〖exile〗建前の春、僕と桜は。
【まえがき】
最近、音楽制作の方に力を入れていて、作文の方がお座なりになっていました。
なんていうんでしょうね、改めて自分の文章を読み返してみて、「うわぁ、この人中々良い文書くなぁ」ってなるのです。
これって、だんだん衰えてるってことなんでしょうか?
毎回なるので、見るたびにあほになっているということなのでしょうか。
文才の血が流れているはずなのに、残念ながらクオーターのハーフでは薄すぎたようです。
本編でございます。
体育館。
真剣が空を切る冷たい音を聞きながら、休憩気分で床に腰を下ろしていると、さっきまで先輩の指導を受けて燥いでいた彼女が、意味を同じく僕の隣に座った。
「ふぅ……」
彼女の吐いた溜息は、いまだ部活動にいそしむ先輩方の身振り素振りに切り裂かれて、響かなかった。
かろうじて僕の耳には届いていたけれど。
「お疲れさま」
「うむ。……なんだかお前さんはあんまり疲れとらん様子じゃのぅ」
「そんなことないよ。結構休み休みやってたから、疲れてないだけだと思うよ」
「そうかのぅ」
少し訝しげに首を傾げる彼女の息は、落ち着いていて深い。ついさっきまで刀を振り回していたとは、到底思えない。
彼女の運動神経について称賛しようかと意気込んでいた僕の脳内は、その彼女の称賛によって打ち消されてしまう。
「さっきから思っておったんじゃが、やっぱりお前さんは運動神経がいいのぅ」
『さっき』とは、野球のことだろうか。それとも、テニスだろうか。もしかすれば、バスケかもしれない。でも、どれも今日が初体験だった。
それに、その感想は、僕にも述べる権利があった。
「そ、そんなことないよ。サ、サクラさんの方が慣れるの早いし、全然上手だと思う」
「ん。サクラ、でよいぞ」
即座に訂正される。
僕の称賛のその後を知るには、彼女の呼び名を改めるしかないと思った。
「じゃ、じゃあ……。サ、サクラ……、の方が、絶対上手だと思うよ」
少し仰々しくなる。
アリスやリズの時は、呼び名よりも先に関係性が構築されていたので、特別の情緒は感じなかった。けれど、サクラの場合は、順序が違った。
なんだろう。恥ずかしいというか、不安というか、とても背中がむず痒い。
「むふふっ。そんなに緊張せんでもよいのじゃ。わしは、呼び方一つで他人を決めたりせんから」
「う、うん。わ、わかった」
どうやら僕の称賛は、緊張と呼ばれた感情の起伏によって流されてしまったようだ。
一憂していると、突如として、先輩たちがフォーメーションを変え始めた。コミカルで奇妙な動きと、厳格な趣のある黒い袴とのギャップが面白く見えて、少し笑えた。
それでも床は冷たいままで、温まるまではもう少し時間がかかりそうだった。
「そうじゃそうじゃ。そう言えば、自己紹介、授業で少ししただけじゃったのぅ。休憩がてらに、好きな食べ物の話でもせぬか?」
温める時間をもらえるようで、安心する。
僕は、せっかくの会話のチャンスを逃してたまるかと、心の中で意気込みつつ言う。
「僕の好きな食べ物は、『和』の物かな。蕎麦とか、seuyuとか、そういう……って、あれ? サクラ、僕の話聞いてる?」
もしかしたら、あまりに数奇すぎる好みに呆れ返ってしまったのだろうか。『和』を好むという好事家は、そういう宿命にあるから仕方ないのかもしれないが。
静止したサクラの目の前で「おーい」と、小刻みに手を振る。
「はっ!」
どこへ意識を飛ばしていたのやら。でも、ちゃんと帰ってきた。
目に生気が戻ったサクラは、何事も無かったように話を続けるのだった。
「そうかそうか! お主も『和』な食べ物が好きなのか! 嬉しくて、ついつい放心してしまったのじゃ!」
「あ、じゃあサクラも?」
「そうなのじゃそうなのじゃ! わしも、和食好きじゃぞ!」
なるほど、突然の活動停止の理由はそれか。納得である。
僕は、当然の納得だけではなく、そこはかとないシンパシーも感じていた。そのおかげで、少しだけ、ほんの少しだけテンションが上がったと思う。
「本当っ!? 『和食』自体、知ってる人がいなくて……、ましてやそれを好きな人なんて、なかなかいないんだよっ。うわぁ、まさかこんなところで会えるなんて……!」
思わず、唾を飛ばす勢いで熱弁してしまう。
それを迷惑そうにすることもなく、サクラは落ち着いた大人な調子で答えた。
