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第90話 黒猫④

 原画展と同時期に開催しているコラボレーションカフェは、会場から5分ほど歩いた場所にあった。紅麗奈さん曰く、ここは常に何かしらの作品とコラボしているらしい。そういったコンセプトの店なのだろう。


 何はともあれ、原画展の感動を継続できるのならば、これ以上打ってつけの場所はない。周囲の原画展グッズを買ったと思われる袋をぶら下げた人達も目的地は同じに決まっている。


 移動しつつ、スマホで店のメニューを調べてみると、思ったとおり限定グッズや作品に登場した食事を再現したもの、キャラクターをイメージしたメニューが目白押しだった。これは期待が持てそうだ。


「なんか人多くない?」

「やっぱ、そう思う?」


 コラボカフェに向かうに連れて、お菓子に群がる蟻の如く、明らかに人が増えている。


「とにかく1回お店まで行ってみようよ。もしかしたら、違うかもしれないし」

「……なんだか嫌な予感がするぞ」


 この横断歩道を渡って、1本道に入ったところにあるビルの1階にコラボカフェがある。今いる場所からは、建物の影になってしまって混雑状況が見えないが、裏を返せば行列ができていないとも言える。


 信号が青に変わる。この胸のざわつきを一刻でも早く解消するために駆け出したい気持ちを抑えて、紅麗奈さんの歩幅に合わせて歩く。今から焦ったってどうにもならないのであれば、少しでも余裕のある男を演じるべきだ。


「あれ……かな?」


 白っぽい外壁の店舗が見えて来た頃、自信がない様子で紅麗奈さんがそう言った。


「それっぽいね。人も何人かいるみたいだし、たぶんそうだと思う」

「もしかして私達ってラッキー?全然、並んでないよ!?」

「ラッキーなのかなぁ?こういう時って、そう上手くいかない――」

「いいからいいから、ちょっと様子見て来てよ」

「えぇ!?俺が?すぐそこだから一緒に行けばいいじゃんか」

「ちょっと店先の人達が怖いかなーなんて。お願い!」


 そんな可愛くお願いされたら断れないだろうよ。


 あらためて店先を確認すると、紅麗奈さんの言うとおりカメラを構えた数人の男女がうろついている。同じグループということでもなさそうだ。


 俺も男だ。覚悟を決めて、コラボカフェと思われる店舗へ向かう。俺の気持ちとしては、駆けて行きたいところだったが、他のお客さんが驚くと思ってやめた。決して臆したわけではないことは伝えておこう。


 店舗の外観は一見すると、いたって普通のよくあるものなのだが、入口近くにポスターが貼られていた。どうやら、これが目印らしい。

 そこには、店員の制服を模した服を着た中村先生のキャラクター達が描かれていて、所謂夢のコラボというやつなのだろう。紅麗奈さんが言っていた人達は、店頭でポスターの写真を撮るファンの姿だったのだ。


 とりあえず害はなさそうだ。行列もないようだし、紅麗奈さんのところに戻って、入店しようではないか。


 ここで、入り口の扉に貼り紙がされていることに気がつく。内容を伝える前に言っておくと、俺の嫌な予感が的中した形だ。

 そこにはこう書かれていた。『完全予約制』と。



 結局のところ、俺が行き着く先はいつだって喫茶店だ。あの後、紅麗奈さんにコラボカフェが予約制だったことを告げると、少し残念そうな顔をしたものの、気になっている喫茶店があるとのことで連れて来られたのがここだ。到着するまでの間に2、3時間のショッピングタイムに付き添ったのだが、結局何も買わなかったのだから女の子は分からない。まぁ、寄り道にしたら可愛らしいものだ。


 店内を見渡すと、なるほど趣がある純喫茶だ。他の客は、老年の女性と読書をしている中年男性だけで、店内のBGMはない。賑やかな7188とは異なり、女の子だけでは入店することを尻込みする気持ちも分からなくもない。


 この店のコーヒーは、軽やかな味わいのアメリカン。特段特筆することもない普通の味だ。紅麗奈さんは、どこでこの店の情報を仕入れたのだろうか。


「いろいろ連れ回しちゃってごめんね。楽しくなっちゃって」

「気にすんなって、俺が住んでる街にはない店を見れて良かったし」

「そう?なら良かった。こんなにデートらしいデートしてるの初めてで、分からないの」

「そんなこと言って、そんだけお洒落なら引くてあまただろ?俺は賢いから分かるんだ」

「あら、そしたらきーくん全然賢くないよ。私とデートした男の子は1人だけだもの」


 急に顔が熱くなることを感じて、温くなり始めたコーヒーを飲む。いつも飲んでいるコーヒーに比べると飲みやすいが、味が薄い。ガブガブ飲むのにはちょうど良い。


「さっきの帽子買えば良かったのに」


 俺の同様を知ってか知らずか。あっけらかんと会話を続ける紅麗奈さんが言っているのは、一緒に行ったセレクトショップにあったハンチング帽のことだ。似合ってるとやたら勧めてきたが、試しに被ってみた姿を鏡で見て買うのをやめたのだ。あまりにも父さんに似てたから。


「あ、あー、アレね。あれはちょっとねぇ……」

「もったいないなぁ。買ってあげようか?」

「いいっていいって、必要になった時に自分で買うから」

「来年の夏頃に買うってこと?」

「んー、もっと先だと良いな」

「どういうこと?」

「人生設計の話」


 不思議そうな顔をする紅麗奈さんに俺の心中は察せない。なぜなら、彼女が地元にいた時には、父さんの頭は大いに茂っていたのだから。


「そうそう、コラボカフェは残念だったけど、どっか付き合ってって言ってたじゃん?それってここだったの?」


 こう言ってはこの店のマスターに悪いが、あまりにも普通の喫茶店すぎる。華の女子大生がわざわざ情報を仕入れてくるような場所ではない。コーヒーの味がそれを物語っている。


「違うよ。ここは気になってたから暇つぶしに寄っただけ。そうだなぁ、時間的にそろそろ良いだろうから行こっか」

「行くってどこに?」

「それを言ったら面白くないでしょ」


 外は徐々に陽の光が消え、街灯に灯りがつき始める頃合い。これからどこに連れて行かれるのか。困惑する俺とは裏腹に紅麗奈さんは、早々と荷物をまとめ始めていた。

 次回の更新は、12月24日(土)の予定です。

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