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幽霊さんは引っ越したい!  作者: 水上 タクト


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19/19

第18話:デートと

「……お菊さん。もう三時間だよ。そろそろ出てきたら?」

 深夜。

 僕は、リュックのサイドポケットに差し込まれたアンティークの手鏡に向かって、ため息交じりに語りかけていた。

 昨夜の、お菊さんからの不器用で、まっすぐな告白。

 そして、僕が彼女を抱きしめ返した瞬間、部屋中に舞ったダイヤモンドダスト。

 あの幻想的な瞬間から、お菊さんは再び茹でダコのように真っ赤になって手鏡の中へと逃げ込み、それ以来、一切の呼びかけに応じてくれないのだ。

 自分の気持ちを完全に自覚してしまったことで、どう顔を合わせればいいのか分からなくなっているのだろう。

 

『……うるさい。一生出ていかないわ。私、幽霊なんだから、鏡の中で静かに暮らすのよ。バカ一馬』

 鏡の表面がうっすらと白く曇り、そこに指先で書かれたような文字が浮かび上がっては消える。

 念話も恥ずかしいらしく、筆談をしてくる。しかも、文字が心なしか震えている。

 ……可愛いな、僕は思わず口元が緩むのを必死で堪えた。

 これまでの「冷気」とは違う、照れ隠しのフワフワした冷気が、手鏡から漏れ出している。

 

「お菊さん。君が僕のことを好きだって言ってくれたこと、僕は本当に嬉しいよ。だから出てきてくれないかな?」

 僕が鏡に向かって優しく語りかけると、鏡の表面の曇りがスウッと晴れ、中からお菊さんが、ほんの少しだけ顔を覗かせた。

 彼女の大きな瞳は潤んでおり、その青白い頬はほんのりと薄紅色に染まっていた。

 

『……生意気。一馬のくせに、私を喜ばせるようなこと言っても無駄よ』

「……はは。僕はただ、君を外の世界に連れ出してあげたいだけだよ」

 僕は立ち上がり、リュックを背負うと、鏡の中の彼女に手を差し伸べた。

 

「お菊さん。……僕は君をもっと楽しませてあげたいよ。外に行ってみない?深夜なら、人も少ないし静かだよ。……君が夢の中で見てた、かふぇ(カフェ)っていうのとは違うかもしれないけど。深夜までやってる、お洒落なパンケーキ屋さんを見つけたんだ。……一緒に、行かない?」

 僕の突然のデートの誘いに、お菊さんは目を丸くし、それから……プッと吹き出した。

 

『幽霊と深夜の街をデートなんて、前代未聞よ。……それに、私が外に出たら騒ぎになるかもしれないのよ?』

「大丈夫だよ。深夜だし、最近は人と見分けがつかなくなってきてるし、バレないって。きっと楽しいよ」

 僕は自分の右手を見つめる。

 曾祖父さんから受け継いだ『共鳴』の力。それは、きっとお菊さんと一緒にいるためのものだ。

 

「……僕とデートしてくれませんか?」

 すると鏡が輝き、お菊さんが現れる。

 そして僕の真剣な瞳を見て、お菊さんの瞳から迷いの色が消えた。

 彼女はゆっくりと手を伸ばし、僕の差し出した手を、自分の冷たい手でギュッと握り返した。

 

「……約束よ。一馬。……私を楽しませてね?」

「ああ。任せておけ」

 人と幽霊。本来なら交わるはずのない二つの時間が、不器用な想いを通して、今進み始めようとしていた。


十一時。

 眠りにつき始めた街の喧騒を離れ、僕とお菊さんは、駅前から少し離れた場所にある、深夜まで営業のカフェ『月光亭げっこうてい』へと向かっていた。

 お菊さんは実体化しながら僕の横を歩く。

 街灯の光、自動販売機の明るさ、遠くを走る車の音……。そのすべてが新鮮で、彼女は子供のようにはしゃいでいた。

 

「すごいわ。一馬。夜なのに、昼間みたいに明るい街ね。……そしてとても綺麗」

 お菊さんの弾んだ声。

 僕は、彼女が何処かに行ってしまわないように手を握りながら夜道を歩いた。

 

 カフェ『月光亭』は、深夜にも関わらず、何組かの客がはいっている。

 お洒落な間接照明が灯り、レトロなジャズが流れる、落ち着いた雰囲気の店内。

 僕達は、一番奥の壁際の、他の客から死角になる席を選んで座った。

 

「うわぁーすごい!みて一馬!このイチゴが沢山乗ってるの!あ、こっちも凄い!」

 お菊さんはメニューを見て目を輝かせている。

 

「ご注文は、お決まりですか?」

「あ、はい。この『特製・ふわふわスフレパンケーキ・トリプルイチゴ添え』を、一つ。それとフルーツ盛りだくさん、アイス6段重のパフェをください」

 僕が注文すると、お菊さんの念話が脳内に響く。

 

