第74話:モンスターパレード①
その日、日本各地で同時多発的にゲートが出現し、大量のモンスターが国中を襲った。
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——北海道札幌市、羊ヶ丘。
その広大な大地の中心に開いたゲートから現れたのは、八つ頭の巨獣。
中生代ジュラ期後期に生息した長大な首を持つ大型恐竜、ブラキオサウルスをさらに巨大化し、首と頭を八つに増やしたような規格外の怪物。
ズゥウンッッッ、ズゥウンッッッと歩を進めるごとに地鳴りが鳴り響き、記念撮影をしたり景観を楽しんだりしていた観光客が悲鳴を上げながら逃げていく。
草を食べたり散歩したりしていた羊の群れもいち早く危険を察知して姿を消している。
獲物が逃げていく様子を八つの鎌首を擡げて眺めるその巨獣は、ガパァァッと全ての口を蛇のように大きく開いたかと思うと、キュィィィィンッとその口腔内に魔力エネルギーを収束させていく。
そして、八つの頭から一斉に、光線のような高密度の火炎ブレスが放たれる——!
——ゴォォォォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
羊ヶ丘展望台から見える、観光農園としての役割も担っていた美しい農業試験場が、北海道の広大な緑の大地が——たったの一撃で消し飛ばされてしまった。
『少年よ、大志を抱け』の言葉を残し、北海道開拓の礎を築いたウィリアム・スミス・クラーク博士の銅像さえ跡形もなく消え去り、焼け野原と化した大地を、その巨獣は闊歩する。
報告を受けたギルド管理局はこの巨獣を蛟龍に分類。八岐大蛇として識別個体に登録する。
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——岩手県北上山地北部、岩泉町。
安家洞——そこは文化庁指定天然記念物となっている日本最長の洞窟。
美しい鍾乳洞の洞壁を流れ落ちる地下水の石灰分が結晶化して出来た滝のような流れ石や、神殿と呼ばれる地底世界を思わせる幻想的な空間を一目見ようと日々観光客が訪れているが、安全の為に一般公開されているのは入口から500m地点までのみ。
その奥は23.7kmもの長大な総延長と、1,000ヵ所以上にも及ぶ分かれ道があり、まるで迷宮のように入り組んだ作りになっている。洞窟内の暗闇を蝙蝠が飛び回って恐怖を演出し、未だその全貌は把握出来ていない。
そして数日前から、この洞窟内で観光客が謎の失踪を遂げるという怪事件が立て続けに起きていた。
ある外国人観光客の1人はそこで吸血鬼を見たと騒いでおり、現地の警官はまともに取り合わなかったが……ギルド管理局は洞窟内に6人の大隊級パーティを派遣。いずれも閉所や暗闇に有利な戦闘タイプの能力者だったが、ほどなくして消息を断つ。
管理局は洞窟内に識別個体——ヴラドが存在しているとして安家洞を封鎖した。
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——新潟県、新潟市より日本海沖へ約42km。
日本海側最大の孤立大型離島、佐渡島。
海洋性の気候が織りなす美しい大自然の中に佐渡のラピュタと呼ばれる遺跡——北沢浮遊選鉱場跡や日本最大級の金鉱山である佐渡金山の道遊坑などがあり、自然と文明が調和した独特の雰囲気を味わうことが出来る。
その海域で突如として一部の海面が持ち上がり、巨大な津波となって佐渡島へと押し寄せてきた。
その高さ、およそ40m。
いち早く異変を察知した鳥達が一斉に飛び立ち、それによって島にいる人々もこの異常事態に気付くが——ここは本土から遠く離れた離島。逃げ場などどこにもない。
あったとしても波が伝わる速度は水深の深い沖合いほど速くなる為、日本海沖に浮かぶこの島に津波が到達するまで最早一刻の猶予もない。
地震や引き波等の前触れもなく始まった大津波に島内の人々はみな絶望し、立ち尽くすしかない。
尖閣湾を遊覧していた海中透視船に乗る観光客も悲鳴を上げる以外になす術もなく、激流に呑まれる木の葉のようにひっくり返されてしまった。
そして——ドドドドドドドドドドドドドドドォォォオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
