった。和とも洋ともとれぬ中性的な雰囲気と、一本結びでおさげという母親のような貫禄が相俟って、感想に困る。

 いつもは逸らしてしまう視線も、その落ち着いた容姿のおかげか、そのままでいれた。だから、美しいというよりかは可愛いという褒め言葉が相応しいのかもしれない。でも、リズのような新鮮味が無いウェットな雰囲気には、可愛いと言う言葉も相応しくない気がする。

 逡巡していると、会長は逆側に頭を傾けて、再び問う。

「ワタシ、可愛い?」

 ここはいつも通り、会長の言葉を借りることにする。

「か、可愛い……と、思います」

「どの辺が?」

『え、えーと……。肌も綺麗だし、おさげもよく似合ってます』

「…………」

「か、会長?」

「さて、生徒会の仕事をやりましょうか」

 会長とは――ルリとは、こういう人物だった。所謂『少し変わった人』なのだが、明朗快活な性格とずば抜けた行動力によって、とても人望は厚い。放課後の放送を欠かさず続けているということが地方紙で紹介されたりもしたらしく、相当顔も利く。

 何というか、彼女のまわりには人がたくさん集まる。ハプニングに自分から突っ込んでいくサクラの、ちょうど対極にあるような感じか。

 生徒会に、もっと厳格で誠実なものを思い描いていた僕は、何とも表現しがたい複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。さらに真面目すぎる信念を抱いていたりすれば、尚のこと。

「そうですね。生徒会室に戻りましょう」

「あ。戻る前に、ちょっと待って、ルートくん」

 席を立つと同時くらいに呼び止められて、中腰になる。

 この状態をキープするのはつらかったので、とりあえず再び座ることにする。

「すまんね。せっかく放送室にいることだし、放送の使い方を教えようかと思って」

「僕、放送部じゃないですよ?」

「生徒会でも放送を使うことがあるからね」

「まさか、生徒会通信ですか……!?」

「そんな露骨に嫌そうにしないでくれよー。まぁ、それは大丈夫。あれはワタシにしかできないことだから」

 会長はそう言って、誇らしげに胸を張った。

 盛ってないのに盛られているような言葉だと、僕は思った。少なくとも、敬意は芽生えたのだけれど。

 会長にしかできないことを、会長は見つけたのだ。僕も、それを期待してここにいる。

 少し、安心する。

「じゃあ、練習しようか」

「はい!」

「そしたら、そうだな……。どこから教えようか……。うーん…………面倒くさっ! もういいや! 実践あるのみだよ! ルートくん、今呼びたい人とかいる?」

「ええ!? 今、ですか!? そんな急に言われても」

「別に今じゃなくてもいいよ。明日の放課後とか、昼休みとか。あんまり面倒じゃない時間帯にしなね」

「うーん……。それじゃ……」

 よくよく考えてみれば、放送というのは自分の知らない人は呼ぶことができない。不特定多数ということなら可能だけれど、それは会長の想う『面倒』に当てはまるに違いない。

 そう考えると、放送で誰かを呼べるようになると言うことが、そのまま自分の見聞を広げていくことに繋がっているのだと言えるかもしれない。『放送でたくさんの人を呼べるようになる』というのは今後の意気込みとしては十分ではないだろうか。

「決めました」

「お。そうかそうか。じゃあ、お手本見せるから、覚えてね。簡単だから大丈夫だよ。ルートくん、頭良いもんね」

「い、いえ、そんなことは」

「謙遜するねー。ま、いいや。それじゃやるぞー! まずは、このボタンを押しますー!」

 このボタン、そのボタン、あのボタンと、三つ四つボタンの説明があって、「大丈夫?」と確認される。ボタンには会長が押した順番通りに番号が振ってあったので、それを辿れば別段難しいことはないようだ。

「最後に、この赤いボタンを押せば、そこから放送開始だからね」

「わかりました」

「うんうん。さすがルートくんだ。そうそう、さっき順番に押したボタンは、放送前のピンポンパンポーンを鳴らすやつだから、喋るなら早く喋った方が良いよ」

「えっ、あっ、ちょっと!?」

 焦燥に駆られながらも、教わった通り赤いボタンを押して、一度深呼吸をする。常套句のようなものを聞いていないし、放送の終わり方も聞いていない。安心するというのは撤回したかった。


『生徒会より連絡です。カーリング部のノアさん……ノア・グリニッチさん。一七時になりましたら、生徒会室まで来てください。……以上です』


 面白いものを見るような目で僕を見ていた会長に、身振り手振り目振り、「早く止めて!」とヘルプを求めた。会長はクスリと一笑してから、赤いボタンの隣にあった四角いボタンを押して、再び笑った。