「ちょっと一馬。なんで二つも頼むのよ。 私の分なんて……」

「お菊さん、 ……ここはカフェだ。君の分まで注文しなかったら店員さんが不審に思うかもしれないだろ?」

「……そういう物なのね。わかった!存分に味わってあげる」

 口調とは裏腹に明らかに嬉しそうに笑っている。

 

十分後。

 目の前に、想像を超える破壊力を持った「スイーツ」が運ばれてきた。

 直径二十五センチ、厚さ五センチはあろうかという、プルプルと震える三段重ねのスフレパンケーキ。

その上には、これでもかと盛り付けられた、真っ赤なイチゴと、雪のような粉砂糖、そしてたっぷりの生クリーム。

 そして高さ四十センチはある器、そこには色とりどりの溢れ出した丸いアイスが重なりそれを囲むように配置された美しいフルーツ達が彩を飾っている。

 

「 す、すごいわ、一馬! 夢にまで見た、本物のフワフワ! それに、イチゴが……イチゴが宝石みたいに光ってるわ!」

「お菊さん、こっちも凄いよ!僕の頭より大きそうなパフェ!」

「そっちも美味しそうね!どっちもキラキラしてて眩しい!」

 お菊さんは二つを食い入る様に見つめては目を輝かせてニコニコと僕を見つめる。テンションが爆発して弾けてしまいそうだ。


「……さあ、食べよう。お菊さん」

「そうね!いただきましょう!」

 僕はナイフとフォークを使い、パンケーキを一口大に切り分け、生クリームとイチゴを乗せて、お菊さんの口元へと運んだ。

 

「はい、あーん」

 お菊さんは大きな瞳を輝かせ、パンケーキをパクリと口に加える。

 

「んんっ!! 甘い! 濃厚! そして……本当に、フワフワよ! 口に入れた瞬間に、シュワッて溶けて消えちゃうわ! 」

 お菊さんは頬に手を当てて、うっとりと身をよじった。

 パンケーキは光の粒子のように彼女の口の中で消えていくが、その味と感動は、確かに彼女の魂に届いているようだった。

 

「よかった。お菊さん、美味しい?」

「ええ。美味しいわ。……でも、一番美味しいのは、あんたが「美味しいね」って笑ってくれる、その顔を見ながら食べることね。……一馬。私、外の世界に出てきて、本当によかったわ」

 お菊さんは、幸せそうに微笑んだ。その笑顔を守り抜くこと。それが、僕のこれからの目標だと、本気で思えた。


明け方四時半。

 カフェ『月光亭』を出て、静寂に包まれた夜道をアパートへと向かって歩いていた僕とお菊さん。

 お菊さんはパンケーキとパフェで大満足したのか、ご機嫌な様子で僕の横を歩く。

 もう少しで朝日が登ろうかという時間。

 

「――佐藤一馬さん。……そして、そこにいるのは、封印された雪女、お菊さん……ですね」

 不意に。

 僕たちの行く手を遮るように、夜道の電灯の下に、一人の男が立っていた。

 年齢は三十代半ばだろうか。

 体にぴったりとフィットした、ダークグレーの高級なスーツに、家紋が彫り込まれた銀のタイトピンをつけた男。

 整った顔立ちには感情が一切欠落しており、その瞳は、獲物を狙う鷹のように冷酷で、鋭かった。

 

「うえ?えっと、誰ですか?」

 僕はいきなり後ろから声をかけられて変な声をあげる。

 

「一馬。気をつけて。この男、ただの人間じゃないわ。禍々しい霊気を感じる……」

「私は九条院くじょういん……。白鳥家の本流より仰せつかり、この街の因縁を断ち切るため、その強力な霊体……お菊さんの除霊に参りました」

 九条院は、淡々と、感情を一切交えずに自己紹介をした。

 その手には『護符』が数枚、握られていた。

「除霊!?お菊さんを??そんな勝手な!まさか沙織さんが……」

「いいえ。沙織様は、あなたに毒され、監視役としての任務を放棄しつつある。……甘い情に流された沙織様をこれ以上危険に晒すわけにはいかないと、本家が判断したのです。……この私、九条院が、白鳥家の『意志』を執行いたします」

 九条院は、護符を空中に投げ捨て、流れるような動作で印を結んだ。

 

「佐藤一馬。……そこから、どきなさい。あなたまで、この呪いの炎に焼かれたくは、ないでしょう?」

「どかない! お菊さんは、僕の同居人だ! 周りが何と言おうと、僕は彼女を……渡さない!!」

 僕は叫び、お菊さんを背中に庇うようにして立ち塞がった。

 九条院は、僕のその真っ直ぐな瞳を見て……ふっと、冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「……愚かな。貴方は一蔵さんのようにその雪女を庇って死を選ぶのですね……その力がどれ程強力で、どれ程の人を苦しめるか、人の身にこの炎は耐えられませんよ?佐藤一馬。この街の平和のために……死んでいただきます」

