〖waiting〗Surrender never Surrender
【まえがき】
というわけでアリス編の続きです。
今回は最後まで一気に投稿ということで、少し遅れました。流れるように書いたので、もしかしたら一気に読まないと難しいかもしれません。行間を読めないように構成していますので。
では、どうぞ。
「あなたって意外と泣き虫なのね」
「泣きたくなったのじゃ」
嫌味を込めて微笑んだつもりが、その淡泊な答えに飲み込まれて、しみじみとした空間が生まれてしまった。泣き虫は泣きたい時に泣いたりしない、という皮肉で返されたのかもしれない。
そう思えば、あたしのセリフのバックには、嫌味にも勝る気遣いがあったのだと思う。今あたしの胸に顔を埋める少女にとってみれば、お節介にはならないのだろうけど。
逆にあたしからすれば、球技大会の真っ最中、しかも最終決戦という大舞台である校庭のど真ん中で、抱き合いながら泣きべそをかかれているというこの状況こそが、お節介だった。そんなに包容力のアピールをしたいわけじゃない。
「もう大丈夫でしょ。そろそろ離れなさいよ」
「ああ、急に涙が……」
「凍らすわよ」
冗談半分のつもりが、少しだけあたしの手から冷気が漏れる。同時に「冷たいのじゃ」という一言が、サクラの口から洩れる。
そう言えば、屋上で拘束された時から、あたしの凍結魔法の能力は格段に上昇したのだった。こうして無詠唱の内に発動すると、なんとなく、【魔法】が意志の力を反映しているということに納得できる。
【魔法】が意志の力を反映するということは、だ。
「あとでいくらでも抱きついていいから、とりあえず今は離れてくれるかしら。すごい見られてるから」
「見られると恥ずかしいタイプかのぅ?」
「見られるのは嫌だけど、今はそういうのじゃないわよ」
「汗臭かったかのぅ?」
「そんなことはないわよ。ただ、早くしないと、学校が大炎上するかもしれないってこと」
「大炎上……? ああ……、恋人かの」
いくら【魔法】の破壊力が軽減されているからと言って、空間の温度が上昇するあの感じでは意味がない。この試合会場のどこかで応援している、一番熱心なあたしのファンの【フレイム】の前では。
心無しか、校庭の気温が高くなっている気もする。
「そう、恋人よ。だから、さっさと離れなさいよ」
「なんじゃ。ケチじゃのう」
「別にいいわよそれで」
「…………」
「何してるのよ。早くしなさいな」
「嫌じゃ」
背中に手を回して、きっちりとロックされる。
何なんだこいつは。
「は?」
「直揉みさせてくれんと、離さんのじゃー」
「そんなこと言ってると、死人が出るわよ」
「わしが創り直してやるのじゃ」
色んな意味を含んだ決め台詞を言い放つも、サクラの不謹慎に回避される。冗談で言っていないから、非常に恐ろしかった。
原子レベルで再構築された人間はどうなってしまうのかという哲学はおいておいて、あたしはこんなことをしている場合ではない。一番のファンのもとへ、一刻も早く駆けつけなければならないのだ。
「ここが焼け野原になるのが見たいのかしら?」
「む、むぅ……。確かに、それは嫌じゃ……」
「「だったら――」」
その仮定は、二人同時にだったと思う。あたしの言い訳の仮定は、サクラの代用の仮定に打ち消されてどこかへ飛んで行ってしまった。きっと、四次元空間の向こう側とかに行ったに違いない。
あたしの視界は一瞬にしてどこかの室内に変わる。空間が歪んだり、時差を体感したりはしない。
「ここならどうじゃ?」
「あなた本当に保健室好きよね」
周囲を見渡せばギャラリーの姿はなく、代わりに校舎の白壁が四方八方を取り囲んでいた。おまけに、泥臭さの代わりに消毒の匂いがした。さっきまでの歓声も、壁一枚を隔てたこもった音声に聞こえる。
これが【テレポーテーション】らしいわね。
「どうじゃ? ここならいいじゃろ?」
「あなたは、どれだけあたしの胸が揉みたいのよ。もっと大きい人なんていくらでもいるでしょ」
垂涎してまで、公言してまで、瞬間移動をしてまで、【魔法】を……使ってまで?
