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第9話 ハッピーハロウィン①

『もっと声出してくれないとイタズラしちゃうぞー!!』


 アイドルのコールに対する灰色のレスポンスがテレビから響いている。ファンのボルテージは最高潮だ。近年、女性ファンが増えてきているとはいえ、会場内の8割は男性だ。数年前の公演となれば、なお顕著にその傾向が表れる。


「はー。今のびっきーもいいけど、加入時の初々しいのも可愛いなぁ。でもなぁ……」

 

 平筒菜美希。あだ名はびっきー。俺が愛してやまないアイドルグループ、ハロウィンファクトリーのメンバーだ。東北地方の方言でびっきは蛙のことなのだが、本人も大の蛙好きと言うこともあって公式も使用している。

 最初は曲に惹かれて聴き始めたのだが、気付いた頃には彼女の魅力にどっぷりとハマっていた。その顔、その声、その笑顔。どこをとっても俺の理想を詰め込んだ究極生命体と言っても過言ではなかったのだ。こんなに思い焦がれる人が他に現れるなど、微塵も思っていなかった……つい先日までは。


 咲良さんに平筒菜美希の面影を見てしまってから、逆にびっきーの一挙一動の中から咲良さんと似ている部分を探している自分に気づいてしまった。

 笑った時に目がなくなるところや照れた時に耳が赤くなること等共通点が多い。びっきーはびっきー、咲良さんは咲良さん。それは重々承知だ。比較すること自体、彼女達に失礼なのだろう。だが、俺の単純な脳味噌は、それをやめられなかった。繰り返し彼女達のことを考えるほど自分の気持ちの輪郭がはっきりと見えてしまう。


「あーあ。俺、どうしちまったんだろ。あんなに楽しく見ていたハロファクなのに今日はそんなに――」


 楽しくない。出かかった言葉を飲み込む。その表現は違うような気がしたのだ。そして、いつものように机の下に体を滑り込ませて大の字になる。

 テレビからは、コンサートの音が鳴ったままだ。この36秒後、歌詞を間違えたびっきーの超絶可愛いハニカミスマイルが登場する。ファンの間では伝説と化しているこのシーン。俺は毎回正座で鑑賞していたが、今日はそんな気分にはなれなかった。咲良さんの名前が表示されているスマホをぼんやりと眺める。


 咲良さんと喫茶店に行ってから既に1週間が経っていた。臆病な俺は、未だアクションをとれていない。何度も電話してみようと試みているのだが、失敗するビジョンが頭をよぎってしまうのだ。そして、時間が経つほど気持ちが重くなる悪循環に陥っていた。


 雨の音が聞こえる。いつのまにかコンサートの映像は終わりを迎えていたらしい。いつもであれば、このまま次の公演の映像を流すが、そんな気分にはなれなかった。


 寝転びながら手を伸ばし、本屋で買った観光誌を手に取る。何度も繰り返し読み込んだそれは、ところどころ折れ曲がり、複数枚の付箋が貼られていた。地元民ではない俺にとっては、遊びに誘うのも旅行先を見つけるのも同じようなものだ。


「女の子を誘うなんて、ビッグイベント経験したことないから、いざこうなると全く分からん」


 少なくとも咲良さんだって、この辺りに数年間は暮らしているはずだ。定番は既に堪能しているかもしれない。ましてや地元民ということも念頭において考えなければならないだろう。


「うーむ。こうなれば覚悟を決めるしかないか」


 立ち上がるとクローゼットの前へ移動する。真剣な顔で戸を開くと上段に置かれていた小ぶりなダンボールを宝石を扱うように慎重に取り出すと、そのまま机の上に置いた。


 深呼吸をしてから箱を開ける。そこにはハロウィンファクトリーのメンバーが描かれたカラフルな化粧箱が入っていた。もちろん新品未開封だ。

 俺がハロファクを知る前にファンクラブ限定で販売された商品で、今やプレミアがついている物だ。

 本体は何てことのない普通のカードをシャッフルする機械だ。付随しているメンバーの写真が使われた曲名カードを使って、自分だけのセットリストを作ろうというコンセプトらしい。このカードが全て撮り下ろしという気合の入れっぷりで、今なお欲するファンが多い理由はそこにある。

 昨年、偶然入ったお店で売られていて、即決で購入した。定価の倍で購入したこともあって、大事にとっておいたが、今使わないでいつ使うのだ。中身を取り出し、電池を入れる。


『ハッピーハロウィン!』


 電源を入れると少し音質の悪いメンバー全員の声が流れた。これを生で聞いたことのあるファンの方が少ないことを考えるとなんだか考え深い。

 次は、カードの束だ。1枚1枚じっくりと鑑賞したいところだが、まずは平筒菜美希だ。お、いたいた。デビュー当時のまだ垢抜けない感じが可愛らしい。このカードだけでも高値で取引されているというからファンの収集欲は底がしれない。じっと眺めた後、テーブルの端にそっと置いた。どうか俺を見守っていてくれ。


 俺は用意した付箋に咲良さんと遊ぶ候補地をいくつか書き出す。遊園地、水族館、動物園、映画、喫茶店、居酒屋等々思いつく数だけ付箋が増えていった。そして、それを1つずつカードへと貼り付けた。


「候補地がありすぎるからいけないんだ。ハロファクにジャンルを絞ってもらえれば、その中から選ぶだけで済むしな。セットイン!」


 付箋が貼られたカードの山をシャッフルマシーンへセットする。1番最初に引いたカードの場所で決定だ。おそるおそるスタートボタンへと指を伸ばす。慎重に、ゆっくりと。この結果次第で自分の運命が決まると思うと自然と背筋が伸びた。


 今まさに触れそうとした瞬間、来客を告げるチャイムの音が鳴り、俺は崩れ落ちた。誰だ!この神聖な儀式を邪魔する不届き者は!であえであえ!


『おーい。いるんだろ?はよ開けてくれー』


 望の声だ。急になんだ?特に約束もしていないぞ。とりあえず扉をドンドンと叩くのをやめろ。取り立てが来ていると思われるだろうが。


「はいはい。今開けるから待ってろ」


 広げたハロファクグッズをそのままにして、俺は玄関へと向かう。

 この時はあんなことになるなんて想像すらしていなかった。

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