海の神や大自然そのものの怒りが産業遺跡等の自然に残る文明を沈めに来たかのように超巨大津波が佐渡島を呑み込み、激流が人間や人工物を洗い流した。
誰もいなくなったその島に、ザパァァアアアアアンッッッと上陸したのは、メガロドンやモササウルスをも喰らう海洋生態系の頂点——水竜だった。
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——中部地方、静岡県と山梨県の境。
霊峰・富士。
世界自然遺産ではなく、ユネスコ世界遺産委員会により『信仰の対象と芸術の源泉』として世界文化遺産に登録されている。
標高3776m。言わずと知れた日本最高峰の山だが、その周辺も美しい光景が広がっており、山頂からは南アルプスや伊豆半島などが望める。
毎年数万人〜数十万人の登山客が訪れるそこは、実は『100年活動度または1万年活動度が高い活火山』としてランクBの活火山に分類されている。
有史以来最大級の噴火だった約300年前の『宝永の噴火』を最後に現在は長い眠りに入っている富士山だが……
その日、火口と噴気の温度が急激に上がり、もくもくとドス黒い煙が吐き出され始めた。
さらに山体が膨張して山道に亀裂が走り、至る所に生まれた噴気孔からも煙が上がる。
山中だけでなく、麓に広がる青木ヶ原樹海や河口湖の動物達が騒ぎ出したのは、人間には分からない低周波地震や地磁気の変動を感じ取ったから。そしてそれは地下のマグマが動いているという証明だ。
登山客が騒ぎながら慌てて下山していく富士山、その地下15kmにあるマグマ溜まりをまるでプールのように遊泳する巨大生物が歓喜の咆哮を上げる。
——ゴァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
その咆哮と共に火道内をマグマが迫り上がり、火口から一気に噴出する——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ——ドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
300年ぶりの富士山の大噴火と共に火口から現れたのは、火竜。
グルルルルルルゥゥゥッと大気を震わせるような唸り声を上げ、ガスンッッ、ガスンッッと火口から出てきた火竜は巨大な翼を広げ、大空へと飛び立つ。
この大噴火は周囲の富士吉田市、御殿場市、富士宮市等、半径15kmのエリアに火砕流や溶岩流、噴石の被害を齎し、火山灰は西南西の卓越風に乗って神奈川県、東京都にまで降り注いだ。
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——京都府京都市、伏見区。
伏見稲荷大社。
正月の初詣だけでも250万人前後もの参拝者数を誇り、毎年欠かさず参拝する有名企業の社長もいるほど人気の神社だ。
宇迦之御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神の『五柱の神』を祀っており、商売繁昌、五穀豊穣、万病平癒、学業成就など様々なご利益があるとされている。
有名な千本鳥居は400mに亘って建ち並び、境内奥の中腹を美しい朱色に彩っている。
その奥宮から奥社奉拝所への山道を、神社の代表である宮司自ら参拝者が少ない時間帯に箒で掃除していると……
ジリジリと、周囲の温度が少しずつ上がるような感覚を覚える。
「……?」
宮司は一旦掃除を中断して御本殿に戻ろうとするが……いくら歩いても鳥居が連なる道を抜け出せない。
感覚的には既に400mは歩いたはずだが、宮司の眼にはまだ遥か先まで続く鳥居のトンネルが映っている。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
不自然に上がってきた気温も相まって息が切れてきた宮司は足を止めて途方に暮れる。
だが汗を拭って改めて前方をみると、そこには鳥居の道はなく、目指していた御本殿が目の前にあった。
気のせい、ではない。宮司の眼にはさっきまで確かに鳥居の道が続いていた。
まるで狐につままれたような気分だ。
「一体、どうなっているんだ……」
宮司は混乱しながら辺りを見渡すと、今自分が歩いてきた鳥居の道の景色がユラユラと揺れるように歪んで見えている。
