〖never die〗愛想アヴェクトワ
【まえがき】
安堵と解決のノア編後半です。
アヴェクトワ~。
時間があったので、メイドに混ざって料理を作ろうと思った。
すると、アリスが一緒に作りたいと申し出てきた。
さすがにアリスに作らせるわけにもいかないと思ったので一度は断った。四名のメイドたちも、「お嬢様、恐れ多いです!」と口を揃えて婉曲的に遠慮していた。
しかし、折れなかった。
アリス参戦後二十分で、メイドたちの遠慮の意味が分かった。
「う、うるさいわね。別にいいじゃない!」
「うん。いいよ。ノアが……作って、あげる……」
「それは……そうね。ありがと、ノア」
アリスの前では“含み”も含みとして伝わらない。だからと言って素直に披瀝できるほど、自分の心は丈夫ではなかった。
露呈する羞恥心を必死に誤魔化そうと、配膳された夕食に視線を飛ばした。
大きなテーブルに並んだ料理の内、四分の一はアリスの料理、また四分の一は自分の料理だった。半分はメイドということになる。
メイドたちは調理師の免許を持っているらしく、片付けや盛り付けに至るまで抜かりない手際の良さだった。配膳された食事の配置も、色使いと取りやすさに十分の配慮がなされている。
比べて、自分で作った料理には圧倒的に色味が少なかった。
牛肉とジャガイモの煮物の色、椎茸だけ乗った茶碗蒸しの色、生姜とソースで炒めた豚肉の色……。
出汁とか素材の味に気を配り過ぎて、見た目がとても地味になってしまったようだ。
「そんなことないと思うわよ。食べれば誰だってわかるわ。ノアが、どれだけ心を込めて作ったのか」
「……そ、そうかな」
アリスが作ったのは本日の主食、オムライス。
上に被せる卵焼きが、チキンライスほど上手くいかなくて少し不格好になっているけれど、アリスの一生懸命さと気持ちはたくさん伝わってきた。
アリスの両親のものには『アホ!』と書いてある。
アリス自身のものには別段何も書いていない。
そして。
――ハートマークが一つ。
これは、そういう気持ちと受け取っても良いのだろうか。
「うふふっ。そんなことより、あなたって料理が上手いのね」
「あ、ううん。いつも作ってるから、作り方知ってるだけ……」
お世辞とわかっていても、褒められるととても嬉しい。
帰りの遅い母のために、毎日料理を作っていた甲斐があったと思える。
「さっきね、味見してたメイド長がべた褒めしてたわよ。『この味、一体どうやって……?』とか」
母は書置きでしかお礼の言葉をくれない。会えば多分、何かしらの言葉はかけてくれるだろうけど、会えないのでは意味がない。
でも、きっとその言葉は、自分の娘に対して投げかける、とても敷居の低いものなのだと思う。
思えば、母以外の他人に褒められたことは、無かった。
称賛の声を貰って、どうリアクションすればいいか、全くわからない。
でもアリスは、ただただ微笑んで、雪みたいに白い柔らかい手で頬を撫で、褒めてくれる。
「お、お世辞だよー……」
喜んでいいのか、悦んでいいのか、歓んでいいのか、慶んでいいのか、わからない。
けれど、嬉しかった。
それは多分、称賛も何も関係ない。
触れてくれた、ただそれだけのことに、心が躍る。
全てを知る目の前の人は、理路整然と言葉を紡ぐ。
それがまた、日常を作る。
「ふふっ! どうかしらね。あのメイド長が他人をほめるこ――
「ただいま帰った」「今、帰りました」
――っと、帰ってきたわね。あとは臨機応変に頼むわよ、ノア」
午後八時を回った今、普通の家の、ごくごく自然な流れなのか。
それすらも判然としない自分が、他人の家の普通の流れを壊しても良いのだろうか。日常は自分だけのものではなく、人それぞれに存在しているのもなのだ。そこに勝手に干渉して、非日常を演出しても、良いのだろうか。
いや、良いはずはない。
でも、今白旗を振ることは、信じてくれたアリスを裏切ることになる。
そんなこと、絶対にできない。
「アリスは帰っているのか?」
「はい。お嬢様はお帰りになられています」
廊下に響く足音が近づいてくるごとに、鼓動が速くなる。
