第76話:亜凰より蒼く
——東京都新宿区。防衛省、ギルド管理局本部。
ここでは日本全国のギルドを統轄し、モンスター討伐や災害救助にて国防の一翼を担っている。
ギルドの運営自体は各組織ごとになされているが、能力者という強力な戦力を有していることもあって、ギルドは国への登録に伴い防衛省の管理下に入ることが義務付けられているのだ。
その為ギルドの能力者達は国難など有事の際には自衛隊と共に最高指揮監督権を持つ内閣総理大臣の命令に従わなければならない。
その国家戦力でもあるギルドの管理局本部にて、管理局局長、天前峰史郎が部下の操作する複数のモニターを眺めながら険しい顔で腕組みしている。
「……魔物災害の増加が想定以上に深刻だな。このままではいずれ確実に自衛隊やギルドの能力者では対応出来なくなる」
「はい……一定以上の強さを持つ魔物に対しては、銃を持った兵士や弱い能力者をいくら集めたところで意味がありませんしね」
天前の半ば独り言のような呟きに、部下である女性オペレーターの1人がモニターを操作しながら応える。
「リライフギルドが潰れたのも痛いな。実情はともかく、表の活動での市民への貢献度は群を抜いていたんだが。鴻上仁もあれで軍団級の能力者だ。そう簡単に代わりは見つからない」
「ですね。常に進化している魔物に対して、能力者の階級は覚醒時のレベルでほぼ停滞しています。特に連隊級以上に至るには魔力量だけでなく、覚醒状況に依る魔力特性が有用でなければ難しいですし」
「躑躅森亜凰ほどの能力者が今後現れてくれるかどうか……この前現れた小鬼は討伐出来たのか?」
「ゴブリンなら【退魔】ギルドに依頼済みですが、小隊級のパーティ2組が壊滅し、未討伐のままです。下水路とそこから繋がる地下施設で異常繁殖していた上、それらを統率する強力な個体も確認されています。ゴブリンロードとして識別個体に登録されました」
「くそ……厄介だな。付近に頼れるギルドはないのか」
「局長が行って下さいよ。軍団級でしょう」
「俺はそう簡単にここを動けないんだよ……」
「そうでしたね。ならこの前登録してきた——」
オペレーターが何かを提案しかけた時、ビーッ、ビーッ、ビーッと激しい警報が鳴り響き、全てのモニターが赤く光り出した。
「何が起こった?」
明らかな緊急事態だが、天前は冷静さを失わず部下に問いかける。
「ゲート出現前の魔素の揺らぎを複数探知! 北海道、岩手、新潟、静岡、京都、滋賀……近畿以南でも多数! さらに東京、大阪、愛知の三大都市でも反応を確認! これは……多すぎる……っ!」
「落ち着けッ、全てのゲートからモンスターが出てくるとは限らないッ! すぐに付近のギルドに依頼を出せ。各都道府県警にも連絡しゲートを封鎖。自衛隊にも協力を要請しろ」
「はい!」
(それにしても、何故急にこれほどのゲートが……他国への救援要請も視野に入れるべきか……!)
♢
「麗色ちゃんが俺達に話って何だろうな」
晃生が教室から学園長室へ向かう廊下を歩きながら一緒に歩いている勇斗達に問いかけた。
新たにクラスメイトとなったティファやローラ達と訓練をしていたところ、晃生達6人だけ突然麗色に呼び出されたのだ。
「リライフの件で何か言われるとか? 僕達全員かなり暴れたし」
「今更かよ? 向こうから売ってきた喧嘩だ。ごちゃごちゃ言われる筋合いねぇだろ」
晃生が振った会話に勇斗と灯真が反応する。
「勇ちゃんはそれよりも不破雄理のことが気になってるんじゃない?」
「いや、そんなことは……あるけど……」
「ふふっ、最後まで斬れなかったって悔しがってたもんね?」
愛奏音に図星を突かれた勇斗は目を逸らした。
「でも確かに灯真君の言う通り、先に晃生君に手を出したのはあっちなんだし、何も言われる筋合いはないんじゃないかなっ」
「とーまが戦ってたのはリライフの人じゃなかったけどねー」
相変わらず木乃香はリライフが晃生を攫ったことに怒っており、舞桜は灯真にツッコんでいる。
「ま、何の話かはこれから麗色ちゃんに聞けば良いか」
そう言った晃生が、話している間に着いた学園長室の豪華な扉をノックする。
中から聞こえた「入れ」と言う幼い声色と大人びた口調が同居したような声に続き、6人は部屋の中に入った。
「来たか。悪かったな。急に呼び出して」
相変わらず中学3年生程の年齢と相応の見た目でありながら尊大な態度で麗色が会話を切り出した。
「それは良いけど麗色ちゃん、話って——」
晃生が質問しようとした時、麗色の斜め後ろに控えるメイド姿のマキナが背中に隠していた魔導砲の砲口を晃生にガチャッと向けた。
(ちょっ……!?)
