第75話:モンスターパレード②
——香川県観音寺市、稲積山。
その山頂には高屋神社の本宮があり、崖縁には観音寺市の街並みと瀬戸内海を背景に天空の鳥居が聳え立っている。
標高404mにあるその鳥居はどこか非現実的なムードさえ感じさせ、SNS映えを意識する若者にも大人気の絶景スポットだ。
その日も多くの観光客が景色を楽しみに来ており、そのうちの若者の1人がふざけて崖の縁ギリギリに立って友人に写真を撮るように要求していると——いきなりゴウウゥゥッッッッと吹いた突風が若者を押し出した——!
「えっ」
何が起きたか分からず素っ頓狂な声を上げた若者は絶叫する間もなく崖から転落していく。
カメラを構えていた友人が目を見開いて口元を手で覆い、周囲の人々もざわざわと騒ぎ立てる中——ビュウビュウと吹き荒れ始めた風が徐々にその風力を増していき、気付けば観光客達の髪や服がバサバサと暴れるまでになっている。
さらに強まっていく風速は25m/sにまで達し、とうとう立っていられなくなった人々は鳥居や木々に掴まって飛ばされないように耐える。
だが——次の瞬間、その暴風がなぜかパッと凪いだ。
「……?」
みんな不思議に思って辺りを見渡すと、眼下に見える観音寺市の市街地では風が収まっておらず、むしろ嵐のように強まっていく風がトラックを横転させ、屋根瓦を吹き飛ばしている。
風速は35……40……50m/sまで強まり、街路樹や木造家屋までが吹き飛び始めたところで白い壁のような靄がかかり、稲積山からは麓の景色が一切見えなくなった。
この壁は上から伸びてきた漏斗状の雲、竜巻の外壁だ。
稲積山の一部は今、台風と違って直径わずか10m程しかない竜巻の目の中にあるのだ。
だが渦巻く暴風の遠心力で無風になる目は小さくとも竜巻自体の直径はデカく、広範囲に甚大な被害を与えている。
前兆である積乱雲もなしに突如として発生した竜巻。その目の中に囚われた人々がバサァアアアッッッと上空から聞こえた鳥の羽ばたきのような音に釣られて上を見上げると、そこには風を操って滞空する、恐ろしくもどこか神々しい見た目の巨大な鳥がいた。
嘴を含めた頭部と爪は鷲に似た形状で、翼開長15m以上ある黒翼は赤熱化しているのかうっすらと緋色の光を放っている。
竜巻の目からはみ出している翼が荒れ狂う暴風の影響を受けていない上、明らかに揚力が足りないゆっくりとした羽ばたきでも高度を保って飛んでいることから、風を操る力——そしてそれを実現する魔力操作の精度が極めて高いことが分かる。
魔素粒子による輪郭の揺めき——風属性の精霊、暴嵐ノ怪鳥だ。
——キョァァアアアアアアアアアアッッッッとガルーダが不快な鳴き声を上げた途端に竜巻はより激しさを増し、稲積山の周囲ではトラックや列車などの1t2tではきかない重量のものまでが空を舞い、住家が跡形も無く吹き飛ばされてしまった。
♢
——太平洋上空。
ジョン・F・ケネディ国際空港発、羽田空港着の旅客機の中で、日本へ観光に赴く外国人やアメリカ旅行帰りの日本人達が機内食を食べていると、突然機内が暗くなった。
飛んでいるのは昼間の雲の上で、時差対策の消灯時間でもないのにだ。
「……?」
「なんだ……?」
「What’s happened?」
乗客達が不思議に思って少しざわつき出し、CAの1人が窓の外を確認すると……
眼下の雲海に、この旅客機をも上回る巨大な翼の影が映っていた。
乗客達もそれに気付き、怯えてシートベルトを強く締めたり携帯で撮影したりする中——ドォォォオオオオオオンッッッッと強烈な衝撃が旅客機を襲う。
激しい揺れに悲鳴が連なり、トイレ等で席を立っていた者はピンボールのように転げ回る。
今の衝撃で客室の与圧に異常をきたしたか、乗客の前に天井から酸素マスクが降りてきた。
機内アナウンスもままならない中、シートベルト着用のサインがポーンと点灯し——機体が急激に前方へ傾いた。
突如のしかかってきたジェットコースターのようなGに乗客達が耐える。