手の震えを抑えようとアリスの服の裾を握りしめるけど、感じる悪寒には力及ばず対処できない。
だから、ただただ俯いて、アリスのことを思い浮かべることに努めたい。
「ただいま帰った」
「あら、お帰りなさい、パパ」
「アリス。パパではなくお父様と……」
見られている気がする。
尋常じゃないほどの威圧感が、頭頂に突き刺さる。
今顔を上げれば、圧倒されて逃げ出してしまうかもしれない。
「アリス。どういうことか説明しろ」
きっと、次の一言ですべてが決まる。
その瞬間、これからの自分の配偶が決まる。
「説明、ね……」
ルートが丸一日かけて考えてくれた作戦を、今ここで。
それは稚拙極まりない作戦だと言われるかもしれない。
でも、万全を期して、本来の目的から大きく逸れてしまうよりは、断然マシ。
「友達じゃなければいいのよね」
安全策を安全策を……と繰り返すうちに目的が霞んで、いつのまにか進むことが目的になってしまう。
成功を掴んだアリスの両親がそうであるように、それはきっと悪いことではない。
けれど、進むのはアリス。
「ああそうだ。だから、さっさと家に――
「恋人よ」
――はあ……。お前は何を言っているんだ……? 意味の分からない冗談はやめろ」
思わず脱力したような気の抜けた口調で、脅される。
アリスは一度「ふっ」と鼻で笑って、言い返す。
「冗談? 冗談なんかじゃないわ」
両親がしようとしているのは、アリスの進み方を指定するものではないと思う。
道を照らそうと手を尽くしているのでもない。
「いい加減にしろアリス!! 認めないと前も言ったはずだ!!」
通う学校も、付き合う人も、着る服も、行動も、気持ちも、何もかも決められて、アリスはそれを達成するだけで、成功が保証される。
それは目的地を決めてしまっていること、なのだと思う。
ゴールは確実にあるのに、別のマスをゴールにしてしまっているのだ。場合によっては、出た賽の目の先をゴールにするということもあるかもしれない。
でも、アリスはもっと先に進みたいと言っていた。
自分は、それを応援したいと思った。好きな人が叶えたい願いを、一緒になって叶えたいと思った。
ただ、それだけだった。
でもそれは、下を向いていてはできないこと。
「いい加減にするのはパパの方よ! あたしの欲しい物一つわからないなんて、そんなのパパ失格よ! あたしの欲しい物は縁談じゃない! 高い洋服じゃない! こんなに大きなテーブルじゃない! 無駄になるほど大量の食物じゃない! 最初から明るい道じゃない!」
顔を上げよう。
どれだけ厳しくて、苦しい現実がそこにあったとしても。目も耳も心もすべて塞ぎたくなるような、残酷な光景が目の前に広がっていようとも。
隣で声を大にして自分を叫ぶ好きな人がいれば、どんな恐怖にだって立ち向かえる気がするから。
自分は、アリスを応援したい。
今までずっと、応援されてきたから。それで、好きになってしまったから。
これはきっと、自分に課せられた責務だ。
いや、そうでなくてもこの気持ちが、臆病な自分を突き動かしてくれる。
「あたしの欲しい物は――
立ち上がったアリスがこちらを一瞥して、深呼吸を一つする。
アリスは頷いて、また、話を進める。
――あたしの欲しいものはあたしが決めるわ! いい!? よくみてなさいよ!!」
「ちょ、ちょっと、アリ――んムッ!!??」
擡げた顔に、アリスの顔が飛び込んでくる。
胸のときめきが体を駆け巡るより速く、そのお返しをこちらから求めるのよりも早い。
額でもない、頬でもない、もっともっと敏感なところ。訪れた柔らかさと心地よさを、共有できる場所。
[ああ……]
それ以上を望むには、経験と時間が不足していた。
けれど、それ以上でも以下でもない目の前の現実を、今、狂うほどに愛おしい柔らかさと、懐かしくて大好きな匂いだけで、感じていた。
すぐ離れたくなくて、ずっとこのままでいたくて――そんな思想いを、開放された心に反芻する。
それに呼応して体が熱くなっていく。それに反応して体の自由が利かなくなっていく。
とても心地が良くて、今まで感じてきた劣等が、報われる気もした。
一つ一つ、現状を顧みてみる。
