少年少女と空白の思い出
桜乃舞子は授業を休んでしまったせいで、吹奏楽部に顔を出すことがためらわれていた。だからメールで病欠を告げて、ひとりぼっちで下校をしていた。
通い慣れた色のない通学路。
歩くだけで楽しかった優しい道が、いまは厳格な寂しい道にみえる。
楽しくないというか――
彼との思い出が強すぎて、ぽっかりとあいた空虚な穴のように景色がなくなっているようだった。
彼と食べた甘いケーキ。ちょっと恥ずかしい思いをさせられたあのケーキ屋さんでチョコレートケーキを味わう。それも全く甘味が感じられなかった。セルフサービスのコーヒーを飲んでいると、なぜか胸につかえてしまい咳き込んだ。だから、涙目になったのはむせたからであろう。少なくとも舞子はそう信じることにした。
彼と点数を競いあったカラオケ店。
全国採点にして熱唱していたが、わざとへたくそに歌った。全国の順位が最下位になったとき、舞子は彼といっしょにいるような気がして、ちょっと嬉しくなった。
そして、生誕と終焉の地。
桜の木の下に来た。
なりふり構わずに随所を掘り返せば、彼に会えると思った。――たとえ白骨死体だとしても、そこに彼が埋まっているはずだ。
【いや、さすがにそれはないか。五十年も昔のことだし……】
そう考えつつも、桜の木に触れていると、過去編の彼と同じ世界を共有しているように錯覚してしまう。
だからずっと触れていたかった。
世代を越えて、つながっていたかった。
だけどそうしていると、なんだか辛くて、切なくて、苦しくて――。
胸がずきずきとうずいた。
彼が死んでいるという特殊な状況に困惑した。
犬飼颱は生きながらにして、死に続けているのだ。とても奇怪な思いがした。
【いまは二人とも、同じ空の下にいるんだけどね。それが唯一のつながりかな】
舞子はふと天を仰いだ。
夕焼け色に染まった雲――。こうして今日も終わっていくのか。
【犬飼颱――】
【彼には明日あやまろう。なんだかんだ責めたりしてたけど】
【自分のことしか頭になくて、ひどいことをいったかもしれないけど】
【やっぱり彼がいない生活は張り合いがない】
【なにもかもがガラス戸越しの景色だし、どれもこれもがラッピングされたような食べ物だし、そしてなによりも鏡のような感情しか得られない。質感がない、空虚な世界にみえてくる】
『舞子のことも気になるし、決着つけよーぜ』
突然、彼の言葉がよみがえってきた。
『わかった。放課後に河川敷だな』
【明日あやまろう】
【で、】
【間に合うのかな?】
【いますぐにでも会わないと、またすぐに手の届かないところに行っちゃいそう……】
生きながらにして、死に続けている。
そんな彼のことだ。
またいつ死ぬか、わかったものではない。
【加勢とかそういうことは出来ないけど、喧嘩だったら仲裁しよう】
【出美亜丹が元カノだったとしても、なんだったとしても、仕方がないじゃない】
【人にはそれぞれ過去があり、いまがあり、未来があるんだから】
【恋敵ならむしろ臨むところだわ】
舞子は河川敷に向かって駆けていった。
この行為は厄介払いをしたがっていた、犬飼颱の意思には反しているのだが。
そんなことは、舞子が知るはずのないことである。




