〖tomorrow〗繋結アバンチュール
【まえがき】
ノア編にしてみました。
ノアは中二病という設定なので、サブタイトルはちょっとそれ風にしてみました。響き(けいけつあばんちゅーる)と見た目(繋ぐ+結う)を組み合わせた造語、趣深いですね。
ちなみに、アバンチュールはフランス語です。
〖〗サブタイトルなので、読まなくても話は繋がります。
ただ、今回はサブエピが長くなってしまったので二つに分けました。と、いうことは、こちらを読んだ場合は次のサブエピも読まなくてはいけません。
結構長い(1万文字程度)ので、「うわぁ眠い……」と言う人は、思い切って飛ばしてください。
今回は百合成分かなり多めです。
ではどうぞー。
[……生まれて初めて、人に必要とされた]
それも、大好きな人に。
[……とても嬉しい]
この気持ちを言葉にするのには、ちょっと学が足りない。
[大好き……]
言葉にならなかった感情は、全部まとめて涙になった。
△▲△▲
二月十七日。
今日は休日。
いつもなら、アリスが喜んでくれそうなゲームを創作したり、アリスのことを思い浮かべながらアリスの絵を描いてみたり、アリスの夢を見られるよう願って仮眠をとっているところ。
ゲーム、絵、勉強、運動、人間関係、お母さん……。頭の中の引き出しはよく整理されている方だと思う。
でも、どこを開けようと必ずアリスもついてきてしまう。
目的のものからそれだけを取り外して引き出しに戻せば事が済むのに、できない。
そして多分、[もったいない……]とか[せっかくだから……]みたいなおまけ的感情のせいではなかった。
そう。
言うなれば、それを引き出してしまった瞬間に、目的だったものが“おまけ”になってしまう。
差出、収納を反復しているうちに、部屋は散らかってしまって、もう、設置した布団が片付けられずに万年床と化している。その代わりに、引き出しの中身は整頓されたけど。
同じもので埋め尽くされた、引き出し。
ちょっと不便だけど、自分の気持ちはとても見つけやすい。
[アリス……]
その気持ちは中でも大でもなく、そして、きっと小でもない。
引き出しを引いてはその中に手を伸ばす。
[好き]
あと少し。
あと少し引き出しが大きかったら、大きな気持ちもとっておけるのに。いつでも取り出して伝えることが出来るのに。
その人との間にある、現実と言う名の隔絶が、部屋を萎縮させてしまう。
[手を繋ぎたい……。ギュってしたい……。触れ合いたい……]
引き出しに入りきらない大きすぎる気持ちが、どんどん零れていく。
いつしか川の様になって流れ、どこかへ溜まって、それは違和感の海になる。
部屋に充満した狂恋の液体に窒息するのも、全然嫌じゃない。
でも、それだと、大好きな人が部屋に入れなくなってしまう。
だから、封を解いて、違和感の海へと合流させるしかない。
[キスしてみたい……]
創作したゲームで一緒に遊んだり、遅くなるまでお話したり、布団で温まったりして、海の温度が上がると、雲が出来て、また、振り出しの雨が降り出す。
そして、流す。
昔からずっと――好きになってからずっと、それを繰り返してきた。
だから、雪崩れていく時、どれだけ部屋が乾いてしまうのか、合流した後、どれだけ劣等感に襲われるのか、よく知っている。
[もっと……]
『痛いほど苦い』と言う単純な言葉では、到底表しきれないような、そんな二度と味わいたくない苦汁を、何度も舐めるようなものだった。
それでも、今までずっと諦めなかった。
いつの日か、この下らない『願い』が叶うよう、どうしようもない祈りが伝わるよう、素っ頓狂で馬鹿な想いが届くよう、信じて。
[もっと、先まで……]
「も、もう! わかったわよ! そ、そんな恥ずかしいことばかり思い浮かべないでくれるかしらっ。あたしだって……なぜか、こう、恥ずかしいじゃない!」
「……ごめんなさい。だって、本当……、なの……」
「これから入浴だっていうのに……全くもう。へ、変に意識しちゃうじゃない……」
「でもノア、お風呂、入らないでいいって――」
私服の胸元を軽く抓んで、羞恥心を露わにしてみる。
直接的なその意志表示だって、今のアリスにとればきっと『回りくどい』ように感じる、のだと思う。
「ダ・メ・よっ。もう少ししたらパ……お父様が帰ってくるんだから。不衛生だなんて、もう絶対に言わせないんだから!」
「……で、でも」
[……さすがに、裸は、まだ……恥ずかしい!]