もう、すごかった。
語彙能力も不足していた。
「…………」
二人、愛を感じる中、場違いの初々しさが周囲に呈されていく。
でも、それは、誰が見ても一律、絶対に、確実に、百パーセント――。
『キス』だった。
妄想の中でだけ相手をしてくれるはずの人が今、現実で、してくれている。
こういう時は多分、目を閉じるのが正解だろうけど、できそうにない。
初めて視界に入ったアリスのお父さんも、どうやら開いた口が塞がらないみたいだ。アリスのお母さんも同じに見える。
[アリス……。泣きそう……]
今、泣いてしまったらアリスとの約束を破ることになってしまう。
どれだけ惜しくても、それは自分が許せない。
だから、[もう、大丈夫だよ]と思った。
「ふあ……。…………ア、アリ、ス」
息継ぎ目的で離れた自分の口から、かろうじて呼名が聞こえてくる。
心の声が漏れ出るとは、きっとこのことなのだと思った。
「あ、あたしは今、この子が欲しいわ! 認めないと言うなら、縁談なんて金輪際受けないわ!」
それはきっと、一人の少女が犬を拾ってきて、親に許可を貰うのとそこまで違いはない。
犬はただ、聴いている事しかできない。
ただ、大好きなご主人の愛を信じて。
沈黙。
アリスは一歩も引く気はない様子。両親もまた、呆然と立ち尽くしているだけで、一進一退はない。
テーブルに並べられた手つかずの料理は、どこか空しさを漂わせ、場の空気を常に窮屈へと収斂させる。その中で、動揺を隠そうと必死のメイドたちは、両親バーサス子供という試合のレフェリーを務めるよう、部屋の四隅を固めていた。
テーブルの中央で高貴を演出する蝋燭の火が、プレッシャーを受けてゆらゆら揺れる。
「もういいわ。これ以上待っても仕方なさそうね」
味方であるはずなのに感じていた圧迫感は、その言葉を境に消滅する。
緊張していた空気が、一気に緩んでいく。堰き止められていた呼吸の波が再開されて、突然、肩が楽になる。
でも、またアリスが口を開けば、場の空気は力のかかった弦の様にピンと張ってゆく。空気も重く、息もし辛い。
「あたしの気持ちは絶対に、決して、断じて、変わらないから……、明日にしましょうか。ほらノア、パジャマに着替えてもう寝ましょ」
場の空気同様、アリスにされるがままであった。
手をぎゅっと握られて、強引に連れられて、居間を後にする。
去り際、アリスのお父さんの顔を見たけれど、明日が不安になるだけだと思って、すぐ目を逸らした。
×××
初めて手を引かれて歩く。心が温かい。
前を歩くその人に、母の影を見る。ドキドキする。
自分の布団と同じ、大好きな匂いがする。胸がきゅんてなる。
繋いだ手に汗が滲む。……恥ずかしい?
[あれ……? もしかして、アリスも緊張してた?]
「流石にするわよ」
アリスの声は少しだけ震えていた。誰もいない静かな廊下だからよくわかる。
両親の圧力に耐えて、自分の意見を述べること。それがどれだけすごいことなのかはわからない。
けれど、キスされて恍惚に浸りながら半分気を失っていた人間と違う、ということはわかる。
きっと、アリスは戦っていたのだ。
そんな、愚か者のために。
「違うわ。あたし自身のためよ」
「……本当?」
気を遣ってくれているのではないだろうか。
「ああもう、面倒ね。あたしの考えてることも伝えられれば便利なのに」
それはノアもお願いしたいくらいだけど、「でもそうするとプライバシーが……」と言下に否定されると、複雑な気持ちになる。
確かに、プライバシーはアリスによって侵されている。
でもそれは、自分で臨んだ『願い』なのだから、後悔はない。むしろ『自分のことをアリスに知ってもらう』ことができて嬉しい限り。
「あら? あたしはあなたのことなら前から何でも知っていたわよ?」
「……そ、そうかも」
手作りのゲームで一緒に遊んだり、衣服を譲ってもらったり、髪の毛を梳かしてもらったり、頭を撫でてもらったり、同じ布団で寝てみたり、すべてを共有したり……。
過去にしてきた会話が、痴話言に思えてきて恥ずかしくなり、顔を手で覆いたくなる。
[もらって、ばっかり?]