驚きながらも晃生は状況を瞬時に見極め——左右に避ければ木乃香達を巻き込みかねないと判断。
(受けるか、いや……!)
キュィインッという数瞬のチャージ音と共に人の大腿部程もある砲身のサイドに走る装飾のラインが白く光り、直後——愛奏音の魔力砲のような魔力エネルギー弾が放たれる。
着弾時に爆発するタイプの砲撃だった場合まで考慮し、受ける選択肢を捨てて上へ跳んだ晃生は天井から吊り下がるシャンデリアに掴まり、魔力砲弾が学園長室の扉を盛大に破壊するのを上から見下ろした。
一同が爆風で舞う埃を目に入れないよう反射的に顔を腕で覆う中、シャンデリアを離して着地した晃生が一応扉を能力で治す。
「えーっと……何で俺は今撃たれたんだ……?」
「ふん、私のことを麗色ちゃんと呼んだら撃つようにとマキナに命令しておいただけだ」
ドン引きしている晃生に、麗色は真顔で言う。
「けほっ、けほっ」
「なんつーことしやがんだこのガキ……!」
舞桜が舞い上がった埃で咳込み、灯真も文句を付けるが、麗色はどこ吹く風だ。
「しかし、やはり避けられたか。咄嗟の判断力とそれを可能にする身体能力……また強くなったようだな晃生」
「それは、まあ、どうも……?」
「それにしても、魔導砲の性能は良くも悪くも期待通りといったところか……やはり威力を上げると引き金を引いてから発砲までの時間差が課題になるな。ああ、扉を治してくれて助かった。ちょうど完成した魔導砲を試射したかったんだ。訓練場まで行くのが面倒だったんだが、晃生が来るなら私に対する不敬への罰も兼ねてもうここで良いかと思ってな」
「ツッコむ気にもなれない……」
天才の頭はブッ飛んでるなとゲンナリする晃生。
「で、結局俺らを呼び出した理由は何なんだよ?」
「ああ、リライフの解体と鴻上仁討伐の功労者であるお前達に報酬を与えようと思って呼んだのだ」
灯真の質問に、麗色はニヤリと笑いながら答えた。
「報酬? お駄賃でもくれんのかよ」
「もっと良いものだ。お前達には報酬として——ギルドを与える」
「ギルド?」
想像の斜め上の答えが返ってきて、晃生が意外そうな顔をした。
「そうだ。今後お前達には学園に籍を置きつつギルド活動をメインに任務をこなしてもらう。この学園でも任務の斡旋はしているが、限定的だからな」
「ンだよ。報酬ってよりむしろ強制労働じゃねぇか」
「そう言うな。見ればきっと気に入るぞ。任務の為の装備も支給するし、達成すれば金も入る。既に拠点となるビルも買ってあるしな」
「ビル? ここじゃダメなのか?」
「この浮遊島からでは事件が起きてから駆け付けるまでに時間がかかる。ここから近い東京のど真ん中にビルを用意したから、基本はそこを拠点に活動すると良い」
まだ入学して間もないのに教育を放棄するような真似はどうなんだと男子勢は麗色にジト目を向けるが、殊の外女子達は専用のビルが手に入る流れとあって乗り気。中でも舞桜は目を光らせてテンションを上げている。
「いーじゃん! 皆でギルメンとか楽しそう! とーまも学園で授業聞いてるより任務でモンスターと戦ってる方が良いでしょ?」
「まあ、そりゃ……そうだな」
「取り敢えず、ギルドマスターは鴻上仁を倒した晃生がやれ」
灯真が丸め込まれ、流れが変わらないうちにと麗色が話を進めていく。
「何で俺がそんな面倒くさそうなことを……」
「依頼の受注や口座管理等、オンライン上の処理は全てマキナにやらせる。実質名前だけのものだ」
「それなら、まあ……けどギルドの件を受ける前に、確認したい事がある」
「何だ?」
そこで一旦口を閉ざした晃生は、珍しく相手の目を真っ直ぐ見て、ほんの少しだけ間を空けてから再度口を開いた。
