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Ⅰ 悩殺ジェーン

【まえがき】

 三章初のノア編になります。

 情緒不安定かつ、(心の中では)ストレートなノアは、見ていて楽しいです。

 その素直さがすべて表面に出たら、おそらく、アイドルグループのセンターポジションを担う、アイドル界のエースとなるでしょう。

 果たしてそんな日は来るのでしょうか……。


 本編です。




 

 

 

 青春イコール苦悩、なんて言葉をどこかで見かけた。

 本当にその通りかもしれないとため息をつく自分と、青春を実感して心躍らせる自分が、自分という一つの器の中で右顧左眄混在していた。時たま前者が強くなってひどく落ち込んでみたり、時たま後者が強くなって誰もいないところでにやけてみたり。浮き沈みする感情は、コントロール下に無い気がした。

 その理由は何となくわかった。

 一切の真新しさが無くなった今、生まれてくるのは恒常性。所謂、マンネリ。そのマンネリの中で、感情に直結するイベントが起きると、心的な影響は甚だしい。

 一つ、アリスと同じクラスになれたこと。ずるをしているような気がするけれど、とても嬉しかった。

 一つ、新しい友達が増えたこと。サクラという名前の女の子。変わってるけど優しい人。もちろん嬉しい。

 一つ、アリスがモテすぎること。かなりストレスフル。

 平坦とは、よく言えば平穏。逆に、平穏は悪く言えば平坦。平坦の水準が低かった自分にとって、今ある平坦は幸福の絶頂と言っても過言ではない。


 ――アリスが、また告白されたってよ。


 幸福に溺れる自分に訪れた、これ以上ない恐怖だった。そうして自分は、現実に引き戻されることになる。

 アリスのことは、自分が一番知っていた。無論、こうなることも多少は予想していた。

 一言で表せない「可愛らしさ」と「美しさ」は、どんな人間だって魅了する。だから、アリスに告白したのが男の人だけじゃないということには、あまり驚かなかった。だって、「カッコいい」から。

 最近は、文化祭の話もあって、誰がアリスを射止めるか、ファンの間で抗争になっていた。

 そんな光景を見て、自分にできることは、本当に、青春することくらいだった。

 言葉良く言ってみたけど、空しいだけ。


 ――アリスは自分だけのもの。


 主張したいことは決まっているのに、表現の仕方がわからない。もしかしたら、環境やタイミングというのもあって、今は存在しないのかもしれない。それこそ、学生という短期間にだけ青春するという必然を見れば、合点がいってしまう。

 その通りに話が進むのならば、自分の思いは学生の間だけ限定の感情ということになってしまう。そんなことはあり得ないはずなのに、どうしようもなくなって不安になってくる。

 どんどん悪い方に考えてしまって、終いには「暗い」なんて言われてしまうのだろう。

 変えなきゃ変わらなきゃと、髪をいつもより短くしてみたけれど、何も変わらなかった。アリスはまた、告白された。

 当たり前だ。また、落ち込んだ。また、告白された。また、落ち込んだ。

 幸福かと思った自分の日常は、負の輪廻に埋もれていった。

 そんな中、現れたのがサクラという女の子だった。

 同じ年とは思えない言動と貫禄で、ルートやアリスが知らない事も色々知っていた。基本は面倒くさがりだけど、大人び過ぎているくらいに達観していて、困ったときは必ず助けてくれる。

『願いの夢』に関しても、信じてくれるどころか当事者だった。

 自分一人だけが『願いの夢』を見たのかと不安だったから、余計に信頼してしまった。

 今日も、二時限目終わりの休み時間に、後ろのサクラの席に凭れた。

「ん? どうしたんじゃ、のあよ」

「アリス、また、告白されたって……」

「ほぉ。モテるんじゃのぅ」

 サクラは、悟られぬようアリスを一瞥して、ぬははと笑った。

「わ、笑い事じゃ、ないよぅ……」

「そうかの? こんなどえす娘を好きになる神経が、わしには理解できん」

「い、良い所も、いっぱいあるもん……!」

 そう。だからこそ辛い。

 人を好きになると、悪い所などどうでもよくなってくる。そもそも悪い所なんてあるのだろうかとさえ思う。いや、きっと存在しないのだ。美化されていると言ってもいい。

 結局、自分がアリスに重ねて想い描くのは『大好きで仕方がないアリス』なのだから。

 明確な答えにありつくことができずにまた項垂れると、サクラに頭を撫でられる。落ち着くのと同時に、[色んな人が撫でるけど、そんなに撫でやすい頭なのかな?]と複雑な気持ちになった。

