第11話:自称アドバイザー
大学のラウンジ。
四畳半の「霊的過密状態」に頭を悩ませ、死んだ魚のような目で教科書を眺めていた僕の背中を、バシィィィン! と豪快に叩く男がいた。
「よう、一馬! 今日も背後霊に肩でも揉まれてるような、いい感じの土気色だな!」
現れたのは、僕の唯一の男友達であり、自称「スピリチュアル・アドバイザー」の中村宣隆だ。
彼は霊感マイナス100、つまり、幽霊が目の前でサンバを踊っていても「今日は風が強いな」で済ませてしまうほど鈍感な男なのだが、なぜかオカルト知識(大半がネットの怪しい噂)だけは人一倍豊富だった。
「……中村か。頼むから、静かにしてくれ。僕の体力はもうゼロなんだ」
「ふふふ、分かっているさ。お前の部屋、最近ヤバいんだろ? Z-Tubeの配信、学内裏サイトで伝説になってるぞ。『物理演算を超越した脱がせ屋・お菊ちゃん』とかな!」
「(……あの配信、やっぱり身内にバレてるのかよ)」
お菊さんがリュックの中の手鏡で「脱がせ屋って何よ! 私は演出家よ!」と憤慨しているのが、脳内に直接響く。
「そんなお前に朗報だ。これを見ろ!」
中村がカバンから取り出したのは、安っぽいプラスチック製の、ど派手なネオンカラーをした銃のような物体だった。
「これは『超次元霊体スキャナー・ゴーストバスター2026』だ! 暗黒サイトで三万円もしたんだぜ。これを使えば、霊と会話できたり、逆に霊のエネルギーを可視化して遊べるらしい」
「……三万? お前、また詐欺に遭ったんじゃないのか?」
『一馬、そのプラスチックの塊、なんだかすごく安っぽい電波が出てるわ。……でも、ちょっと面白そうね』
お菊さんが興味を示した。彼女にとって、現代の変なガジェットは格好の暇つぶし道具なのだ。
「なぁ、中村。……僕の家系って、何かオカルトに関係あったりするのかな?」
僕はふと思い立って尋ねた。お菊さんが時折過去を懐かしむ様な……過去を思い出しそうな仕草がずっと引っかかっていたからだ。
「さぁ?それは知らないけど、前にお前の親父さんが昔言ってたな。『一馬は死んだじいさんに、瓜二つだ』って。特にその、困った時に眉間を寄せる癖とか、少し情けないけどお人好しな目元とかって」
「確か一蔵さんっていうんだよな?」
……そうだった。
昔のアルバムに写っていた曾祖父ちゃんは髪型こそ古臭いが、顔は、鏡を見ているのではないかと錯覚するほど、僕自身にそっくりだった。
『……っ!?』
リュックの中のお菊さんの気配が、一瞬で凍りついた。
いつもは饒舌な彼女が、言葉を失い、激しく動揺しているのが伝わってくる。
(……お菊さん? どうしたんだ?)
『……ううん。……まさか、ね。……一馬は、一馬だもの』
お菊さんの呟きは、いつになく弱々しく、そしてどこか甘く、切ない響きを帯びていた。
「よし! 今夜は、このスキャナーを持って一馬の城へ突撃だ! 真のスピリチュアル・パーティーを開催しようぜ!」
「やめろ、絶対に来るな! 部屋が物理的に壊れる!」
ウキウキとスキャナーを振り回している。
きっと僕の話は頭に残ってないのだろうな。
その日の夜。僕の四畳半には、勝手に上がり込んだ中村と、それを迎え撃つ(?)二人の幽霊が顔を揃えていた。
「おー! 部屋の空気が重いな! 霊力計がビンビンだぜ!」
中村は部屋の中で「ゴーストバスター2026」を振り回し、適当な呪文を唱え始めた。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ……! 浄化のちからよ〜」
「佐藤殿! 何やらあの者、拙者の筋肉を讃える祝詞を唱えておるようだが、いささか発音が訛っておりまするな!」
壁から顔を出した武田が、嬉しそうに中村の周りをグルグル回る。中村には武田が見えないため、「おっ、急に風が! これが霊道か!」と大喜びだ。
一方、お菊さんは鏡から這い出し、中村が持ってきた変なガジェットを指先で突っついていた。
「ねぇ一馬、この機械、変な音が出るわよ。……『アイ・ラブ・ユー』って言ってるわ。今の流行りなの?」
「それはただの初期設定の音声だろ! 中村、それを置け! お菊さんが誤解する!」
「ひゃっほう! スキャナーに反応アリだ! 佐藤、この鏡のあたり、異常に『ピンク色のオーラ』が出てるぞ! 恋する乙女の霊でも憑いてるんじゃないか?」
中村がデタラメに放った言葉。
だが、その瞬間、お菊さんの顔がカッと真っ赤になった。
「なっ……! 恋!? 誰が誰に! 私がこんな情けない、エロ一馬に!? 冗談じゃないわよ、この、霊感ゼロのうるさい男!」
お菊さんが恥ずかしさのあまりポルターガイストを暴発させ、中村のスキャナーが「ピーッ!」と悲鳴を上げてショートした。
「おおお! 除霊成功か!? 悪霊退散、ハレルヤ!」
「(成功じゃないよ、壊れたんだよ!)」
中村は一騒ぎした後「もうこれで安心だ!除霊も済んだし帰るな!」といって出て行った。武田さんも「中村殿の無鉄砲さ、気に入った!」と隣の部屋で修行に戻った深夜。
部屋には僕と、鏡の前に座るお菊さんだけが残された。
「……一馬」
「ん?」
「……あんた、時々、すごく……バカ正直な目をするわね。……そういうところ、嫌いじゃないわよ。……あんた自身の、そういうところが」
お菊さんはそう言って、僕の隣にスウッと移動してくると、僕の肩にそっと自分の手を重ねた。
冷たい。氷のように冷たい指先。
真っ直ぐな瞳で僕を見つめる彼女の想いは、冷たさを突き抜けて、確かな「愛おしさ」となって僕の心に流れ込んできた。
僕の名前を呼び、僕のシャツを掴んでいるその熱量だけは、紛れもなく「今の僕」に向けられたものだと信じたかった。
「……おやすみ、一馬。……明日、あいつ(中村)が持ってきたガジェットの予備、マルカリで買っといて。……結構、面白かったから」
「……絶対に買わないよ。おやすみ、お菊さん」
四畳半の夜。
押し入れの奥から「……なかよし。…ペッティング…」と少女の声が聞こえた気がしたが、僕は聞こえないフリをして、お菊さんの冷たい気配を感じながら眠りについた。
一馬の運命は、更なる混乱が待ち受けるとも知らずに。