「いいじゃんいいじゃん上出来だよー! あとはそうだなー……、急ぎじゃないなら内容を繰り返すといいかもね!」

「あ、ありがとうございます。でも、急にはやめてくださいよ」

「あははは! ごめんごめん! そうやって焦ってる人って、なんか面白くてね! くふふふふっ」

「会長っ」

「あはははは! やっぱ新人は可愛いわー! あ、可愛いって言うのは両方の意味でね」

「両方、ですか?」

「んー、なんでもないよ。あ、そうそう。さっきワタシがしてた放送の後、ワタシのどこが可愛い? って聞いたじゃない? あれに対するルートくんの答え、放送で流れてるわよ」

「ん? えっ?」

「肌も綺麗だし髪も素敵だし、もう結婚したいってやつ」

「じ、冗談ですよね……? あ、あと、結婚したいは言ってません!」

「冗談じゃないよ……ふふふふ……」

「か、会長ー……」

 会長はそうやって僕から日常を奪っていく。でも、それが日常になっていくことを、僕は拒もうとは思わない。

 色々なことを経験すれば、それだけ僕は成長できる。そういう確信があったから。

「じゃ、そろそろ戻ろうか。と、言っても隣だけどね」

「そうですね」

 席を立ち、機材の電源を切ってから、放送室を後にした。

 放送室の隣にある生徒会室へ行く短い道のりの間、会長が話しかけてきた。

「さっき呼んだのって、あのクラスメイトの小さい子でしょ? どうしたの? 何か用事でもあったの?」

「と、特には無いですけど」

「もしかして、ルートくんとルートくんの友達の間で流行ってる『願いの夢都市伝説』についての話かい?」

 俄然、興味を持った瞳で、会長が食いついてくる。

 あまり話を大っぴらにすることは好ましくない問題なので、僕は声を小さくして頷く。自然、会長の気迫に押されたような構図になる。

「は、はい。まぁ……」

 今回、ノアを呼び出したのは、会長の読み通り『願いの夢』について少し聞きたいことがあったからだった。

 会長が『願いの夢』について知っているのは、以前、生徒会室に遊びに来たサクラが口を滑らせてしまったからだ。それがうっかりだったか故意だったかはおいておくとしても、流行りもの好きの会長が、そんなそそる話を看過するわけもなく。

 ちょうどその場には、アリスとノア――要は、当事者たちが集っていたので、全員でフォローしてなんとか『都市伝説の調査をしている』ということにして話を収めることに成功した。ただ、それでも気になっているらしく、会長は度々進捗を確認してくるのだった。

「それにしても、サクラちゃんの【手品】はすごいよねー! また見たいなー!」

「ははは……」

 サクラの【魔法】は【手品】だということになっている。瞬間移動も、物質生成も、念動力のような力も、無論だ。バレそうになったら、都市伝説を探っている時に偶々見つけたオーパーツの力だ、と言い訳することに決めている。

「まぁいいや。さっさと仕事しちゃおう。再来月の文化祭の準備も、早めに取り掛かりたいし。今年も忙しいぞー!!」

「頑張りましょう!」

 他校との合同の文化祭ということで、大規模となることが予測される文化祭。ミドルの時にも三度経験しているけれど、二~三カ月という準備期間から察するに、桁違いになると思われる。

 本腰を入れるのはこれからでも、意気込みだけはしっかり持っておきたい。

 そう喝を入れようと、右手を握りしめた時だった。

 奥の廊下から駆けてきた人物を見て、意図せずに力が抜けてしまうのだった。


「遊びに来たのじゃー!!」


 紅茶色のセミロングを暴れさせながら、サクラがこちらに急接近してくる。終わった季節を思い出させるかのような、甘ったるい花の匂いを漂わせて。

「お。サクラちゃん。廊下は走っちゃだめだぞー」

「走ってしまったものは仕方ないのじゃ」

「それは、そうだな。じゃ、ワタシと遊ぶか。今日は何しようか」

 サクラと会長は二三、会話を交わすと、さっさと生徒会室へ入っていってしまった。そうして取り残されたのは、変に意気込んだ新一年生のルートという人間だった。

 口から洩れた「仕事してください会長……」という呆然自失の塊は、自若として廊下に木霊した。

 今日は――いや、今日も。

 色々と頑張れなさそうだった。



 

【あとがき】

 前章でルートたちの仲間になったサクラ。

 早速トラブルを起こしそうで、書いているこっちまでドキドキします。会長という新キャラも登場して、火に油を注ぐ構図が出来上がりつつあります(笑)

 次回は「アリス編」か「ノア編」あたりになります。

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