 サクラが優しく問いかけてくる。相談に乗ってくれるようだ。

「うぅむ、そうじゃのう。ありすは学校じゃアレじゃが、実際のところ家ではどうなんじゃ?」

「どうって……?」

「そうじゃな、例えば、ご飯の食べ方が死ぬほど汚いとか、寝相が悪すぎて困るとか、そういうのはないのかの?」

「な、ないよ!」

 学業成績や運動能力、環境適応能力、コミュニケーション能力、礼儀作法、細やかな気配り、エトセトラ……。化粧と衣服によっては、可愛らしくも美しくもなれる均整の取れた顔つき。いわゆる『イケメン』。物怖じしない姿勢と、【魔法】を行使できるサクラに勝るほどの策略と洞察力。

 どこをとっても、アリスは本当に完璧。非の打ち所なんてない。

 自身に満ち溢れるサクラに「なるほど……」と、空ろ気に言わせしめるほど。

「そうしたら、手は一つしかないのう……」

「あるの……!?」

 時間だけが解決できる問題かと諦めていたところだったので、受け答えが多少食い気味になる。

 奇才サクラなら、何か変えてくれるに違いない。淡い夕方色の髪の毛に【魔法】を期待して、耳を傾けてみる。

「開拓するのじゃ」

「開拓……!? 開拓って【魔法】!? どんなことするの……!?」

「まぁ、そう急くな。開拓というのは一日にしてならずじゃ」

「そうなんだ……。でも、ノア、頑張る……!」

 少なくとも、第三者の手によって消滅させられるのを待つ、無為な日々を送るよりかは遥かにましだ。

 こうしたいという目的だけが見えている今、方法を知ることは最重要だ。

「お、お願い……、教えて……ください……!」

 撫でられるままに俯きながら、頼み込んでみる。他人に頭を掴まれること以上に、自分を遜ることはできないから。

「むふふ……。のあはありすと違ってかわいいのう。よいじゃろう。教えよう!」

「ホ、ホント……!? ありが、とう……!」

「じゃが、あのありすを開拓するんじゃ。きっと、ものすごく大変じゃぞ?」

「大丈夫……。ノア、どれだけ辛くても、開拓する……!」

「ぬはははは! そうかそうか! 良い意気込みじゃ! それじゃ、さっそく方法を教えるのじゃ! 体を使って覚えた方が早い。ちょっと、場所を変え――んじゃぁっ!!??」

 自分の手を引いて席を立ったサクラの脳天に、重い一撃が振り下ろされた。サクラが頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、そこには分厚い参考書を右手に掲げたアリスの姿があった。

 今朝も告白されていたということを思い出してしまって、勝手にサクラの介抱に体が動いた。自然とアリスを避けてしまう。

「だ、だいじょぶ……?」

「大丈夫じゃ……。このくらいの刺激がないと張り合いがないからのぅ。……にしても、割と本気でぶつんじゃな……。痛かったのじゃ……」

「自業自得よ、まったく……。ノアに変な事吹き込まないでくれるかしら」

「へ、変な事とはなんじゃ。開拓じゃぞ開拓。のあが、お主のためにやろうと意気込んでおるのに、ほんに勝手な奴じゃ。のう?」

 やれやれと呆れた表情で、同意を得ようと尋ねてくる。

 アリスに変な事と言われると、急にサクラが胡散臭くなってくる。いや、もともと胡散臭いけど。なんにせよ安易に賛同はできない。

 自然、アリスとの距離が縮まる。今度はサクラを避ける。

「んと……。開拓って、具体的に、何するの? 体で覚えられるものなの?」

「もちろんじゃ! 体で覚えてこそなんぼのもんじゃ。具体的には言いにくいのう……。じゃが、簡単に言えば、『痛いのと気持ち良いのを交互にやる』かのう」

 放言している時のサクラの怪しい手つきに背筋がゾッとした。さりげなく、アリスの影に隠れてみる。その意味合いは、逃亡よりも欲望だろうか。

 アリスは軽く溜息をついて、サクラに言う。

「あんたねぇ……。あたしが、そんな簡単に屈服するとでも思ったの? ましてやノアに?」

「いやいや。案外わからんぞ。あまりに快感過ぎて、そんな自尊心などどこかへ行ってしまうかもしれん。ありすがどえむ…………むふっ。それはそれは可愛いじゃろうなぁ……!」

