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解けない少年と教える少女

「なんで、わかんないの?」

「うっせ、バーカ!」

「バカはそっちでしょ?」

 桜乃舞子は犬飼颱の専属教師をやっていた。放課後になったので、舞子は颱といっしょに帰ろうとしたのだが、肝心の彼は、数学の再々々々テストに不合格していたため居残りをくらっていたのだ。

 合格基準は八十点、颱のこれまでの最高点は五十点である。

「連立方程式ができなかったら、二次方程式も解けないんだよ」

「だから、知らねーって」

「あ、でも加減法の計算はできてんじゃん。てことは、代入法を覚えればいいわけだ」

「めんどくせーんだよ、代入法。代入法なんてできなくてもいいじゃん」

「めんどくさいかもしんないけど、覚えると楽だからさ。教科書の問1からやっていこう……」

 そして。

「よし、再々々々々テストを受けるために、先生呼んでくるわ」

 颱は猛然と走っていった。


「カンペをつくったほうが、帰宅時間も早かった気がする」

 雨足は若干弱まってはいたが、それでもまだ降水量は多い。

 油断は禁物だった。下手をすると、スクールバッグを濡らしかねない。

「そうだね、それもそれで聡明だと思うよ」

「だろ? 公式とかさ、手にメモったりしてさ」

「中国の苛烈な受験戦争では、いかに効率よく効果的にカンニングをするかというのも技のひとつみたいで、カンニングを助長する商品も売られているみたいなんだけど……」

「なるほどね、そういうのをネット通販で買ってみるのも手段のひとつだな」

「そんなことをしたら、恥ずかしいとは思わないのかな?」

「そんなことはねーよ、自己保身のためだ。教師なんてなんだかんだうまいこといって騙そうとしてくるけど、しょせんは経過よりも結果が全て。結果がでなければ努力すら認めてくれないようなやつらだぜ」

「だからって、カンニングが正当化されるわけじゃないじゃない?」

「いや、そういうものだよ。勉強したひとよりも勉強したようにみえるひとが評価されるし、点数が高いひとよりも点数が高くなったひとのほうが認められる」

【わからない話ではない。皐月も似たようなことをいっていた。だけど、それは屁理屈でしかない】

 舞子はなんとか論破して、論理整合性を主張してやりたかったが、それは不可能であろう。颱のようなタイプは、そんなことをすれば逆に意固地になりかねないからだ。

「そっか、颱はほかのひとに認められたいんだね。殊勝な心掛けだよ。でも自分はそれで満足? 俺はよくやったぞって、認められる?」

 颱は神妙な顔になった。悲しそうにもみえる。

「それは……、それは……。て、そんなわけねーだろが!」

「うん」

「よくやったなんて、上手くやったなんて、口が裂けてもいえねーよ。後悔するに決まってるだろ? ――だって……」

 傘をしぼませて、舞子に向け、

「カンニングなんてしたら、俺はこの程度の人間なんだって、自分で自分にレッテルを貼るようなもんなんだぞ」

「…………」

【よし、これでいい。上手くいった】

 舞子はほくそ笑んでいた。

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