「勘じゃよ勘。絶対、柔いじゃろとな。あとは、良い反応をしそうじゃ」
「あたし恋人がいるって言わなかったっけ」
「そしたら、これは不倫じゃのぅ……むふふ。…………そいっ!!」
そうしてあたしは押し倒された。特別、情緒も感じなかったから、抵抗も何もしなかった。サクラは本気で揉みしだこうとしているのだろうけれど、それが嫌かと言ったら、そんな感じもしなかった。試合で疲れているせいかもしれない。
少し眠りたくて天井の一点を見た。
「脱がせてよいかの!?」
ああ。思い出した。
あの時の天井には、こんな嫌らしい笑顔はなかった。だけど、確かに、その天井は白かった。
紅茶色の髪の毛が視界をちらつくたびに、何となく懐疑心に駆られる。白塗りのキャンバスに、夕暮れ色の何かが飛沫しているようだった。でも本来あるべきは、破廉恥な紅茶色ではなくて、純粋で儚い漆黒のはず。
あたしの記憶の中にあった【一不思議】は、そう……。
――【魔法】だ。
ふと我に返って、長袖ジャージを脱がされていることに気付く。揉むだけなら脱がさなくてもいいのに、全く欲が強い。
あたしは、シャツの裾を撮んだサクラの手を、軽く握って止める。
これがあたしの最後の【一不思議】になるはずだ。
「どうしたんじゃ? 自分で脱ぐのか?」
「いえ。そのままでいいわ」
「ん……?」
反射されようがされまいが、これではっきりする。
この世界に発生した【一不思議】の正体が。
「【コンフェシオン】」
「むっ!?」
***
「三年生が優勝だったね。でも、惜しかったよね。まさかあんな戦術を仕組んでるなんて、誰も思わないよ」
「そうね。それをあたしに言うのは、嫌がらせかしら?」
一瞬だけ頭をよぎったそのセリフが、理性の制止を振り切って口から漏れ出る。
いつものようにじわりじわりと蝕む感じの毒ではなかったせいか、ルートは目をぱちぱちとさせて「ご、ごめん」と深謝する。
ルートとの隔たりを担っていたノアが、手をパタパタ振って必死だ。
「ち、違うよアリス! ルートはただ、残念だったねって……」
「そ、そうよね。ごめんなさい……」
また、発言の意図を抱く前に、口から言葉が出ていってしまう。言うべきか言うべきでないかの判断が、その後をついていく。
あたしは、素直に謝っていた。
顔が熱くなる。
言い放ってしまったことに責任が取れない。謝ってしまったのは仕方がないし、間違ってもいない。けれど、謝った後どうすればいいかわからない。
とりあえず、下校道の縁に視線を逸らせば、今度は気遣いが飛んでくる。
「ア、アリス? 大丈夫?」
肩透かしを食らったのか、ルートがそう尋ねてくる。
〔大丈夫よね? 大丈夫だわ。だから大丈夫と言いましょう〕と手っ取り早く処理を済ませると、その後に「ええ。大丈夫よ」と言葉が続いた。自白するより先に処理を済ませられれば、少しは言い訳がしやすいのかもしれない。
「倒れて保健室に行ってたみたいだけど、本当に大丈夫だった?」
「ええ。無論よ」
本当は保健室に行ってから倒れたのだけど。それも自損で。
そんなことはありえないはずなのだけれど。
[アリス……何か隠してる……?]
「そんなことないわよ」
「え? やっぱりまだどこか……」
「い、いえ……! いえ、大丈夫よ!」
声が裏返ってしまって、かえって怪しくなる。
別段、咎めるつもりはないけれど、事情が知りたくて横目で見てみる。どうやらノアは、下校道の縁を見ているようだった。
いつもなら、このまま様子を見ていただろう。
「ノア、どうかしたのかしら?」
「あっ、えっ、な、なんでもない!」
「あたしに隠し事はできないわよ。あたしも、隠し事はしないから」
何を聞かれても答える覚悟で、あたしはそう言う。
もしかしたらそれは、今だけの話なのかもしれないのだけど、あたしがあたし自身に興味があることは確かだった。
「で、でも……。言って、いいの……?」
「いいわよ」
ノアは、ルートの方を一瞥してから、もう一度「いいの?」と確認してくる。
あたしは頷いて、肯定の意を示す。
すると、ノアはおずおずと話し始めた。さっき思っていたことを、再び。
「アリス……何か、隠してる……?」
それはきっと、さっき知ってしまった事実のことだったりするのだろう。それはきっと、何かに勘付いているノアが知りたい事実だったりするのだろう。
あたしは首を横に振って答える。
「いいえ。隠してなんかないわ」
「本当?」
「本当よ。知りたいことがあるなら、答えるわ」
「う、うん。わかった……。じゃあ……」
世界を自分に同期した彼女が、どう出るか疑念は残るけれど、今あたしに選択肢はない。そしておそらく、時間も無い。
「アリス、【一不思議】知ってるよね……」
やっぱり、そう来たわね。
それは、以前にあなたが気付いた事実。あたしに疑いを持って、問いかけてきた言葉。場所も時間も違うけれど、抱く想いは同じに思える。
あたしは、はっきりと答える。今なら、【魔法】の力を借りて言ってしまえる。
「ええ。知ってるわ。そして、あたしも巻き込まれているのも、知ってる」
「やっぱり、そうだったんだ……」
「え? ええ? なに、何の話……?」
ルートが首を傾けて、こちらを覗き込んでくる。いつも通りの光景は、無視しよう。
「ノア。どこで気付いたのか、言えるわね」
「うん。で、でも、何となくだよ! アリス、最近、ちょっと変だった、から……あ! 変なんじゃなくてねっ、なんだろ……。た、大変そう……? だった……、感じ……?」
言い放って、俯いてしまうノアに、もう一度顔を上げてもらいたい。ノアの髪の毛についていた泥をさらりと払って、撫でるように言う。
「大丈夫よ。そんなことで怒ったりしないわ」
ノアは相変わらず、手に吸い付いてくるように懐く。
時間がない……気がする。ノアには悪いけれど、いつも通りの光景は今、必要ない。
あたしは「それで」と結論を急ぐ。
「どの辺が大変そうだったのかしら?」
「あ。うん、と……。たまに、頭が痛そうだった……とこ……」
「頭痛、ね……」
「うん……それでね。アリス、頭が痛くなったとき、変……じゃなくて! ……そう、不思議なこと、言ってたの……」
「不思議な事?」
縁の無さそうな友人が、首を突っ込んでくる。
ノアは、そちらの方を一瞥して、「うん」と頷くと、またあたしの方に向き直って続けた。少し悔しそうな顔をする友人が新鮮だったけれど、それは不思議でもなんでもない。
「アリスね、サクラさんって人のこと、知ってたの」
「え?」
一瞬、【時間が止まった】かと思った。
そんなことはありえないはずなのに、その言葉は異様な現実味を帯びて、あたしの脳を混乱させた。それはもう、時間感覚を麻痺させるほどに。
「ちょっと待ちなさい。あなたこそ、どうしてサクラを知っているのよ」
「え? だって、ノアは……あれ? なんでだろ……?」
[アリスが、サクラと、同じ×××……?]