「うふふ。あんまり馬鹿なこと言ってると、開拓するわよ?」

 暫くの間、二人の間には微笑みだけが飛び交った。挟まれた自分は、その気迫を感じて変な汗をかいていた。

 沈黙を破ったのはアリスの優しい声だった。

「ノア。あなたも気にし過ぎよ。いつも、言っているでしょう? あたしは誰とも付き合う気は無いって。もう少し、彼女を信頼してもいいんじゃないかしら?」

「ア、アリス……っ!」

 もう、抱きつきたい一心だった。

 そう熱く想うと、アリスの耳がじんわり赤くなる。

 アリスは感情を手前に出さないけれど、頬や耳には顕著に表れる。最近、近くでアリスの顔を見ることが多くなって気付けたこと。自分の想いが、確かに伝わっている証拠。

 自分は、その赤を見るたびに高揚する。

「さ、さてっ。馬鹿はほっといて次の授業に行きましょう。三時限目は移動よ」

「うん!」

「手のひら返し、鮮やかじゃ……」

 色々と納得できたので、このあとの授業は集中できそうだ。次の授業の体育は自由席みたいなものだから、またアリスの隣に座ろう。少し気が乗る。

 変な事を吹き込もうとしていたのかもしれないけれど、相談に乗ってくれたのだ。サクラにお礼を言おう。

「あ、ありがとサクラ……。相談に乗ってくれて……」

「わしは何も言っとらんぞ」

 そのサクラのセリフの下から、「ためになることは一つもね」とアリスが付け足す。「うるさいわい」と言い返すサクラは、笑っていた。いまだ、サクラの発した開拓への興味が冷めない自分を笑っているのかと錯覚して、恥ずかしくなった。

「さ。アホな事してないで、さっさと行くわよ。さっきから放心状態だけど、あなたも準備しなくていいのかしら?」

 アリスの後ろの席に座っている自分の友達は、アリスにそう言われて初めて、次が移動教室だと言うことに気付いたらしい。

 心根の優しさが滲み出る端正な顔立ちで、全体的にスリムな体型。深海や樹林を思わせる爽やかな碧緑の瞳。頭が良くて、他の追随を許さないサッカーの腕前も持っている。とても落ち着いていて、困ったときはものすごく頼りになる。それでいて、アリスには敵わないという面白さも兼ね備えている。

 それがルート。友達だ。

 アリスに指摘されて、いつも通りあたふたしているのが、面白い。

「そ、そうだった……。次、体育か」

「全く。抜けてるわね。待っていてあげるから、早くしなさいな」

「ご、ごめん。ありがとう。でも、悪いよ。先に行ってていいよ。僕は大丈夫だから」

「みずくさいのう。わしも待つぞ」

「えぇ、あ、うん……。ありがとう」

 ルートの周りにには自然と人が集まる気がする。別段、何かで呼び寄せているということはない気がする。でも、ルートの周りにはたくさんの人がいて、みんなルートを頼って、ルートも支えられている……そんな感じがする。自分もその輪に入れたことが、心の底から嬉しい。