「裸なんて、そんなの気にしないのっ。あたしなんて、毎日メイドに見られまくってるのよ!」
アリスは、「ほらほら!」と荒い手つきで衣服を脱がそうとしてくる。
中学生にもなって、着替えを手伝ってもらうのには、多分、好きな人の前で裸になる以上の恥ずかしさがあった。
「じ、自分で、やる……から」
「ふっふっふ。いいのよ、それで」
アリスがなんだか、いけない人みたいだ。
「何か考えたかしら?」
「な、なにもっ」
すぐに[好き]を降らせて、どうでもいい感情を流してしまおう。
「…………あ、あたしもすぐ行くから、先に行ってて」
「うん、わかった」
催促されて、浴場へと通じるガラスの扉を引く。
シャワーしか浴びたことのない者にとって溜まったお湯は、何だかとても不安だった。
もう少し狭くても良かった、なんてことを言ったらきっと、アリスに変態と罵られてしまう。
「あなた、本当にあたしのことが好きなのね」
「ブフっ!? ブブク、ブク……」
大人でも詰めれば十人は入れるほどの湯船に、今は、二人だけである。
タオルを湯船に浸けてはいけないせいで、今、平常心を保っていられるのはお湯が呈する白濁だけ。
「隠さなくてもいいじゃない。どうせもう、全部知ってるんだから」
「…………ぶく」
そう。
沈黙には意味がない。口籠るのにも意味がない。隠し事にも意味がない。
でも。だったら。
言葉にしてもいい。
「ノア、後悔は、してないよ……」
自分の決意が二人だけの浴場に木霊して、少し恥ずかしかった。
木霊の応えは、微笑みだった。
「ええ。知ってるわよ」
微笑みのアリスは、そう断言して距離を縮めてくる。
中央にいたから後退する余地は十分にあった……けど結局、端まで詰められてしまう。
「…………」
「あなたが何も言わなくても、あたしはあなたが言いたいことがわかる。今は……、『キスしたい』って考えているわね」
もう一度。
沈黙には意味がない。
ただ、即座に回答しないことで、この距離を心に反芻する時間を作ることができる。
「…………」
「あなたの[好き]は友達としてじゃなく、恋人としての[好き]……なのよね?」
ゆっくりと、でも確かに、頷く。
頭が傾くと、湯船の白濁の中で、アリスの抜群なプロポーションのシルエットが主張していた。
「…………」
「また、色々考えてるわね……。ふふっ、あなたも面白いわ」
複雑に入り乱れつつもすべて同じ方向へ行ってしまう、そんな感情を見抜かれる。
それに呼応し熱くなる感覚も、知られてしまう。
「…………」
「でもね」
吐き捨てるよう言って、アリスは隣へ移動する。
少し離れてしまったと残念がれば、すぐに、左腕に柔らかい感触がやってくる。
頭が沸騰しそうになるのは、お湯のせいだと思いたい。
「ノア」
端的で冷めたその口跡は、沸点を急に上げていく。
一人で舞い上がるのは、自分の悪い癖かもしれない。妄想癖があるとも言うのかも。
でも、少し冷静になった頭でなら、この沈黙も理性でもって断ち切れる。
「……な、なに?」
「あたしも……あたしのことも、知ってほしいわ」
「――っ!」
「あなたは『あたしに自分のことを知ってほしい』って『願い』を叶えたのよね」
「…………」
「もちろん信じるわよ。現に、あなたのことは、全部、何一つ逃さず伝わってくるもの」
「…………」
「でも、そんな一方的な関係は……、あなたとは嫌だわ」
「…………」
「だから、あなたにも、あたしのことを……」
「…………ぶ、ぶくっ」
そう。
この沈黙には……、意味があった。
「ちょっとノア!? 逆上せそうなら言いなさいよ!」
****
『アリスに自分のことを知ってほしい』
