少年少女と一匹の子犬
カラオケを終えて外に出る頃には、すっかり夕日が西に傾いていて、オレンジ色の光をまとい、淡い輝きを放っていた。路面は濡れているものの、水滴は降っていない。
「なんていうか、ごめんね。べつに歌が下手だからあげつらおうとしたとか、そういう悪意はなかったんだけど……」
桜乃舞子は誠心誠意の謝罪をこころみるが、貼りついた犬飼颱の仏頂面はなかなか剥がれなかった。
「悪意の有無はべつにいいけどさ、なんで精密採点にしたんだ? しかも全国オンラインって、ひどくねーか? 全国での順位がわかるって、意外とショッキングなんだぞ」
「そうしたほうが、楽しいかなって思っただけですー」
「楽しいのは上位にいるやつらだけだろ。こっちなんて、順位は気になるわ、音程音階は気になるわ、点数は気になるわで、全然楽しめねーよ」
「そうやって、成長していくんだよ」
「どうやって成長していくんだよ?」
わーわー、騒いでいるうちに颱の足がぴたりと止まった。彼にとって、終焉と生誕を意味する場所。
犬飼颱と桜乃舞子が出会った、桜の木。
颱が吹奏楽部に勧誘された際に口走った『撮りたい景色』である。
なんとそこには、生後、間もないであろう子犬がぶるぶると震えていたのだ。
茶というよりは赭に近い、モコモコとした可愛らしい髪、ぬいぐるみのようにふんわりとした存在感、ぺたんと垂れた耳、かぼそい鳴き声……。
【捨て犬か。全くバカな飼い主のせいで悲惨な目に遭って、浮かばれないねえ。せめて死ぬときは安らかに……って、べつにどんなふうに死のうが、私には関係ないんだけどさ】
みてみぬふり、というか、見殺しを選択し、舞子はすたすたと歩き去る。
【悪いのは私じゃない。飼い主だ! 恨むなら飼い主を恨んでくれ】
「かわいいなー、お前。名前はなんていうんだ?」
背後から声がした。颱の声だ。
犬飼颱などというふざけたネーミングで、まさか犬を飼うつもりなのだろうか。
「触ったりしたら汚いよ。捨て犬なんてどんな病気を患っているかわからないんだし」
「汚くなんてねーよ。こいつまだ幼いんだぞ」
「だからこそじゃない。そんなやつ、そこら辺の雑草を食べてすごしてる乞食よ!」
舞子は親切心によって――正しい道を説いているつもりなので、でかい態度はそのまま変わることはなかった。
「乞食だとか、なんだとか、それは偏見だろ?」
「偏見じゃないよ。颱が偏屈なんだよ!」
「わかった。もういい! さきに帰ってろ」
颱は感情任せに怒鳴りつけた。冷静さというものを失っていた。
「お前なんかよりも、トーイのほうがよっぽど清潔だよ」
「トーイ? なんで、犬に名前なんかつけてんの?」
「舞子には関係ないだろ。放っとけよ。これからスーパーに行って段ボールを持ってくるんだよ」
【なるほど、段ボールハウスをつくるつもりだな】
「手伝おっか?」
「断る」
あくまでも冷淡な態度を崩さないので、舞子は罵倒をあびせて、家に帰った。