 でも時々、みんなで支え切れないほど大きな、黒くて重いモノを抱えこんでいると感じる時がある。

 触れてはいけないことなのかもしれないけれど、隙あらば覗きたいと思う。ルート、隙だらけだし。

 多分、ルートに集まってくる人はみんな、そう考えているのだと思う。

 何もせずに待つのが億劫になったのか、サクラが話題を振ってくる。

「再来月じゃったか。文化祭」

「そうみたいね。掲示板に書いてあるわ。他校と合同ですって。だから、準備も早いのね」

 ドア横の掲示板に張ってあった、文化祭準備委員を募るポスターを見ながら、アリスが言う。

 サクラも同じポスターを見ていたようだ。自分がなぞった視線の通りに、文字を読み上げていく。

「今年の一学年は劇! じゃと。男と女一人ずつ主役を募集しておるのう」

「募集をかけると言うことは、生徒会か文化祭実行委員みたいな団体が監修するのかしらね」

「そのようじゃな。生徒会監修と小さく書いてあるのじゃ。るーと、お主はるりから何か聞いておらんのか?」

「うーん……。恋愛モノにするみたいな話はしてたかな……」

 あの会長のことだから、劇の演出は途轍もなく派手なものになりそうだ。

 その会長ととても気が合うらしいサクラは、恋愛モノだと言うことを聞いて、悪い顔になっていた。

「むふふふ……。恋愛モノとな……?」

 そして、こちらを見てニヤリ、アリスを一瞥してまたニヤリ。嫌な予感しかしない。

 身構えていたので、急にサクラに名前を呼ばれても大して驚かなかった。

「のあよ」

「どうしたの……?」

「まだちゃんすはあるのじゃ」

 サクラの瞳は、目先にある面白さ目当ての私利私欲で鈍く輝いていた。

 興味に関する貪欲さに若干引きつつも、その話には耳を傾ける。自分を気遣ってくれている感謝を前面に出して。

「チャ、チャンス?」

「そうじゃ。ちゃんすじゃ」

 ぐいぐいとパーソナルスペースに攻め入ってくるサクラを制するかのように、アリスの溜息が聞こえてくる。

「はぁ……。あんたまだ言ってたの?」

 けれど、今度は強気だった。

「ふっ。今度は調き……開拓など回りくどいことはせん。のあの悩みなど、一瞬にしてなくなってしまうじゃろう!」

「こ、今度はなに……?」

 得意げに胸を張るサクラに、恐る恐る尋ねてみる。聞かないでいる方が恐ろしい気がするから、というのは言わないでおく。


「二人で劇の主役をやればよいのじゃ!」


「え?」「はぁ……」

 自分の疑問がアリスの溜息に打ち消されたため、場にはそこはかとなく陰鬱な空気が流れた。その雰囲気に気圧されたのか、サクラは一言二言言い添えていく。

 アリスはあまり聞きたそうにしていなかった。

「恋愛モノの主役と言えば、最後はちゅーと決まっておるじゃろ」

「はぁ……。あんた、頭の中どうなってんのよ……」

「ナニっ!? それ以上がいいのかのっ!? やっぱりそうなのかの!?」

「うっさいわね!」

「ぬっははっ! まぁ落ち着け」

 アリスをおちょくることができる人間なんて、サクラ以外には知らない。サクラと一緒にいると珍しいアリスが見れて、少しだけ嬉しくなる。自分には引き出せないアリスだから。

 そういう意味で、サクラはすごい。

 そのすごいサクラが、またすごいことを言い放つ。

「大勢が見てるところでがっつり事を済ませれば、それはもう公認カップルじゃろ。演技じゃとわかると意味が無いから、長いやつをな。この国では、同性でのそういうのは禁じられとるらしいが、劇ということじゃから合法じゃ」

 法という言葉を持ってくるあたり、妙に生々しい。他にも、長いやつを……とか、事を済ませる……とか、色々と生々しい。

 サクラは【魔法】が使える割に現実主義だから、現実的なセリフには一定の説得力がある。人間の羞恥や先入観などを取り払った、現実ギリギリのラインを攻めてくるからこそなのか、何かそそるものはあった。

 聞かないように視線を散らしているルートも、耳は正直に茹で上がっている。自分の顔も熱いから、きっと真っ赤になっていることだろう。

 追い打ちをかけるように、サクラが「どうじゃろ」と問うてくる。今、返せる答えは、下心など無い本心か。

「ででででもでもっ、ノノ、ノアなんかに主役は、無理……だから……!」

 自分の隣には、憧れの王子様もしくは麗しのお姫様がいて。一体、自分はどの立場の人間として、その唇を奪うのか。果たして、嘗めとってしまってもいいものなのか。願わくは、後任に。

 そればかりが脳裏を過って、理性などは後回しになった。呆れているアリスを見たり、赤面しながら視線を逸らすルートを見たり、期待に目を輝かすサクラを見たり。目が泳ぐ。

 大量の情報をいっしょくたに享受することは、すでに脳が諦めている。

 だから、三人がなにを言っているか、イマイチ理解できなかった。

「大丈夫じゃろ、のあは。かわいいからのう」「そうね。ノアは可愛いわ」「僕もそう思う」

「…………」

 そして沈黙が訪れる。

 おそらく、自分が受け答えをしなければいけないタイミングなのだろうけど、そんな余裕はない。でも、三人は自分の反応を待っている。だから、静寂が生まれる。

 沈黙が破られた数分後。

 教室には、厳しい現実と焦燥だけが残っていたのだと思う。




「「「「時間っ!!!!」」」」




 青春イコール苦悩。

 そんな格言を引っ提げて、自分は廊下をひた走るのだった。



 


【あとがき】

 なんだか、ノアがヤンデレ臭を漂わせ始めていますね。

 けれど、ノアはヤンデレになれるほど力が強くありませんので、なりきれはしないのだと思います。ヤンデレって強くてなんぼですからね。精神的にも、物理的にも。


 皆さんはヤンデレ、好きですか?





 私は程度によります。

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