それが夢に託した『願い』だった。
アリスとすれ違ったあの日、家に帰って、対処しきれない不安と悲しみを背負いながら、声を上げて泣いた。隣人に注意されるまで、ずっと。
それからの行動はあまり記憶にないけれど、夢を見たのだから多分、寝てしまったのだと思う。
そう。夢を見た。
それも、この国の夢見る女の子なら誰もが知っている、あの都市伝説の夢を。
普通の人ならきっと信じなかったと思う。だけど、幼い頃からその伝説を疑ったことのなかった自分にとって、『願い』という単語は――『願い』が叶うという言葉は、狂うほど嬉しかった。
――ようやく、幸せになれる。
――今まで、ずっと、信じていてよかった。
初め思い描いていた『願い』は、『何度でも叶えられるようにしたい』だった。そうすれば何を間違えても、何かが欲しくても、すべて望みどおりになるから。
『アリスと仲直りしたい』と願えば、すぐに仲直りすることだって可能だ。重ねて、『お母さんが楽になれるだけのお金が欲しい』と願うことだってできる。取り返しのつかないことになってしまったら『世界をやり直したい』、誰かが死んでしまったら『蘇らせたい』、学校へ行くのが嫌なら『勉強をしなくてもいいくらい賢くなりたい』、寒くて外に出たくない時は『今日を休日にして欲しい』、夕食を作るのが億劫なら『豪華な夕食が食べたい』と願えば、すべては叶う。
少し思考を巡らせた。
叶わない『願い』を叶えられるのに、叶えられる願いすらも、その力に依存してしまっている気がする。でも、きっと、その概念すらも変えてしまえる。
おかしいと思った。
望まない現実を変えるのに、どうしてか、不必要な理由を探していたから。そうして見つけた壮大な理由と紐付けて、盛大な『願い』を率いていたに過ぎないから。
必要な過程全てを省略して、結果だけを手に入れるなんて、虫が良すぎるのにもほどがある。
ずっと与えられてきた苦痛を対価に支払って、『何度でも叶えられるようにしたい』という『願い』を叶えることは、釣り合っているのか。
有り得なかった。
誰一人の命も救えやしない、ましてや誰かの役に立つ能など持たない自分にはきっと、小動物一匹分の価値すらもありはしないのだから。
そういう結論が、出てしまった。
だから、自分に支払うことのできる範囲内で、『願い』を叶えることにしたのだった。
『アリスに自分のことを知ってほしい』
そう願った理由は二つある。
一つは、今述べた通り、自分で支払うことが出来ると思ったから。
『願い』のルールに則れば、『願い』の範囲は一つかすべて。
全てを選択すれば、自分のプライバシーを売ることになるから、少しくらいは等価に近づけると思った。
そしてもう一つは、怒りの感情から。
誕生日が忘れられているという事実が原因となった、今までになくはっきりとした感情だった。本当は違ったけど。
それら二つを兼ね備えていてかつ、都市伝説の夢を信じてきた自分を裏切らない『願い』がそれだったのだ。
****
「ノア、この服は、ちょっと……着れない、かも」
アリスの部屋のベッドで逆上せた頭を冷やした後、バスタオル一枚だったことに気付いて、着替えを要求した。
そうしてメイドの人が持ってきた召し物は、入浴前まで着ていたお気に入りの長袖Tシャツ&ジャージ長ズボンではなく、いわば、豪華絢爛そのものだった。
多分、アリスが言って聞かせたのだ。
「何よ。いいじゃない。よく似合ってるわよ」
ほとんど純白に近い仄かな水色のワンピースの上に、高級感のある装飾が施された温かみのある薄い桃色のボレロを着せられる。ワンピースにもボレロにも皺一つなく、プリーツが入っているところはきっちりと折り目がつけられている。ワンピースに柄はないけれど、ところどころに小さなリボンが付いているし、裾にはフリルがあって、とても可愛らしい。