「——俺がリライフに攫われるように誘導したのは、麗色ちゃんか?」
「えっ!?」
晃生の質問に対し、木乃香が真っ先に驚愕の声を上げるが……
「……何のことだ?」
麗色は内心を読み取らせない無表情で聞き返した。
「少なくとも麗色ちゃんは、俺が攫われることを知っていた。知っていて放置した。古城に見えても麗色ちゃんの警備システムが張り巡らされてる上、マキナが管理してるこの学園で不審者を見逃すとは考えにくい。孤島であるこの浮き島に無許可で離着陸していったヘリもそうだ。わざと見逃さない限り、あんな雑な犯行に麗色ちゃんが気付かない訳がない」
「私は忙しい。常に生徒達に気を配っていられる訳ではない。マキナに関しても、他のデータ処理を任せている間は監視システムに割く演算領域が減る時間帯もなくはない」
あくまでも偶然である要素を述べていく麗色に対し、晃生も確信している様子で続く推論を語る。
「あの場に喰代大我と不破雄理がいた時点でピンときたんだ。前に麗色ちゃんが自分で言ってたからな。どこかでぶつかったら蹴散らしてやれって。麗色ちゃんは俺達にリライフの一件で実績をあげさせ、かつ他ギルドや自衛隊、警察との繋がりを持たせてギルドを立ち上げさせるまでの流れが見えてたんじゃないのか? 後から考えれば、木乃香達の救援、自衛官や警官の到着、アンナ先生の後詰め、全部登場のタイミングが出来過ぎてたしな」
晃生が話を締めると、麗色は観念したように、そして何故か嬉しそうに口元を緩ませた。
「……フッ、お前をみくびっていたようだな。脳細胞の超回復でもしたか?」
「俺達の為だろうし、良いんだけどさ……事前に言ってくれれば良かったのに」
「それでは面白くないだろう。対応力も実力の内だ」
「確かに……まあ、掌の上で踊らされてるみたいで悔しかったから言っただけだ」
「1つ訂正するなら、私が繋がりを作らせようと思ったのは【明星】と【護り刀】のギルド、後は自衛隊だけだ。あの時リライフを包囲していたエージェントは警察組織にあって警官ではない。お前達が鉢合わせたのも偶然だ」
「警察組織にあって警官じゃない……? 確かに大我は公安って言ってたけど、制服も着てなかったし装備も銃以外は統一感が無かったからちょっと気になってたんだ」
「あれは公には存在しない警視庁公安部の特殊部隊——【F】だ。存在しない者の頭文字を取ってそう名付けられたらしい。特殊犯罪や異常犯罪を取り締まる為、広域犯罪に対応するアメリカの連邦捜査局を参考に設立され、日本国内の全てにおいて法執行権を持つ。法を超える権利もな」
「法を超える権利?」
「裁判での死刑判決を待たず、自身の判断で犯罪者を殺害する権利だ」
「ヤバすぎるだろその組織……」
「あの場でその権利を持っていたのは雅楽川一凜だけだがな。当然ある程度の制限もあるが、奴らは全員が一定以上の強さを持つ覚醒者達で構成されていて、人数や任務内容はおろか、存在自体を国家機密とされる——公安機動捜査隊に代わる公安部の執行隊だ」
「そんなのと会いたくなかったな。なんか俺、一凜って人に目付けられたっぽいし……ってか麗色ちゃんはなんでそんな国家機密を知ってるんだよ」
「電子的に保存された情報であれば私とマキナには公開しているも同然だ。どの国のどの機関だろうとな」
「マジかよ……あ、最後にもう1コだけ聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「俺らのギルド名って何?」
「——【蒼天】で登録しておいた。躑躅森亜凰の【蒼鷹】を超えろという意味だ」