「それはよかったのぅ」
「あ、ごめん……。急に燥いだりして……」
「良いのじゃ。自分と好きなのが同じ者を見つけたら、わしだってワクワクするからの」
うんうん頷きながら理解を示すサクラの横顔に、少しだけ取扱注意の不安を覚える。
僕は、ワクワクついでに会話の延長を試みる。
「他に好きな物とかある? 別に食べ物以外でもいいよ」
「そうじゃのぅ……。山登りとか、結構好きじゃぞ」
「ほ、本当!? 実は、僕もなんだ!」
自分でも高揚しているのがわかるほどに、テンションが上がってきた。
迫真過ぎて、逆に、話を合わせようと必死になっているように見えなくもないのが、なんとも惜しい。
僕の自信の無さを気にも留めず、サクラははきはきと合いの手をくれる。
「そうなのかの? なんだか、わしらは気が合う気がするのぅ」
「もしかして、星を見たりするのも好き?」
自信の無さを誤魔化そうと、勢いに任せて聞いてみる。
なんだろう。
『好き』と答えてくれる確信があった気もした。
「星、かの……?」
「うん、星。さすがにそれは違ったかな」
サクラは首を横に振りつつ言う。
「それはもしかして、星と括るよりは『世界』とかそういう種類の話じゃないかぇ?」
「そ、そうそう!! まさか、サクラも……!?」
「好きじゃよー。世界はどうやってできたんじゃろとか、世界はどこへ向かっているんじゃろとか、そういうのー」
「すごいね! こんなに好みが合う人、初めてだよ! まるで――
『運命』。
リズや母なら、間違いなく迷いなく、その言葉を選んで言い放っていただろう。
確かに僕も、同じ言葉が一番に浮かんだ。
けれど、すぐに口に出すことはできなかった。
僕にとる『運命』というものは、すべての策を講じた果てにあって、引き返すこともそれ以上進むこともできない、言わば『終焉』のようなものかもしれなかったから。
僕とサクラの“未来”を変えるこれからのことを考えると、そういった不安要素には敏感にならざるを得ない。
だとすれば僕は一体、どんな言葉を選択すればいいのだろうか。言いえて妙な表現はなんだろうか。
『巡り合い』だと、別段言い添える必要も無くなってしまう気がする。『宿命』、『天命』にすると今度は、雰囲気が重すぎる。『邂逅』では、以前に一度会っていなければいけない。『再会』も同じ。
出会うべくして出会ったような、偶然が重なりすぎて必然になったような、そんな現実を受け止めて、僕は何と言葉を紡げばよいのだろう。
これほどまでに、『運命』という言葉の汎用性の高さを憎んだことはない。
精一杯に場を濁す言葉を探して、口をパクパクさせていると、サクラはふと僕の顔を指さした。
「運命、じゃの」
「あ、うん。え?」
『ズバリ正解じゃろ?』というしたり顔に困惑して、僕は思わず首を傾げてしまう。
心を読まれたのではなく、言葉の繋がりから推測されたということ。サクラ情報網が素晴らしいスペックなのではなく、その単語の汎用性が高すぎるということ。
僕はそれに対する反駁を目でもって訴えながら、彼女の言葉の続きを待った。
「はぇ? 運命、と言いたかったんじゃろ? 違うのかの?」
「う、うん。まぁ、そうだよ」
得てして反論する言葉を持っていなかった僕は、ただ頷くことしかできない。
なんとなく、サクラに脅迫されているような気分になる。
それはなんというか、まさに、『運命』づけられた敗北のようだった。
「そいじゃ、次の部活見学に行こうかの」
少し薄暗くなった外を一瞥して、サクラが立ち上がる。
そんな暗澹たる外気を映したような無表情でいる僕は、座ったままだ。
「ま、まだ回るの……?」
「当たり前じゃ!」と腕をバタバタ、ぴょんぴょんと二度ジャンプ。まだまだ元気な様子。まるで子供だと言ったら、どんな顔をするだろうか。気になりはするけれど、彼女が小柄な体格をしているのが災いして、なんだか子守をしている気分になる。
でも、僕がそう大人ぶる度に、彼女の口癖が確かな違和感を生むのだった。
〈とても若い老人? とても老けた子供?〉
もう少し的を射た表現はないだろうか。
「ほれほれ、早うせんか」
そう言って彼女は僕の手をぐいぐいと引っ張る。僕はそれに対抗することもせず、ただただ、その引力の働くままにいる。
「ちょ、ちょっと待って! まだ道着着たままだから!」
「脱がすの手伝うのじゃ」
