怠ける少女と虫生の教育方針
この日は朝から大雨だった。
颱が河川敷にて、予想していた天気予報は、見事に的中した。
そして舞子は、彼の予報が的中したことに喜んでいた。べつに犬飼颱の予想があたったから喜んでいるというのではなくて、むしろ雨が降ったという結果に満足していた。
雨の日が好きだというのはなんだか稀有な話かもしれないが、彼女にとっては恵みの雨だった。
というのも――じつは所属する吹奏楽部の部長からメールが届いていたのだ。
『晴天時には屋上で早朝練習を開始致します。ご理解ご協力ご参加のほど、よろしくお願い申し上げます。また雨天時は中止となりますので、ご了承願います』
文面こそ、尊敬語、丁寧語、謙譲語と用いられているが、部活動自体は運動部のそれとほとんど変わらず、上下関係は年功序列制度で、先輩には絶対服従であった。
だからもし晴れていたら、朝のダルい時間帯から練習開始だったのだ。
「いよっしゃ、寝れる」
ニタニタ笑みをこぼしながら、惰眠をむさぼろうとしたところで、クラスメイトの山女魚皐月が声をかけてきた。
「おはよう、舞子。宿題やって来なかった?」
「おはよう、皐月。ちなみにさっきの質問は、宿題やって来た? と訊くのがベストだよ」
「その調子だとやって来なかったみたいだね。やっていたら、むきになって反論するもんね」
舞子はおっくうそうにうなずいて、
「やってないよ、やるわけないじゃん。最近はゆとり教育が是正されつつあるから、宿題の量も増えて手がまわらないよ」
「大丈夫。代わりに目がまわるから」
「忙しくて、目がまわるってこと? あはは、上手いね」
「あれ、舞子の場合は頭がまわらないんだっけ?」
「まわってますー」
「じゃあ、あれできる? 英語の宿題で、和訳するやつあったじゃん」
「できませんー」
「ほら、できないじゃん」
「まあいいよ、英語の担当はムッシーだからさ。小言をいわれるだけで済むし」
ムッシーとは、虫生英語教諭のあだ名である。
「けどさ、ムッシーは陰険だからさ、内申点とかでガッツリ点数ひいてるらしいよ」
「大丈夫。真面目にやろうが不真面目にやろうが、通知表による私の授業態度のらんは、いつでも最低ランクにされてるから」
「わかる。それある」
皐月は顔をしかめて、
「教師ってやつらはさ、とにかく不平等で不公平で不必要で不親切で不正確で不誠実で不安定で不謹慎で不注意で不愉快で不用意で不義理で不合理で不条理で不適切で不徹底で不十分で不満足で不完全で不健全で、個人的ないわゆる私見を持っていてさ……、とにかくウザくない?」
「そんなに、まくしたてるようにいわれても困るよ。殺し文句なのか脅し文句なのかそれともただの愚痴という意味合いを含んだ文句なのかわからないけどさ。落ちついて」
「ごめん、取り乱して」
皐月はあやまった。
時計の針は、朝学活の時間を示そうとしている。
そしていつものように、授業が始まる。
教えるものと教えられるもの。
教師と生徒。
はたして教師達はなにを教えようとしているのか。
舞子らには想像もつかないが、会社や社会なんていうのは、相手に与える印象が全てである。実績よりも内申点が幅をきかせ、成果よりも性格がものをいう。虫生英語教諭はそれを伝えようとしていたのだった。
目的のない教育など、存在しないのである。




