辺流負壊寤唹瘻の瑕疵
「ふむ、今日はこれくらいでやめておこうか。うまい話だ」
犬飼颱は、旧体育館の壁にもたれかかるようにして、部僂是武舞をみた。彼は息ひとつ切らしておらず、平然とした様子であった。
「ぐっ……!」
両手を使わずに脚の力だけで立ち上がろうとするが、犬飼颱の脚力が足りないのか、体力が残っていないのかで起き上がれない。
そんな颱をみかねて、
「全然うまくねえな。風来坊のやつが、なにをどう教育したかは知らねーが、まるで基礎がなってねー。悪いがこの調子だと嗟嘆を相手取っただけで、戦う前に死ぬことになるぞ」
萬捫は手首の縄をほどいていく。
「だったらよー、基礎ってやつを教えてくれよ!」
噛みつく颱など眼中にはないとばかりに、
「部僂是武舞、辺流負壊寤唹瘻、婀崇姆出嫗朱。めし食いにつれてってやるから、支度をしろ」
「おお、そいつはうまい話だ」
「嬉しいー! ありがとう萬捫」
婀崇姆出嫗朱は対人恐怖症ではあるが、人並みに外出をすることはできる。苦手なのは一対一で、コミュニケーションをとることなのだ。
そんなわけで喜んで支度をする、食いしん坊と不器用な恋愛感情を尻目に、
「私はここに残ります。この子達にお昼ご飯をつくってあげたいですし……」
妖艶家政婦――辺流負壊寤唹瘻はいった。うなだれている犬飼颱と、心配そうな桜乃舞子を置いていくことは出来なかった。
「あー、そう。べつに良いけどな。それじゃあ適当にこいつらの面倒をみてろよ」
「いわれずとも、そのつもりです」
辺流負壊寤唹瘻は、凜とした態度を崩さない。
しかし、颱のほうはまだ子どもだったようで、
「おいおい、ちょっと待てよ。俺もめし行きてーよ」
と、駄々をこねている。
「お前はバカか! 俺達はお前の友達じゃねーんだよ。だれがつれていくか」
そのまま出口へ向かっていく萬捫を、颱はにらみつけることしか出来なかった。
「それにしても……なんでここに残ったんですか、辺流負壊寤唹瘻さん」
昼食の準備を手伝いながら、舞子は訊いた。
「あだ名で気軽に呼んで下さい。辺流負壊寤唹瘻なんて、長い名前だし……」
照れくさそうにそう答える彼女。頬がすこしばかり緩んでいた。
「いいんですか、辺流負壊寤唹瘻さん。ベル……フェ……ゴールさん。ベル……フェ……ゴールさん」舞子は妖艶家政婦の名前を口ずさみ、ネーミングを考えながら、「ゴールさんでどうですか?」
「良いですね、気に入りましたわ。これからはそのように呼んで下さいね」
「ありがとうございます。ゴールさん」
ところで――と。
話題をそらす舞子。そらすというよりは、元に戻した感じだが。
「なんでお昼を食べにいかず、ここに残ったんですか? 明らかに損なポジショニングであることは否めませんよね?」
少女の疑問に、女は正直に答える。
それはね。どうしようもない話なんだけどね。
妖艶家政婦――辺流負壊寤唹瘻。
悪魔界序列第六位は――、
舞子の質問をきっかけに、昔を振り返りながら話し始める。
過去に未来を縛りつけられた、彼女の過去編――題して、過保護編。
いよいよ、スタートである。