「け、結構ですっ」
愛くるしい強引さとでも言うべきだろうか、その無邪気な我儘に嫌悪感を抱くことはない。それは幼い子供のあどけない手つきでもあり、﨟長けたる老婆の熟練された温かい手つきでもある、そんな気がした。
今のこの関係や状況に慣れてしまったら、僕みたいな小心者はもしかすれば、いいように扱き使われてしまうかもしれない。
「遠慮はいらんぞー」
白くて細い彼女の腕が、袴の投げにするりと飛び込んでくる。
遠慮をしていないのは彼女の方だった。
「い、いや、大丈夫……って、ちょっと! それ、道着じゃないとこ掴んでるよっ。あはっ、あははは! やめてやめてっ、くすぐったいって!」
「むふふっ。ほれほれー」
なんとなくわかった気がする。
考えなしに任せてしまうのは怖いけれど、何かを期待して何となく頼ってしまう。そして、もし失敗してしまっても、愛嬌として許容してしまう。
それは、まさに“妹”のそれと同じではないだろうか。
「や、ちょっ!? 誰かっ、助けてぇ……」
「変な声を出すでない。こっちまで……変な気分になるじゃろ。むふふふふ……」
リズ一人でも結構いっぱいいっぱいなのに、こんな妹が増えたら大変だろうな。
そんなことを考えながら、僕は拒否の意を示しつつも、されるがままでいる。
汗で湿った花の香に、僕は内心ドキドキする。生活感にシンパシーを感じる。
手の届かないところにあると思っていた存在が、少しだけ近くに見えた気がした。
そして多分、僕は満足しているのだ。
「ね、ねぇサクラ……」
「なんじゃ?」
身体を弄っている彼女と、弄られている僕との距離はほぼゼロ。互いに抵抗も無い。それなのに、どうしてか隔たりを感じる。
瞳に熱や力が無く、笑顔に真意が感じられない。どこか事務的で、上辺だけの愛想笑いを浮かべている、そんな感じがしてしまう。
会って間もないから確かなことは言えないし、今のこの密着度がサクラにとっての適度な距離感だとも思う。けれど、サクラという女の子を一日見ていたらきっと、この凄まじい落差に、誰もが違和感を抱くのではないだろうか。
そんな身勝手な不安を払拭しようと、僕はその表情の鱗片に触れてみる。
「どうして、こんなことするの……? それも僕なんかに……」
申し訳程度にオブラートに包んで聞いてみたが、そのオブラートが綻んでいたことは、言ってから気付いた。
サクラは手の動きを止めて、真っ直ぐな瞳に僕の姿を映す。さっきまでの、疲れを感じさせない一挙手一投足が無くなり、辺りは刀剣が空を切る滋味豊かな渋い音に埋もれてしまった。
焦りから零れてしまった僕の疑心暗鬼を際立たせるように、サクラは乾いた言葉で淡々と会話を繋いでいく。
「別によいじゃろ」
「……いいの、かな」
「いいのじゃ」
「僕でいいの?」
「お主がいいのじゃ」
「どうして?」
「んー?」
「…………」
「そうじゃのぅ。強いて言うなら……」
「うん」
「特に……」
「特に?」
「理由はないのじゃ!!」
「ちょっ!?」
荒唐無稽にも再開された手の動きは、初めよりも一段と荒々しくなっていた。
でも、まぁ、少し強烈な妹だと思えば、この戯れも可愛いく見えるのかもしれない。何より、サクラという存在に対しての今のこの気持ちがあれば、別段困ることなどない気もする。
〈昔のリズみたいだな。友達に、なりたいな〉
「ま、ままま、待って待って! あっ……やめっ…………」
もう少し仲良くなったら、注意したり叱ったり、もしかすればあの偽りの表情の理由も聞くことができるだろうか。偽らなくても、笑えるようにしてあげられるだろうか。もっと、楽しそうな瞳でこちらをみてくれるだろうか。『運命』ではなく、『必然』だと語り合えるだろうか。
そうしたらきっと、友達になれるだろう。
ただ、そんなつっけんどんで水臭い話はおいておいて。
「ぬはははは! くすぐったいかー!」
とりあえず、今は。
楽しんでくれれば、それでいいな。
そう思った。
【あとがき】
サブエピは意外と書くの楽しいです。物語とそこまで関係のない話を書けるので、自分のやりたいことを表現できる場所ですからね。
まぁ、小説家になろう自体そういう場所なんですけどね。
ルート編はここまでにして、次回は初の『ノア編』行きたいです。
ルートはこの後どうなるのか、少しばかり想像してお待ちください。




