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Ⅲ Cold and Hot

【まえがき】

 “曲学阿世は弱者である”

 夏に長袖を着て、冬に半袖を着る――それが常識だとしたら、誰もがそうするのでしょうか?

 いいえ。

 きっとまた誰かが反対して、世俗に抗うのでしょう。

 それがパラダイムシフト。




 

 


「最近寒いけど、外での部活は大丈夫なの?」

 放課後になって掃除も終わり、部活へ向かう時間となっていた。

 外では雪がチラついていて、その影を見るだけでも二の腕の裏から全身へと悪寒が走っていく。

 活動を始めてから体が温まるまでが辛いこの時期、運動部としては正念場だった。一応は部活のエースだから休むわけにもいかないし。

「大会が近いから、休むことは出来ないわ」

 ただ、あたしはそんなことよりも、今日帰ってくるらしい父親に会うのが嫌だった。

 時々刻々と迫る自然の流れを呪いながら、鮮やかに応対する。

 あたしは結構、感情に融通が利いた。

「バトン部は、どこでもできるからいいわよね」

「まあね。でも、活動自体がそこまで盛んじゃないから、休みの時も多いよ。多分今日も、寒いから練習休みだし」

 ルートが所属するバトン部(ほぼ帰宅部)は確か、体育館横の大倉庫で練習していた。

 あそこは日照時間がほぼゼロだから、確かに寒い。

 そうは言っても、あたしたちカーリング部だって半分外のようなものだ。

 アイスリンクという名称で呼んではいるけれど、可動式の天井が凍結のために故障して二日に一度くらいしか動かせないので、開きっぱなしになっているのだから。

 さらに、雪が降り積もるとストーンの滑りが悪くなるので、リンクの上から水をかけて、また平らに削らなければならない。削っている間にも雪は積もるし、ユニフォームは薄いしで、結構な苦行になる。

 リンクを整備する係りの人がいるかと言うと、そこまでの予算は出せないらしかった。

 部員総出で氷を削っている光景を見て、さらに自分もその一人だと、家からメイドさんを派遣したい気分にもなる。

 それに比べたら、体育館の倉庫はマシに感じるけど。

「アリスは本当にすごいよねぇ」

「すごくなんかないわよ。言われたことをやっているだけだから」

 そう。

『こんな寒い中部活なんて嫌。早く家に帰って遊びたい』、というのがあたしの本音だった。

 あたしのいう『言われたことだけやっている……』というのは、『言われた通りにしているから何でもできる』のではなくて、『言われたことしかできない』ように父から色々なことを制限されているからだ。

 期待に応えようと努力をするのはあたし自身の意志であったとしても、あたしが今まで習得してきた『特技』の中には、やりたくないものだってかなりあった。

 だから、成し遂げた結果以外を見てくれない父は、あたしにとって嫌悪の対象だった。

「でも、結果として出来ちゃうんだからやっぱりすごいんだよ。アリスは」

 ルートは首を横に振ってそう言うのだった。

 でも、その様子に父の幻影を見ることなどない。

「たくさん頑張ってるんだよね」

「…………」

 ルートはあたしのことをちゃんと見てくれているから。

 だから、あたしもルートのことをちゃんと見てあげよう。

 最近になって、よくそう思う。

「それじゃ、行くわね。また明日」

「うん。頑張って。また明日」



 ルートと別れて、アイスリンクへ向かう。

 道中、また視線を浴びる。放課後は部活へ急いでいるふりができるので、そうする。

 カーリング部は女子と男子が別の場所で練習することになっているので、部活もそれなりには落ち着ける場所となっている。

 作戦を伝える、アドバイスをする、といった事務的な内容ではないことを話せる相手だっている。

 少し熱血なのがネックの可愛らしい少女だ。

「先輩! こんにちは!」

「あらリズ。今日は遅いのね」

 ルートの妹にあたるはずなのだが、性格がまるで似ていない。

 石橋を叩いて渡るような心配性な性格をしているルートとは反対に、妹のリズは、今にも落ちそうな吊り橋を積極的に渡るような、そんなアグレッシブな性格をしているのだ。

 女々しいルートをさらに女の子っぽくした風貌なんだけど、なんだろう、あざといというかなんというか、仕草や言動すべてに『キュート』な成分が含まれている? そういう感じだろうか。

「今日は日直でした。遅れてすいません!」

「いいのよ」

 積極的に話しかけてくれるのは嬉しいけれど、熱いものが苦手なあたしにとってみれば、少し気が重い。

 リズがルートの妹であるという事実から、あたしとの関係性は容易に想像できるはずだけれど、それをあまり言うとリズが可哀想になってくる。

 なので、あたしはこの子のことを気に入っている、と言っておくことにする。

「先輩! 今日も一緒に帰りませんか?」

 この子は昔から何を考えているのか掴めなかった。根底にあるものはいつも同じような気がするんだけど、毎回違う顔で接触してくるせいなのか、この子自身に何か迷いがあるのか、兎にも角にも難しい子だった。