本来飛行機は多少の穴が空いてもエンジンと翼さえ無事ならそうそう墜落することはないが、今強烈なGがかかっているのは僅か12分間しかない酸素マスクの作動時間内に人体の安全圏である1万フィート——約3km以下の高度まで下がる為にパイロットが機体を急降下させたからだ。
そこまで降下し、なんとか機体を安定させた時、操縦室から見るパイロットの視界にソレは映った。
「なんだアレは!?」
翼開長はこの飛行機の幅を優に超えるほど巨大な翼を持つ——ドラゴン。
その翼はプテラノドンや多くの竜種のような皮膜ではなく鳥のような羽根で構成されており、体温調節の為か体表面も羽毛のような体毛で覆われている。
前脚は極端に小さく、後ろ脚も地上で最低限自重を支えられる程度までしか発達していないが、先端の爪は巨大で鋭く、獲物を捕らえるため鷲のように湾曲している。
ゾウでも鷲掴みにして空へ連れ去っていきそうなスケールだ。
時速900kmで飛ぶジェット旅客機の、しかも急降下で速度を増した機体の前を平然と飛んで見せたことから、このドラゴンは飛行能力に特化した個体。
天空の支配者——天竜だ。
あまりの巨体と強烈な羽ばたきによって気流が乱され、その後ろを飛ぶ旅客機がガタガタとバランスを崩し始める。
「くそッ、コントロールがッ……! アイツの後ろはマズい! 自動操縦を切れ! 手動操縦で右に旋回するッ!」
「了解! 管制塔! 緊急事態発生につき一旦航路を外れる!」
機長に指示されて航空無線で管制官に連絡した副操縦士がモードコントロールパネルの『HDGSEL』と書かれた進路保持スイッチとオートスロットルマスタースイッチをオフにし、機長がセンターコンソールの中心にある推力レバーを前方に倒して操縦桿を右にきる。
それで機体が大きく右へ旋回し、天竜の真後ろに発生する乱気流から逃れられた……かと思いきや、逃げる物体を獲物と認識して追う習性を持っていた天竜が凄まじい速度で後ろから迫り——旅客機の両側に伸びる主翼の根本を後ろ脚の爪で握り潰した。
構造上、ターボファンエンジンも主翼下に吊り下げられているた為、胴体のみとなったその旅客機は推進力も揚力も失って水面へと真っ逆さまに落下していった。
天竜は——そのまま大空を駆けて日本列島へ向かう。
♢
——熊本県、阿蘇地方。
阿蘇山。
火山活動によって出来た凹地は世界最大級のものを擁し、その広大な麓では天然温泉や湧き水などの大自然の恵みを齎している。
標高1592mもあるその山頂のさらに上、阿蘇山上空に今、積乱雲が発生していた。
阿蘇山が齎す地形性上昇気流が地上の暖かい空気と上空の冷たい空気を対流させて大気を不安定化させることによって積乱雲が発達していったのだ。
積乱雲は見る間に限界の高度まで積み上がった後、さらに回転する上昇気流を伴って水平方向へと広がっていき、超巨大積乱雲にまで成長した。
ここまではまだあり得るレベルの気象現象だが——この日、阿蘇山周辺の人々は未だかつて誰も見たことのない異常気象を目撃する。
通常2〜3時間程度で寿命を迎えるはずの超巨大積乱雲の成長が、むしろ加速していくのだ。留まる所を知らず。
メソサイクロンによって壁雲が回転する様はまるで超巨大な生き物が蠢いているかのように不気味で、見えている者にとっては世界の終わりそのものといった光景だった。
ゴロゴロゴロゴロォォッッッッと龍の唸り声のような雷鳴が響き渡る。
それはもはや超巨大積乱雲を超えた、超々巨大積乱雲とでも呼ぶべき異常気象。
そのドス黒い雷雲群の中で稲光りが瞬いた時——本物の、巨大な龍の影が映し出された。翼のあるタイプではなく、蛇のような骨格構造の蛟龍の影が。
雷光が迸る度にうねるように動いていることが分かるそれは、雷属性の精霊——雷鳴ノ巨龍。
生身の生物では到底立ち入ることの出来ない超々巨大積乱雲の中をまるでプールを泳ぐように心地良さそうに飛んでいる。
その雷鳴ノ巨龍がゴァァァアアアアアアアッッッッと雷鳴にも匹敵する吠え声を上げた直後、雷雲内に極限まで溜め込まれた静電気が幾百もの落雷となって阿蘇山に降り注ぐ——!
——ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォオオンッッッッ!!!!
1分間に最高28回、1時間に3600回もの稲妻が落ちる世界一の落雷多発地帯——ベネズエラにあるカタトゥンボ川の河口付近ですら比べ物にならない程の超常の雷雨。
超高温の雷撃で落ち葉や枯れ木に着火し、あらゆる地点から山火事が広がっていく。
阿蘇山の火口丘に広がる大草原や世界にも誇る雄大なカルデラが——一夜にして焼け野原に変わってしまった。
♢
——沖縄県、本島中部。
沖縄市、嘉手納町、北谷町に跨る——嘉手納空軍基地。
主にはアメリカ第5空軍第18航空団が所在している軍用飛行場であり、東京の品川区とほぼ同等の敷地面積を占める東アジア最大の米軍基地だ。
その敷地内に今、1匹の巨大な怪獣が侵入している。
イタチ科の哺乳類であるラーテルにゴリラと肉食恐竜を混ぜたような、とにかく凶悪そうな見た目をしている。
体長約12m、体高5m超というティラノサウルスにやや劣るくらいの大きさで、巨大とはいえこれまで巨獣と呼ばれてきた魔物の中では小ぶりな方ではあるが、恐るべきはその獰猛さ。
既存のラーテル自体も小型犬程度の大きさにも関わらず毒ヘビや蜂の巣を食い荒らし、トラやライオン、ワニ、クマにまで襲いかかるほど好戦的な生物で、『世界一怖いもの知らずの動物』としてギネスブックにも登録されている。
その獰猛な本能が魔力で強化されたかのような苛烈さで、怪獣は家族住宅や銀行、図書館、映画館等が建ち並ぶ居住区で暴れ回っていた。
四足獣ながらも人間のように器用で、建物の屋根を剥ぎ取ったり車をぶん投げたりと前肢を手のように使っている。
この緊急事態に兵舎からは武装した米兵がすぐに出動。
天下の米軍基地に単身乗り込んできたその怪獣をイギリス海軍の軍艦にも使われている『恐れ知らず』という意味の名前——Dreadnoughtと呼称しこれに対処を開始した。
歩兵がAR-15や拳銃で迎え撃つが、銃弾は硬い皮膚と毛皮に阻まれ、豆鉄砲のように弾かれてしまう。
中途半端に刺激してしまったことでドレッドノートはさらに興奮状態となり、米兵達を叩き潰し、喰い千切っていく。
この怪物を相手に歩兵戦力では無力に等しいが、嘉手納基地は飛行場であり空軍基地だ。
F-15やF-22A等の戦闘機やKC-135空中給油機は多く配備されているが、自軍の基地に爆撃をするなどという決断はそう簡単には下せない。
第一高射砲連隊第一大隊という陸軍の部隊も駐留しているが、こちらも主に配備されているのは航空機や弾道ミサイルを迎撃する地対空ミサイルであるPAC-3、救難ヘリのHH-60G等で、こういう事態に対処出来る地上戦力に乏しい。
それでもドレッドノートの進撃を止める為、米軍はHH-60GにM134を機体側面のラックに搭載して出動させた。
攻撃ヘリでなくともヘリはヘリ。ドレッドノートの巨体でも届かない空から、秒間最大100発もの7.62×51mm NATO弾をばら撒くM134が火を噴く——その直前、ババババババッと鳴るプロペラのローター音に反応してHH-60Gを見上げていたドレッドノートが口から無属性の咆撃を放った。
火球や衝撃波ではない、純粋な魔力の塊。
その魔力エネルギー弾の直撃を喰らったHH-60Gは呆気なく空中で大破してしまう。
これを見た米軍は戦闘機F-15を緊急発進させ、ドレッドノートへのミサイル攻撃を決断。
だが高い知能までも備えていたか、野生の勘か、それともただの偶然か、ドレッドノートは嘉手納基地内の弾薬庫地区へと足を踏み入れた。
無闇に攻撃すれば施設内の爆薬に引火して大惨事を引き起こす可能性もあり、ミサイル攻撃は一時中断せざるを得ない。
ドレッドノートはそのまま観光名所も多くある読谷村へと侵入し、さらに被害を拡大させていく。




