困惑する少年と挑戦する少女
【イタズラを仕掛けてやろう!】
「颱、ちょっと待って、座って……」
彼は不審そうに、うかがうというよりは、疑うように用心深く着席をした。
ドキドキドキドキ……。
舞子は自分の心拍数が上がっていることを確認したくなってきた。なんなら、これから首筋に手をあてて、脈拍を計測したいくらいだった。それくらいの緊張感。
だんだんと胸が、息が、苦しくなってくる。
大きく息を吸って、肺に空気を送り込む。
いざ、決行のとき。
「目をつぶったまま、動かないでね」
颱は指示通り目を閉じた。
舞子は口がかわいて、からからになっていた。
舌をだして、颱の鼻先を舐めると、
「クリームが鼻にもついてたよ。気をつけてよね」
しぼりだすようにいった。
案ずるより産むが易しで、終わってみると、案外あっけなかった。
「…………」
無言、無表情、無反応。
無視、無神経、無警戒。
颱の――
驚いているのか、すましているのか、
責めているのか、なめているのか、
怒っているのか、喜んでいるのか、
さっぱりわからない顔をみて、舞子はスルーされたのかな、と不安になった。
【さいわいほかの客はいないし、店員さんもみてないし……、おそらくみてないだろうし。これならば赤面はするけど、穴があったら入りたいとは思わないな】
舞子が納得しかけたとき、
「お前は犬か! ひとの顔をベロベロ、ベロベロ舐めやがって!」
颱が大声でいうので、店員さんも思わず苦笑した。
舞子は若気の至りというよりは、汗顔の至りだよ、と自身の行為を恥じていた。
だから恥ずかしさのあまり、犬飼颱を殴ってしまったのはものの勢いである。
無言の圧力。
主に女子は――なにかを得たことよりも、なにかを失ったことに敏感に気がつくという。だから饒舌で、話題が尽きない颱がなにも話さなくなったとき、舞子は内心で焦燥を感じた。
無言の圧力に屈服せざるを得なかった。
「ごめん、あの……、さっきのは、不可抗力というか」
「不可抗力、ね」
足をとめて舞子をにらみつける颱。少々物憂げにもみえる。
「ああいうことをされるとさ、その気になっちまうんだよ、男って……。正直、いまはなにをいっていいのかわからない」
「そっか」
舞子は鼻と鼻がくっつきそうなほど接近して、颱の肩に手をのせると、
「こういうことをいうの、初めてだからさ……、緊張するけど……」
彼女はいった。
「愛してる」
目をみ開いて、言葉を探す颱。
舞子はそれを阻止するように、犬飼颱の唇を奪った。
…………。
それは一瞬だったかもしれない。
ほんの、わずかな、一刹那。
それでも初体験らしく、脇の下に汗をにじませたり、足をガクガク震わせながらも、キスをした――桜乃舞子。
「俺も……」犬飼颱はふらつきながらも、「愛してるよ」と、目をそらしていった。彼は嬉しさと恥ずかしさで、目をみられなかったにちがいない。