 一つ確かなのは、あたしのことを好いていることくらいか。

 まあ、付き合いも長いし、好きでいてくれることは嬉しい。

「別にいいわよ」

「ありがとうございます! じゃあ、今日も校門で待ってますね!」

 女子カーリング部の部室にはあたしたち以外にも何名か部員がいて、教室の半分くらいの広さだから当然、互いが互いの視界に入ってしまう。

 だから、誰かが誰かとくっつけば、それだけ部室内の空気から浮いてしまうことになる。

 密着することでできる微妙な空間がまた、それをやんわりと醸しているようだった。

 やっぱり、熱すぎるのも問題かもしれない。



     ***



 大会用のユニフォームから制服に着替えて部室を出る。

 鍵を閉める係になっているので、部室をでるのは常に最後だ。

 約束通り、校門で待つリズの元へ向かう。

 最近はリズと一緒に帰っているのだが、大丈夫なのだろうか。少なくとも部活では非難の的になっているのを、あたしは知っているのだ。

 あたしのせいではない……いや、あるんだろうけれど、「私がかわいすぎるばかりに!」みたいなナルシズムはあたしには無いから、そこは常に否定したい。

「待たせたわね」

「待ってないですよ! 行きましょう!」

 いや、部員の数名が話し込んでいたせいで長引いたのだから、待っていたに違いはないのだけど。

 どうしてすぐにばれてしまうような嘘をつくのか、あたしはそんなことよりも白雪に凍える彼女を心配していた。

「ひゃぁ! せせ先輩、大丈夫ですって! 自分でひゃりましゅからぁ……」

 突然マフラーを首に巻いたせいで畏縮してしまったのか、いつも饒舌のリズが一転、黙る。

「いいから。頭の雪くらい払わせなさいよ。それとこれも……、ほら……。呂律が回らなくなるほど寒かったのなら、あたしなんか待たずに帰ってもよかったのに」

 顔が真っ赤になっているが、この寒さのせいだろうか。マフラーに顔を埋めるあたり、本当に寒かったとわかる。最近は手袋じゃ足りない。

 本当に謝りたくなってくる。

「…………」

 罪滅ぼしになるのか、あたしにリズの心はわからないけれど、あたしの心は『やれ』と訴えている。

「ちょっと、こっち向いてくれるかしら?」

「な、なんでしゅか?」

 あたしは手袋を外して、温まった手でリズのほっぺを両側から挟んだ。ひんやりを通り越して、ツンと冷たい。

「どう、かしら?」

「あたたたたたたたたかいです! ありありありありがとうごじゃいましゅ、アリしゅ先輩! 今日は顔を洗いましぇん!」

「それはちょっとやり過ぎよ――


 〈今日のご飯はイカ墨シチューだ……。リズ早く帰ってこないかなぁ……〉


 ――ふふふっ」

「先輩、どうしたんでしゅか?」

 ほっぺを挟まれているせいで、パ行の破裂音が掠れる。

 あたしはそれで少し笑って、「思い出し笑いよ」と御託を並べておいた。

 フィックだったかフーリエだったか、そんな名前の物理法則に則って、あたしの手の平の温度とリズのほっぺの温度が次第に近くなってくる。

 急に離すのもあれかと思って「大丈夫?」と訊いて、頭が縦に触れたのを確認してから、リズの頬から手を離した。

 手がまるで家に帰るみたいに手袋に潜っていった。

「先輩、ありがとうございます。いつも優しいですけど、今日はいつもより優しいですね。何かいいことでもあったんですか?」

「いえ、むしろその逆くらいね。そんなことより、この道までよね?」

 いつの間にか別れるところまで到達していた。

 リズは二度三度周囲を見渡してから、肩を落とした。

「先輩、このマフラー……」

「いいわよ。あげるわ」

 この寒い中待っていてくれたのだ。お礼にもならないかもしれないけれど、首元くらいは温めてあげたかった。

「でも……」と遠慮するのを押し切って、あげた。凄く嬉しそうだった。マフラーをもらってそんなに喜ぶかってくらい喜んでいた。

「今日の夕飯、イカ墨シチューだってルートが言っていた気がするわ。寒いから、早く帰って温まりなさいよ?」

 言った直後、リズは猛ダッシュで家への道を駆けていった。

 一気に距離が離れてゆく必然に、心が空しく泣いた。

 二人でいる時なら、寒いと言う理由づけもできるし、くっついてくるのも許容できるのに、リズはそうしない。

 その理由の詳細は知る由もないけれど、なんとなくわかる概要もある。

 あたしのこの感情はきっと、リズの持っているそれとは、質を異にする。

 離れていく距離を感じて悲しく思うこの心は、自分の方ばかりを向いていたから。

「マフラーなんかじゃ、足りないわよね……」

 あの子の純粋な想いに応えるためには、あたしもあの子の方を向かなければならない。ぶつかってくるあの子を受け止めなければならない。

 あたしに、そんなことができるのだろうか。

 進むべき道すら見いだせない、大事な人を救う方法もわからない、ぶつかるのが怖い、そんなあたしに。

 愛の意味もまだ分からないあたしに。



【あとがき】

 マフラーっていいですよね。

 長いやつを二人で巻くのもいいですし、普通のもあったかくていいです。


 マフラーを貰うのって、嬉しいですよね。

 私は、それが手作りの新品であるよりも、使い古されている方が、何となくあったかい気分になります。好きな相手なら尚更ですよね。ビンテージギターとかほら、そんな感じですよね。


 男性の方は、後ろ側に先っぽを二つ垂らせば『忍者』っぽくなれますね。

 あれも、また風情です。

 


 マフラー……。

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