Ⅴ Corruption nor Wealth
【まえがき】
“財産が増えるほどに、心の豊かさは減る”
サブタイトルは本当は“Corruption or Wealth are same ?”――汚職(崩落)と富み(裕福)は同じなのか?、みたいな感じでしたが、長いので切りました。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。アリスお嬢様。旦那様がお待ちです」
つい五分前までは天国。今は、その逆。
あたしは、学校のカバンをメイドに預けたりせず、自分の部屋まで運ぶ。
「お嬢様! 私たちにお任せください!」
「いいのよ。あなたたちも疲れているでしょう? あたしには気を遣わなくていいわ」
いつから建前になってしまったのだろう。
あたしが自分の荷物を自分で運ぶ意味は、できるだけ両親を避けるため、になってしまっていた。
部屋に荷物一式を置いて、居間に向かう。ノアの家なら目的地まで一瞬なのに、この家だとやたら長い。足取りが重いせいも、確かにある。
居間の扉を開けると、開口一番。
「遅いぞアリス。もう八時になる」
「それは、ごめんなさい」
何人用だよ、と言うくらい広いテーブルに、わずか二人が座っていた。あたしが混ざっても、あと五人くらいは食事の席に参加可能だろう。
喧嘩しているわけじゃないけど、多分その席には誰も座らない気がする。何とかは犬も食わないとは言うけれど、もしかしたら犬ですら座るのを拒みそうだ。
そんな席に、あたしは砂を噛むような思いを抱きながら、座る。
「今日も部活か? 大会はどうだ、勝てそうか? 最近学校はどうだ? 勉強の調子はどうだ?」
「あなた、そんなにいっぺんに質問しちゃだめよ」
「そうだな――
どの質問が来ても、「うん。大丈夫」で返すつもりだった。
けれど、どういうわけか父親が選択した質問は、それで答えられないものだった。
――あの小汚い団地にはもう行ってないだろうな?」
思い出したように言って、苦い顔をする。
あたしは心底ムカついて、目角を立てた。けれど、父親のその表情に冷めてしまう。
ああ。ノアに対する気持ちにここまでの差があるんだな。
そう思って、沸点みたいなものを超える前に、怒りが鎮まってしまう。良かったのやら悪かったのやら。
「行ってません。行かない約束だから」
あたしがまだ無邪気だったころ、あたしは両親を楽園に招きいれようとしたことがあった。あたしにとってあそこが楽園になったころだから最近かもしれない。
幸せの共有を、あたしはしたかっただけだったのだ。
結局、団地の奥に差し掛かったあたりで、両親は「不衛生すぎる」と毒を吐いて帰ってしまったのだが。
それ以来、あたしは楽園の出入りを禁止されていた。
そしてそれ以来、あたしは親が嫌いになった。様付けの呼び方にも、言霊に皮肉を乗せるようになった。
「そうか。ならよかった。今日は部活で大変だっただろう。それじゃあ食べようか」
「そうですね」
夕食は大抵、家族が全員揃ってから食べる。
普通なら望ましい家族の形なんだろうけど、あたしからすれば、『家族』と言う要素が少なくなり始めたから補うためにやっている、ように感じられた。
テーブルには、そのサイズに見合った、つまり家族に見合ってない量の食事が並べられていた。
「いただきます」
あたしは、メイドさんたちになるだけ迷惑をかけないように、手を付ける皿は少なく済ます。
けれど、母親も父親も、食べたいものを食べて食べたくないものを残し、豪遊の限りを尽くしているように見える。
そういうのやめたら? と言ったら、努力の報いだと言い返されそうだから、言ったことはない。
「そうだアリス。もう少しで卒業だろう? 進学先は国外の名門アカデミーにするということで担任の先生に伝えておいたから、しっかり勉強しておきなさい。でも先生は、アリスの成績なら余裕だと仰っていたから安心するといい」
「え?」
「そうよアリス。そこに入れば何にだってなれるわ。医者にも、社長にも、もちろん公安にもね」
「ちょっと待って……。あたしは国立に……」
両親の意識が高いせいで、あたしは昔から国立を決めていた。けれど、そこには資金面を考えてと言う理由もあった。
その心配がなくなると同時に、両親の目標はまた変わったのであった。
でも、直接先生に話を持ち掛けると言う話は初耳だ。
急過ぎやしないだろうか……あたしの安寧の、崩壊。
「国立に行くにはもったいなすぎる」「もっと上を目指せるわ」
「はい……。わかりました……」
家が裕福になるにつれ、あたしは確実に何か失っている。
息の詰まる食事の席を早食いで早々に切り上げて、あたしは部屋にいた。
壁掛け時計は午後九時を指している。時間が経つのが遅い。
両親のスタイルはあたしがどう頑張っても変えられない。そんなことを考えて挙措を失って手足を放り投げ、ベッドに転がっていた。
「なーにが『はい……。わかりました……』よ! 全然わかるわけないわよ! あたしは国立に行くんだから!」
枕に顔を突っ伏して、冬を感じて、冷静になって、何があたしをここまでさせるのか少し考えてみる。
今まで親に従ってきて、確かにあたしの人生は上手くいっていたのだ。
言われたことを成功に導くだけで、様々な人があたしを見てくれる、認めてくれる。だからあたしは、嫌なことでも我慢してやってきた。
そう。我慢して。
あたしが、嫌なことを嫌と認識して、それを我慢するようになったのは、最近のことだった。
それはもしかしなくても、自分のやりたいことが――進みたい道が、見えてきたからなのではないだろうか。
国立という道を、もう一度見てみる。
その進学が元々の目標であったとは言ったが、それがここまでのモチベーション維持に繋がっているかと言ったら、それは違った。
じゃあなんだ……ノアか?
確かにあの子はあたしの親友、いや多分それ以上だけど、あの子のために同じ学校を目指していると言うには少し厳しい気がする。
それは、言うまでもなくノアがあたしについてくるから。
じゃああれか。反抗心みたいなものか?
親と同じことはしたくないと。思春期にはよくあることだけれど、あたしは両親への尊敬を忘れたことはない。
ノアの様な状況から努力して栄光を掴んだ。その歴史は尊敬に値する。
けれど、少し勝手が過ぎる。
この間なんか、どこぞの豪族のご子息を連れてきて許婚協定まで結ぶ始末だ。レイルとか言ったっけ、あの男。
確か、あの男が通っていたアカデミーが、父親がさっき言っていた国外の名門校だったか。
多分、そこには何か繋がりがある。
また我慢すれば、成功するだろうか。明るい未来が訪れるだろうか。
でも結局、あたしは、言いなりになるのが嫌で――
〈ふう……眠いな、もう寝よう〉
〈……………………〉
〈はあ……。今日も、うまくやれてたかなぁ……。明日も、上手くやれるかなぁ……〉
〈でも、そんなこと考えても仕方がないよね……〉
そうね。考えても仕方がないんだわ。明日は明日の風が吹くって言うし。
ああでも、おかげで分かった気がするわ。
あたしはもっとあなたのことが知りたい。だから、同じ学校に行きたい。
結局、それだけのことなのよね。
だからあたしは頑張れるのよ。
あたしが頑張るのは、他の誰でもない、あたし自身のためなんだから。
【あとがき】
親の期待に応えようとするのは、子供の本能のようなものらしいです。
どれだけ親が憎くても、最後は孝行してしまったりするのです。
それで「自分のためだから」なんて、100%ツンデレじゃないですか。
そうしますと、世の中には結構ツンデレさんがたくさんいますね。
いえ。
みんなツンデレなのかもしれませんね。
人類オールツンデレ。
ツンデレ好きは歓喜ですね。