「そんなこと、全然気にしなくていいのよ」
「で、でも……」
考えても見れば、『自分のことをアリスに知ってもらいたい』という『願い』も、アリスからもたらされるものである。
普通、人から何かを貰ったら、お返しをするものだ。
自分がアリスに何かをあげたことはあっただろうか。
必死で自分の記憶を検索するけれど、望んだそれは見つかるはずもなくて、ただ、我儘な自分に対する嫌悪と、存在ごと負担してくれているアリスへの罪悪感に苛まれるだけだった。
「はぁ……」
そんな罪悪感は、アリスの溜息によって、一刀両断された。
手を繋いで先導してくれていたアリスが不意に立ち止まり、振り返った。
そして、握る手を片手から両手に増やして、さらに距離を縮めてくる。
「ノア。あたしはあなたに色々貰ってるわ。それも、一生かからないと返せないくらいのものをね」
「……ノアが?」
これほどまでに、アリスの心を知りたいと思ったことはない。
それを知ることが出来れば、同じことをして、一生をかけて、返せるから。
「それって、なに……?」
「うふふっ、あなたにしかできないことよ。それは簡単に見えて難しい、でも、とても大切なこと……だと思うのよ……って、何恥ずかしいこと言ってんのあたし」
簡単そうに見えて難しい。
でも、とても大切。
そして、恥ずかしい?
…………。
何をすればいいか、わかった。
[よ、よしっ]
ここからは他のことを考えて、カモフラージュしよう。
そうでもしないと、恥ずかしくて、今度こそ腰を抜かして倒れてしまうかもしれない。
「……ね、ねえアリス」
「何かしら……ん? そういえばあなたシジミが好きだったわね。明日はシジミ料理を作りましょうか」
好きな食べ物に隠して。
「目……。目を……」
「目? ええそうよ。確か、オッドアイって言うのよね。ルートはコンプレックスだと言っていたけれど、全然綺麗だし、本当に羨ましいくらいよね」
青と緑。あの人の瞳の色に隠して。
「目、目を閉じてっ」
「え? ええ……? な、なによ。何する気よ」
「……お、お返し。誕生日の……」
「まだ何もあげてない気がするけど……、まぁいいわ。……はい、閉じたわよ」
もう、限界。
[ええいままよっ]
当初の狙いとは三十度ほど逸れて、頬の一番柔らかいポイントへ。ついさっきアリスがしてくれたものと比べると、二段ほど格が低い。
でも、その等級によって幾分か羞恥も相応のものになる。
案外弱かった達成感のおかげで、次への意気込みが生まれてくる。
そして、一生を賭ければきっと返済できるだろうと、感じたその温かさにほんの少しだけど溜飲が下がる。
「……もう、いいよ」
目を閉じて、静止したままだったアリスに一言添える。
[あ、あれ?]
「ア、アリス?」
添えられた言葉に気付かないのか、アリスは目を閉じたまま口を開こうともしない。
もしかして、してはいけないことをしてしまっただろうか。
そして、嫌われてしまっただろうか。失敗して、しまっただろうか。
「あら? もしかして、これで終わりなのかしら?」
「…………お、怒ってる、よね……」
「ええ。もちろんよ」
楽園から一転して地獄へと叩き落されるような絶望を味わう。
恥ずかしくて熱くなっていた体も一気に冷めて、銀世界の吹雪の中で凍えているような感覚になる。
「ごめ――」
「もっと、してくれないのかしら?」
その言葉に救われて――掬われて、また、温かい家に連れてこられる。
「浮かれたり、滅入ってみたり。心が不安定ね」
「ア、アリスのせい……だもん」
アリスの匙加減で、すべてが決められる。
そのことに、これ以上ないくらいの愉悦を感じる。
「マゾヒストなのね、ノアって」
アリスが微笑みを浮かべながら、右の頬を指で小突いてくる。
笑ってくれて嬉しい。
触れてくれて嬉しい。
「な、なんでもいい、もん……!」
アリスさえ傍にいてくれれば。
言わずとも伝わる、この気持ち。
「でもあたし、女なんだけど」
「ア、アリスは……アリスだよ」
今も昔も変わらない。
そしてきっと、これからも変わらない。
「あたしはあたし、か……」
アリスは、窓に近づいて、真っ黒な闇の帳をバックにしてガラスへと自分の姿を投影していく。