衣服の良質さに加えて、アリスに高級石鹸で洗われたこともあって、肌触りは何も着ていないかのように快適だった。着てるけど。
「腕が、出ちゃってる……けど」
「そういう服よ。あたしが小学生の時の服なんだけど、なんだかぴったりみたいね。最近キツくなってきたからあげるわ」
「え」
[この服で、小学生? む、胸元が……少しだけ、緩い……です…………]
「わ、悪いよ……。ノアなんかには、勿体ないもん……」
「いいのよ。着れない服を持っていてもしょうがないでしょ。誰かが――ノアが着てくれた方があたしも嬉しいし、作った人も、服も、きっと喜んでくれるわ。まだまだ沢山あるから、あとで選定しましょ?」
今着ているこの服でさえも、自分が持っている私服と比べたら、比べること自体愚かな気がしてくるほど高級な、一流ブランドの物だ。
クローゼットの中にはきっと、貧しさとは無縁な高尚で格別の、同じような衣服がたくさんあると思う。
もしかしたらこの服は、その中でも末端的存在なのかもしれない。
けれど、その服を着た自分を見て思う。
[『服を着ている』じゃなくて、『服に着られてる』……]
でも。
それでも、アリスが似合うと言ってくれるなら、着たい。
それに、匂いが……好き。
「……うん。ありが……とう…………」
「よしよし。それでいいのよ」
そう口ずさんで、優しく髪を梳くように頭を撫でてくれる。
アリスは、貧民からすれば高級服に相違ない私服に身を包んでいて、何となく社交的で大人っぽい趣がある。その雰囲気を纏っているせいで、こちらは保護される子供の気分になってしまう。
ならばこのまま眼を閉じて、さらさらと髪がほどける心地の良い感触と温度だけを、心に反芻したい。
ずっと、ずっと……。
[ずっと、して……]
「うふふっ。ノア、犬みたいね。でも、もう少しでお父様が帰ってくるから、また後で。我慢できるかしら?」
「……大丈夫」
離れていく温もりを心で追う。
実感は出来ないけれど、アリスはきっと、追っていることに気付いて振り向いてくれる。
「ノア。一つだけ約束して」
「ん……」
振り向いてもらえるよう追いかけて、撫でてもらえるよう媚びて。
そう。アリスの犬になってもいい。
アリスの心の癒しになれるなら、何だってする。
「あの人に何を言われても、絶対に泣いちゃだめよ。きっとあの人は、嫌な言葉をかけてくると思う。でも、絶対泣いちゃだめよ」
言われ慣れているから大丈夫、という形の無い自信を掲げて、黙って頷くバカな自分がいる。
だからもう一度。
――アリスのためなら、何だってできる。
「心配しないで。あたしがついてるわ。……今度こそ、絶対に認めさせてやるんだから! 今度こそ天井を――」
「あ、あのっ」
ご主人様の意気込みを割いてでも、忘れずにしなければならないことがある。
それはきっと、どんな駄犬でも知っていること。
「ノア、頑張るから……」
[ご褒美、ください……]
「ふふふっ、もちろんよ。あたしのできることなら、何でもしてあげるわ」
また撫でられて、わんわん泣きたい気分になった。
【あとがき】
犬系彼女と猫系彼女どちらが好きか(もしくは彼氏ですね)……、最近よくその質問を耳にしますが、極論を言うと、「彼女(彼氏)にしてみたら○○系だった!」という方が正しい気もします。
これ以上は、鶏が先か卵が先か、言葉が先か意味が先か、みたいな話になりそうなので、終わります。
次回は今回の続きです。
あ。
当たり前か。




