エピローグ:幽霊さんは引っ越したい
それから三ヶ月後の、十月某日。
ひまわり荘の前に、一台の軽トラックが停まっていた。
「一馬くん! お菊ちゃん! 本当に行っちゃうの……!?」
沙織さんが、お菊さんの手を握ってポロポロと泣いている。
最初はいがみ合っていた二人だが、今やすっかり「一馬を巡るライバル兼、最強の悪友」のような関係になっていた。
「ふふっ。沙織、泣かないの。どうせ大学に行けば毎日一馬に会えるんでしょ? 私も背後からしっかり監視してるから、またいつでも会えるわよ!」
「ううっ……負けないんだから! 絶対に一馬くんを振り向かせてみせるわ!」
『一馬殿ォォォ! お菊殿ォォォ! 拙者も、拙者も連れて行ってくだされェェ! このままでは沙織殿の除霊実験で、冬までに拙者の霊核が消滅してしまうでござるぅぅ!』
ひまわり荘の壁から、武田さんが滝のような涙を流して叫んでいる。
「ごめんね武田さん。新居はペット不可なんだ」
僕が手を合わせると、押し入れから出てきた座敷童が、僕のズボンの裾を引っ張った。
「……ばいばい。……たまには、甘いの、もってきて」
「ああ、約束するよ。大家さんに取られないように気をつけろよ」
僕が座敷童の頭を撫でていると、大家のよし子さんが、いつものように煙管をふかしながら歩み寄ってきた。
「まったく。手のかかる店子だったわね。……一馬くん、お菊ちゃん」
よし子さんは、僕たち二人を見て、本当に嬉しそうな、優しいお姉さんの顔で微笑んだ。
「……新しいお家でも、仲良くやるのよ」
「はい。……よし子さん、色々と、本当に色々ありがとうございました」
僕は深く頭を下げ、お菊さんも「泥棒大家、たまには遊びに来てあげてもいいわよ」とお礼を言った。
「さあ、一馬! 行きましょう! 私たちの新しいお家へ!」
お菊さんが、ふわりと宙に浮き、嬉しそうな声を上げる。
僕は、数少ない荷物を積んだ軽トラックの運転席に乗り込んだ。
家賃一万円、敷金礼金ゼロ。
幽霊付きの、最悪で、最高のアパート。
「さよなら、ひまわり荘! ……もう二度と、こんなボロアパートに住んでたまるか!」
僕のいつもの負け惜しみのような笑顔と共に、軽トラックがゆっくりと走り出す。
バックミラーに映る、手を振る沙織さんたちと、古びたひまわり荘の姿が、秋晴れの空の下でどんどん小さくなっていく。
僕の助手席には、世界で一番冷たくて、世界で一番温かい、僕だけの幽霊が笑っている。
僕たちの新しい生活は、ここからまた、騒がしく始まっていく。
プルプルプル……。
不意に、僕の携帯電話が鳴った。
「はい……?」
『あ、もしもし? あたし、よし子なんだけど?』
「? よし子さん? ……どうしました??」
『次のあんたたちの引っ越し先のアパートも、私の持ち物だからー。よろしく〜』
ガチャ……。
ツーツーという無機質な音が、車内に響く。
僕とお菊さんは、顔を見合わせた。
「「…………………引っ越したい………」」
【幽霊さんは引っ越したい・完】
『幽霊さんは引っ越したい』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
引っ越しから始まった一馬とお菊さんのドタバタな同居生活、そして八十年の時を超えた二人の結末、いかがだったでしょうか。
少しでも笑って、ホッとして、楽しんでいただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
ここまでお付き合いいただいた皆様の応援が、完結まで走り抜ける大きな原動力になりました。
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ブックマークやご感想、レビューなども、とても嬉しく読ませていただいておりますので、ぜひお気軽に残していってください。
一馬とお菊たちの騒がしい日常はこれからも続いていきますが、本編はこれにて完結となります。
また次の作品で皆様とお会いできることを楽しみにしております。
改めまして、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




