第10話 ハッピーハロウィン②
「よっ!雨宿りさせてくれ」
扉を開けると望が軽い挨拶をしてきた。随分濡れているようだ。傘もささずにここまで走ってきたらしい。いつも綺麗にセットしているご自慢の髪型がぺちゃんこになっている。1人か?隣に女の子がいない望なんて久しぶりに見たぞ。
「うわー。びしょびしょじゃないか。とりあえず入れよ」
「ありがとう。正直、断られたらどうしようかと思ったんだ」
開けた扉から見えた外は、思った以上に雨脚が強かった。今日は一日中部屋にこもっていたから気付かなかった。
「シャワー浴びてこいよ」
望にタオルを差し出しながら浴室へ行くように促す。そのままだと風邪をひきそうなこともあるが、何より部屋が濡れる。おい、なにあきれた顔をしているんだ。別に他意はない。
「そういう台詞が女の子にも言えたらなぁ。見てくれは悪くないしさ」
「余計なお世話だ。いいから、さっさとシャワー浴びてこいよ。俺のジャージでよければ置いとくから」
「それは助かる。でもな、下着もぐしょぐしょなんだ。ってことはだな……大丈夫か?気にしない?」
「かまわんかまわん。風邪ひかれた方がやんだわ。ほれ、さっさと行ってこい」
「さんきゅー。いやぁ持つべきものは友だね」
望が浴室に入っていくのを見届けて、俺は部屋に戻る。えっーと。ジャージはどこにしまったっけ。可哀想だから暖かいお茶でも淹れといてやるか。
ひと通り準備を終えた俺は机を片付けることにした。シャッフルを始めるボタンを押す機会はいくらでもあった。来客とは言え、ものの数秒で終わるはずだ。だが、俺はカードをセットしたまま電源を切り、部屋の隅へ移動させる。
望が訪ねて来なかったとして、俺はあのボタンを押せただろうか。突然の来客にホッとしていないだろうか。問題を先送りにするのは俺の悪い癖。自分の情けなさに思わず苦笑する。
「なに1人で笑ってんだよ。こわいな」
ジャージに着替えた望がタオルで頭を拭きながら部屋に入ってきた。声ぐらいかけろ。驚いたじゃないか。
「お!相変わらずだなぁ。どれどれ……お!これって出たばっかのやつじゃん!俺まだ買ってないよ」
少し目を離した隙に望が部屋の隅にあるものを物色していた。そこにあるのは、俺が厳選したびっきーグッズだ。主にアクリルスタンドと生写真が飾られているスペースで、祭壇と称している。
望は、発売したばかりのアクリルスタンドを上から下までまじまじと眺めている。俺がやれば不審者だが、イケメンがやるだけで絵になるから不公平だと思う。
そして、何を隠そう俺がハロファクにハマるきっかけになったのはコイツだ。入学後のオリエンテーションの際に隣の席に座っていたコイツが、あまりにもハロファクの話ばかりするので、試しに聴いてみたのが人生の分かれ道。
彼の推しメンは、一関凛。ボーイッシュな娘で男の俺から見てもイケメン顔。ハロファク女性ファンの4割は彼女のファンという噂もある。ちなみにあだ名は、きりん。
「おおおおおおおおおおお!!!!!」
突然、雄叫びをあげる望。雨に打たれすぎておかしくなったか。体温計はどこに閉まったっけ。
なおも興奮冷めやらぬ様子で奇妙な動きを繰り返している。
「なんだよ。うるさいな。お隣さんに迷惑だろ」
「ダッテ!コレ!オマエ!ドコデ!」
なんでカタコトになっているんだ。まぁ気持ちは分かる。今、望が抱えているシャッフルマシーンは、全オタの憧れみたいな商品だからだ。
『ハッピーハロウィン!』
「本物だ……」
電源を入れただけで、感動している。そして、やはりというべきかセットされたカードの山にも気付く。頼むからそっとしておいてくれ。
「こ、こっちにきてお茶でも飲まないか?暖まるぞ」
俺の優しい誘いも虚しく、望はスイッチを押す。そして、部屋に響く異音。ぎぎぎぎとシャッフルマシーンから鈍い音が鳴っている。
「わ、わりぃ。なんか詰まったみたいだ」
「うそだろ……」
ダッシュで望の手からシャッフルマシーンをもぎ取る。無事か我が宝よ。電源を切ると部屋に静寂が戻った。
望が不安そうな顔でこちらをうかがっている。彼もハロファクを応援している民の一員だ。心中察する。そして、安心したまえ。君は悪くない。悪いのは本来の用途とは異なる使い方をしようとした俺なのだから。
「……なんだよそれ」
「俺がカードに貼り付けた付箋だよ」
「……は?」
付箋が貼られたカードを手にした俺を見て、なんでそんなことをって顔だな。誰だってそう思うだろう。だが、これには深い訳がある。望には理解されなそうだが、黙っていても仕方がないか。
「……咲良さんだよ」
「……なんでそこで咲良さんの名前が出てくるんだよ」
ほら、やっぱり察してくれない。シャッフルマシーンと目的地が書かれた付箋が貼ってあるカード。なぜシンプルな答えにたどり着けない。お前の推理力はこんなものじゃないはずだ!ヒントを出してやろう。
「1週間」
「……へ?」
「俺は既に1週間もの間、悩んでいる」
「あ、あ〜。そういうことかぁ。……ってか、そんなことにそれ使ったのか!?勿体ない!」
うるせぇ。価値観は人それぞれなんだよ。望にとってなんてことないことが、俺にとってはとんでもないことだった。ただそれだけ。なんなら、助言をお願いしたい。へるぷみー。
「あのなぁ……うだうだしてたって何にも進まないぞ。ちなみに初めて誘う感じ?」
「1週間前に会って、その時に今度は俺から誘うって宣言したかんじ……みたいな」
「今度はってことは、前回は咲良さんから誘ったのか。見た目によらずけっこう肉食系ってやつ?……ってか1週間!?お前バカかよ!?」
望はあきれた顔をして、机の近くに腰を下ろす。お茶を啜りながら、「ありえない」とぶつぶつ言っているが聞こえないふりをしておこう。
そんなこと分かっているんだ。分かっているからこそ、進まないことだってあるじゃないか。