ノアから伝わってきた声の音像が、急激に乱れる。左右上下の情報がごちゃ混ぜになって、それを情報として感じ取るための処理に、脳が追いついていない。処理しきれなかった分の情報は溢れ、痛みとしてあたしの意識を襲った。
そうだ。
このところの頭痛は、このノイズによるもの。あたしの持つ『知覚能力』が、【一不思議】と干渉して、エラーを起こしているのだろう。
あたしが体験するはずのないノアの体験した【一不思議】の中では、あたしにとる『ふつう』も『ふつうでない』ことになる。逆だって同じ。それでいて、あたしの『ふつう』がまだ、この世界に留まっているという矛盾を、解消することはできない。
ただ。
それも、あともう少しで、第三者によって終焉を迎える、ような気がする。
「ア、アリスッ!?」
「ノア、保険の先生、呼んでくるっ!」
知らぬ間に視界は地面で覆われていて、どうしても立ち上がることはできなかった。ノアの『願い』が叶ったあの時ほどの重さはないにせよ、いつものように立ち上がり、生活することがこれ以上ないくらいに億劫だった。
ルートとノアの声が遠のいていく。保健室に行ってしまったのだろうか。
目を閉じると、だんだん、周囲の状況が掴めなくなってくる。音も光も何もない空間に、放り出されたような感覚に陥る。
言うなれば、『願いの夢』に酷似している、ということか。
しかし、似ているだけで同じものではないとも言えた。そこだけはかなりの自信がある。
違いを挙げるとするならば、第一に頭が痛い。第二に、黒い。
そして、最後に。
「大丈夫か? 随分と草臥れておるようじゃが。……だが、やはりお前さんは面白い繋がりを持っとるようじゃな。どんなことを試しても、お主らは絶対に不思議に気付く。毎回毎回、ひやひやさせられるわい」
女性の声がすること。どこかで聞いたことのある、懐かしい声が。聞いたことはないはずなのに、どうしてか思い出せる優しい声が。
声の主が誰かわからないけれど、頭を撫でられている感じがする。そういう声色なのかもしれないけれど、なにかしら、心地がいいわね。
「疲れたじゃろ。試合、頑張ってくれたからのぅ。わしは、今度こそ勝ちたかったんじゃが……仕方あるまい。いくら自分に都合の良いルールで縛ったとて、抜け道はあるからのぅ」
何年ぶりかしら。頭を撫でられたのは。
下に見られている感があったから拒んでいたけれど、これほどまでに落ち着くものなのね。ノアが懐くのも納得だわ。
「次こそは、絶対優勝するのじゃ。わしはまだ諦めんぞ。それじゃ、お休みなのじゃ」
あれ? ここ、道路の真ん中だったわよね。こんなところで眠りについたらニュースになるわ。自分の身も、両親の面目的にも、色々と危ない気がする。
まぁ、でも。
このまま眠るのもいいかもしれないわね。
ここ最近、全然眠れていなかったから。単に新しい環境に気疲れしているからなのか、あの子があたしの部屋に越してきたからなのか、どちらにせよ睡眠不足気味なのよね。
まったく。キスなんて、毎晩するものじゃないわね。
あの子が落ち着くからってしているけれど、あたしは全然落ち着けないじゃない。
たまには、頭を撫でたり……って、それは何か変ね。
ああ。
眠くなってきた。
久しぶりに、良い夢が見れそうね。
起きた時、あたしはその夢の内容を覚えていないんでしょうけど。
【あとがき】
道路のど真ん中で眠りについたところで、今回は終了です。
アリスはやはり鋭いですね。元々の洞察力と、ノア&ルート知覚能力の前にはもはや敵無しですね。
さて。
そろそろ真実が見えてきましたね。
これをどうやって解決に導くか、見ものです。
お楽しみに。
次回は本編に戻ります。




