犬飼颱の暴走Ⅶ
「――!!」
たとえば。
なにかに夢中になっているとき。
いわゆる集中した状態のとき――人は自分の世界に入って戦うことになる。
試合前のイメージトレーニングも、自分の世界を具現化するための一種の手段であり、精神を乱さないように統一をはかっているわけだが。
それが強固であればあるほど、より良いパフォーマンスが発揮されていくわけだが。
大胆に逆転して考えてみれば、相手を自分の世界に引き込めればまさに最強である。
それは嗟嘆がとっていた戦法に、否応なく酷似してしまうのだけど、可能であれば無敵であろう。まな板の鯉と戦うようなものだ。
そしてこの技は。
自己の精神感応にも成功している、桜乃舞子――。
彼女にこそふさわしいのかもしれなかった。
ただし……。
犬飼颱に一瞬で異変が起きた――わけではないし。
犬飼颱は一瞬で我に帰った――わけでもない。
そんなご都合主義ではない。
ずっとずっと前から、欲張り詐欺師が気づく前から、彼女は歌っていて。
犬飼颱もちゃんと聞いていたのだ。音としてではなく、振動として。
空気を媒介として伝わる振動に、嫌というほど気をとられながら、集中力を削がれながら、振動として聞いていた。
もちろん気体を操作しやすくするために、である。
なのになぜだろう。
「なんでこんなに切ないんだ?」
ただただ聞き流していたはずなのに。
涙が止まらない。
「うっ……。ぐっ……」
悔しい。泣いている自分が悔しい。
なんで泣いているんだ?
このままじゃ、自分の限界を知る前に……。
能力が――とけてしまう。
この考えが。
犬飼颱によるものか婀崇姆出嫗朱によるものかは定かでないものの。
彼は――
一心同体の『彼ら』は――その場にひざまずいていた。
【無理だ。もうこれ以上は、無理だ。戦えない】
理由はわからないけど――戦えない。
そんなことよりも彼女の歌をもっと聴きたい。
たくさん、浴びるように聴きたい。
それだけで、良い。
もうすでに、意識が薄弱としているが……。もっ……と……聴き、たい。
こうして。
桜乃舞子以外の全員は、死んだように気絶してしまったのである。
彼女がそのことに気がついたのはもう少し経ってからのことだった。