一面の銀世界が、アリスの髪を輝かす役を申し出るのなら、心を明るく照らす役には是が非でも立候補したい。
自分の黒では、黒すぎる夜の闇に飲み込まれてしまう。
飲み込まれて、息が出来なくて、寒くて、どうしようもなくなって、立ち止まるしかなくなる。
けれど、アリスの影でなら――アリスの隣でなら、自分が持っている黒でも、息ができる。
窓に自分の姿を映して、光の横に並ぶ。
弱すぎるほどに淡い自分の色に、少しばかり自信を失う。
でもきっと、それがアリスを一段と引き立たせる。そして、そこに映っている自分は、それを望んでいる。
だから今度は、自分からアリスの手を握った。
「アリスは、アリスだよ」
その影に、自分がいる。
影は、どこまでもついていく。
「そうよね。ありがと、ノア。その言葉、救われる感じがするわ」
「うん。アリスも、あり……がとう」
とりとめのないやり取りが、尊い。
それは、今までずっと感じてきたことと同じだった。
「でも、あたし恋愛とかしたことないんだけど。どうすればいいかとか、わからないわよ。しかも女同士なんて、尚更よ」
「それは、ノアもあんまり、わかんない……」
それはこれから知っていければいいと思う。
それまでは誰よりも傍にいて、お互いがお互いのことを想っていればいいと思う。
そんな日常を、これからも続けていければいいと思う。
「そうね。その辺のことはルートの妹が詳しそうね」
「そ、それもいいけど……。…………二人で、見つけたい、かも」
「ふふっ、そうね。じゃあ、寝ながら考えましょうか。あたしたちのこれからのことを」
「うん!」
体が冷えてきたことが伝播したのか、ちょうどいいタイミングでアリスが手を引いてくれる。
でも、心の中にある一抹の蟠りが、窓枠の自分をそこに留めさせた。
「……ねぇ、アリス。ノア、約束、ちゃんと守ったよ」
いつまでも、思想う。それは、不確定要素。
ずっと、思想う。それも、不確定要素。
大好きなアリスのことを。これは変わらない、確定要素。
「あら、欲張りね。でも……いいわ、ご褒美をあげる。あなたの誕生日プレゼントも兼ねて、あなたの願いを何でも聞くわ」
そこで撫でてしまったら、当初のおねだりの意味がなくなってしまう。
でも、気持ち良いからいいかも……、なんて気にもなる。
「せっかくなんだから、もっと欲を出していいのよ」
願いが叶う。アリスが叶えてくれる。
それは、叶わない『願い』が叶うよりも、遥かに嬉しいこと。
「そ、それじゃあ……」
空を飛びたい?
アリスのところへ行くことにしか使わないなんて、恥ずかしい……かも。
賢くなりたい?
アリスと同じ学校へ行った後はきっと、もう、不要だ。
お金持ちになりたい?
けれど、今、自分の心は、幸せで満たされている。
未来を予知したい?
見えるのはきっと笑顔だけだと、今は信じられる。
過去をやり直したい?
でも、多分、同じ道を辿って、今に戻る。
進むべき道を決めたい?
それはもう、見つけている。
「何かしら?」
それは簡単そうに見えて、難しい。
「こ、これからも……ずっと……」
でも、大切。
「ずっと……ノアと、一緒に……」
そして、少し恥ずかしい。
「一緒に、居て欲しい……」
「ふふふっ。意外と欲張りなのね。もちろん……いいわよ」
心を読まれた。
でも……、それでも構わない。
「それじゃ、とりあえず」
名前を呼んでくれたから。
必要としてくれたから。
「誕生日おめでと、ノア」
いつまでもどこまでも、ついていく。
いつまでもどこまでも、すき。
△▲△▲
[……生まれて初めて、人に必要とされた]
愛で満たされることで、それを実感する。
[……嬉しい]
言葉にしなくても、伝えることが出来る複雑な感情。
[大好き……]
言葉にならなかった感情は、全部まとめて微笑みになった。
【あとがき】
ノアと言う子は、一人称がノアなのでそのまま書くと諄いです。
なので文章化には少し工夫して『自分』という表現を使ってみました。
意外としっくりきますね。
百合百合した雰囲気、感じていただけましたでしょうか。
次は本編に戻ります。
多分、次で最後です。