熱による空気の密度勾配で光の屈折率が変化する現象——陽炎だ。
その揺めきが収まっていくと同時、見たこともない狐の怪物が姿を現した。
伏見稲荷の敷地内には108体の狐の石像があるが、この妖狐はその像と似ても似つかぬ容姿をしている。
まず大きさが普通の狐の比ではなく、成体の熊より一回りも二回りも大きな巨体で、その全身の体毛は美しい純白。
尻尾は九つに分かれており、周囲には高密度の火の玉を幾つも浮かべている。
この神社内の神聖な雰囲気も相まって、どこか神々しささえ感じさせる佇まいだ。
「お……おお……お狐様か……?」
日本では昔から狐を神聖視する文化があるが、ここ稲荷神社でも白狐は人々に幸せを齎す神の使いとされている。
だが宮司の前に現れたソレは美しくも禍々(まがまが)しい、歴とした魔物。
狐火の高熱によって蜃気楼さえ操る化け狐だった。
魔物の周囲に浮かぶ狐火が四方八方へと放たれ、標高233mの霊山である稲荷山が丸ごと燃やされていく。
山火事を引き起こして宮司や観光客を大勢焼き殺したこの魔物は九尾狐として識別個体に登録される。
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——滋賀県、琵琶湖。
滋賀県の約6分の1——670km²もの面積を持つ日本最大の淡水湖であり、275億tもの貯水量で近畿圏の人々の生活を支える大自然の恵みだ。
そして琵琶湖は大きさだけでなく、日本最古の湖でもある。およそ400万年もの歴史を持つ世界でも有数の古代湖で、土砂の堆積にも埋もれず残存してきたその水中には独自の進化を遂げたビワコオオナマズやビワマス等の固有種が実に60種以上も存在している。
その琵琶湖が——たった一夜にして干上がってしまっている。
最大水深103.58mの湖底まで丸見えになり、外来種のブラックバスやブルーギルがピチピチと飛び跳ねている。
その原因を作ったのは、琵琶湖内の沖島上空を旋回しながら飛ぶ、青い炎の鳥。
青い、ということは、その炎が1万度を超える超高温の熱エネルギーを持っているということ。
精霊クラスの魔物でその輪郭は燃え盛る炎で揺らめいており、あくまで鳥のような形をした炎属性の魔素生命体だが、嘴から尾羽と思われる先端までの全長は約3.5m。翼を広げた翼開長に至っては10m以上あり、飛行能力を持つ鳥の中で世界最大種であるアンデスコンドルの3倍を優に超える。
その威容から炎凰と名付けられた巨鳥は魔素濃度の高い場所を求めて北へと飛んでいった。
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——鳥取県鳥取市、鳥取砂丘。
それは県内東部の日本海側に広がる海岸砂丘で、特別保護地区や天然記念物にも指定されている貴重な砂礫地だ。
長い年月をかけて風化した中国山地の花崗岩が千代川によって日本海の海岸へ運ばれ、そこで乾いた砂が卓越風に乗って堆積していったとされ、大自然の歴史が詰まっている。
厳しい環境下で生きる砂丘地特有の動植物や風によって砂が動かされて生まれる風紋、砂が流れ落ちた時の砂簾など、砂と海と風が織りなす景観はまさに自然の芸術だ。
年間180万人もの観光客が訪れるその場所で——ゴゴゴゴゴゴゴゴッッ——ズズズズズゥゥウウウウンッッッと震災のような地響きが起きた。
地面の中で、何か巨大なモノが蠢いているかのように波打つ砂丘が形を変え、地響きが徐々に大きくなっていく。
そして——ゴバァァアアアアアアアアアアッッッッと砂丘の一部が噴火のように弾け飛んだかと思うと、地中からドラゴンが現れた。
突如として出現した巨大な怪物の脅威に、らくだライド体験やサンドボードを楽しんでいた観光客達が悲鳴を上げながら一目散に逃げていく。
暴れるラクダから振り落とされた男が腰を抜かして立ち上がれず、震えながら振り返ると……
ティラノサウルスを3倍にも4倍にもしたようなサイズの怪物がギョロついた眼をこちらに向けていた。
だがティラノサウルスとは違って前脚も大きく発達した四足の骨格構造を持ち、体表面の多くは硬そうな岩石質の鱗で覆われている。
足元に座り込む男を巨大な顎と牙で噛み潰して捕食したその地竜は土や岩石を操作する能力でまた地中に潜り、逃げた観光客達を追いかけていった。