 九条院の瞳に、冷酷な殺意が宿った。

 

呪炎滅じゅえんめつ

 九条院の放った護符から、周囲の空気を焼き尽くすような紅蓮の業火が噴き上がり、僕に向かって一直線に襲いかかった。

 僕は咄嗟に背中を丸め、自分の体でお菊さんを覆い隠した。熱が身体を覆う。その熱は広がり、僕とお菊さんの盾となった。

ゴォオォォ!!

 業火が熱の結界をジワジワと侵食してくる。徐々に熱は炎に押し切られ、背中を焼くように、直接炙り始めた。

 

「……っ!! あ、あああっ!!」

「一馬!!」

「くそっ……! 出てくるな、お菊さん! 結界の外でこの炎を食らったら、君は……!」

 僕は歯を食いしばり、必死で炎に耐えようとした。

 だが、呪いの炎は容赦なく僕の服を焦がし、皮膚を焼き、激痛が全身の神経を蹂躙していく。

 

「一馬! 嫌、やめて! 私を庇わないで!!」

 お菊さんは僕が覆い被さっているせいで出られない。

 彼女の視界には、僕の背中が、恐ろしい炎に包まれ、焼き焦げていく光景だけが、鮮明に映し出されていた。

 

『人間は恐ろしい。彼らの火は私たちを溶かす』

『お前は、俺が……命に代えても、守るから……!』

――その瞬間。

 お菊さんの脳内で、「夢」の光景が、強烈なフラッシュバックを起こした。

 『愛する男が、自分を庇って炎に焼かれ、死んでいく』という、魂に刻み込まれた強烈な『恐怖』と『喪失感』が、彼女の理性を吹き飛ばした。

 

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 お菊さんの絶叫が、朝の街を劈いた。

 その直後。

 かつてないほど巨大で、ドス黒い「冷気」の柱が天に向かって噴き上がった。

 

「なっ……!?」

 九条院が驚愕の声を上げる。

 九条院の呪いの業火は、その圧倒的な冷気の前になす術もなく一瞬で凍りつき、パチンと音を立てて砕け散った。

 

「ハァ、ハァ……」

 僕が地面に倒れ込むと、その目の前に、実体化したお菊さんが立っていた。

 だが、その姿は、先ほどまで一緒にパンケーキを食べて笑っていた「恋する女の子」ではなかった。

 青白かった肌は氷のように透き通り、漆黒の髪は静電気を帯びたように空中に大きく広がっている。

 その瞳は、深い、深い虚無の青色に染まり、一切の感情を失っていた。

 

「お菊、さん……?」

 僕の呼びかけにも、彼女は応えない。

 ただ九条院に対し、物怪としての「絶対的な防衛本能」と「殺意」だけを剥き出しにしていた。

 ピキッ……パキパキパキパキッ!!!

 五月の暖かい夜風が、一瞬にしてマイナス数十度の極寒へと変貌した。

 アスファルトが凍りつき、周囲の街灯が次々と破裂していく。

 そして、夜空から、猛烈な勢いで猛吹雪が吹き荒れ始めた。

 

「チッ……。やはり、覚ざめてましたか。雪女の本力が……!」

 九条院が舌打ちをし、次なる護符を取り出そうとする。

 お菊さんが無造作に右手を振るうと、目に見えない絶対零度の斬撃が放たれ、九条院の体を吹き飛ばし、彼を近くのコンクリートの壁ごと分厚い氷柱で串刺しにしてしまった。

 

「……あ、あ……」

 お菊さんは、凍りつく街の中心で、ただ虚空を見つめていた。

 トラウマの引き金が引かれ、コントロールを失った雪女の力は、もはや誰にも止められないのか。

 

「お菊さん! やめてくれ! 僕なら大丈夫だ!!」

 僕は火傷の痛みに耐えながら彼女に手を伸ばそうとした。

 しかし、彼女から放たれる凄まじい冷気の壁に阻まれ、あと一歩が届かない。

 このままでは、彼女の暴走は街を飲み込み、彼女自身をも壊してしまうかもりれない。

 絶望的な吹雪の中で、僕が意識を手放しかけた、その時だった。

 

「……まったく。だから言ったのよ。お姉さんに任せておきなさいって」

 猛吹雪を切り裂いて。

 紫色の煙管の煙を棚引かせながら、漆黒の着物に身を包んだよし子が、静かに、圧倒的なオーラを纏って、僕たちの前に姿を現したのだった。

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