第81話 電話③
「うん。届いた。え?米はまだあるよ」
来客かと思えば、実家からの宅配便だった。ダンボールの中にはいつものように潤沢な支援物資の数々。もちろん、あの缶詰もある。
『しっかり食べなさいよ。そっち行ってから痩せたんじゃないの?この間会った時ガリガリだったじゃない』
「いやいや、母さん、逆逆。高校の時より5キロくらい太ったって」
『それはそれで心配になるわよ』
「だって、仕方がないだろ?あの頃くらい運動しているわけじゃないし。かと言って、食べる量がそんなに減ってもないし」
『さっきの発言は撤回します!食べなくても死なない!けど、捨てるのももったいないから、しっかり食べなさい』
「それ、どっちなんだよ……」
中高とバリバリの運動部だった俺は、1日4食なんてザラだった。土日は5食のおやつ付きなんて日もあったくらいだ。そんな食生活に支えられた俺の体が、常人の生活にすぐ戻れるわけもなく。今なおリハビリ中だと言えるだろう。
「お!やった。ブラウニーもあるじゃん」
『たまたま行ったら置いてある日だったから、お裾分け』
「すげー嬉しい。このレベルの美味しさって、こっちでも中々なくてさ」
俺が喜ぶのには訳がある。このブラウニーは、地元にある母さんより一回り程若い店主が1人で営んでいるお菓子屋のものだ。店に並ぶ商品の数は多くないが、どれもこれも一級品。その代わり、自分の気に入った商品があるかは、行ってみないと分からないのだ。
主要な通りからは外れたところにこじんまりと店を構えているため、地元でも知る人ぞ知る名店だ。単に常連が競争相手を増やしたくないだけかもしれないが。
『端の方に青いビニール袋入れたんだけど見つけた?』
「袋?ちょっと待って……あったけど?これなに?今開けるから待って」
少しだけ膨らみがあるビニールは、綺麗に折り畳まれ、セロハンテープで封がされている。この形は、葉書かカードか、そう言った類の物だろう。
ほら、やはりそうだ。……いや、写真?1番上に重なっていたものを取り出すと、俺の目は大きく開かれた。
「な、な、な、な、な、な、なんじゃこりゃ!」
手にした写真に写っているのは間違いなく俺自身。それも浴衣姿のものだ。
「なんで母さんが、この写真を持っているんだよ!」
『ふふふ、琴美ちゃんがね、お裾分けってくれたのよ。持つべきものは友だわ』
「お裾分けって……」
『ちゃんとお礼しておくのよ。一緒に贈答用のお菓子もされておいたから。それにしても、お父さんに似てイケメンだわぁ』
父さんは別にイケメンではない。至って普通の中年男性。それも、最近髪が独立し始めているタイプ。両親の仲が良いのは喜ばしいことだが、俺は禿げたくない。ふさふさでいたい。いさせてほしい。
『他の写真は見た?清隆が子どもの頃の写真を送ってみたんだけど、どう?懐かしいでしょ?』
「懐かしいけど、わざわざ送って寄越さなくたってさ〜」
近所に暮らす友達たちと楽しそうに遊ぶ写真が次々と。釣りに花火にトランプに雪合戦。記憶は薄れているが、確かな事実として写真が証明してくれている。こんなこともあったのだと。
『倉庫の奥にあったの引っ張り出してきたんだから、そんなこと言わないでよ。あんたがくーちゃんのこと忘れているから送ってあげたんじゃないの。最後の写真見てみなさい』
「最後……?」
厚みのある写真の束の最後の写真。そこには少しふっくらとした女の子と共に撮られた写真があった。実家の前で撮られた写真は少し色褪せて、フィルム独特の色合いが懐かしい。
『どう?思い出した?それ、くーちゃんが引っ越しちゃう少し前に撮ったやつなんだけど』
「う、うーん。たぶん覚えている。うっすらとした記憶があるようなないような……ってか、これが紅麗奈さんなの?はぇー、人って変わるもんだなぁ」
写真の中の紅麗奈さんは、お世辞にも男子にモテるタイプではないだろう。写真もこれ1枚だけということは、幼い頃の俺とは家が隣同士の幼馴染というだけで、接点らしい接点がほとんどなかったことの証明になるだろう。共通事項は母さんくらいなのだから、それが自然だ。
『本当に綺麗になったわよねぇ。そっちでくーちゃんに会ったんでしょ?今度会う時、見せてあげなさいよ。昔話って盛り上がるのよね』
「あーそれは分かるけどさぁ……ん?なんで紅麗奈さんと会ったこと知ってんの!?」
『だって、くーちゃんが連絡くれたんだもん』
「だもん、じゃないよ……。俺のプライベートだだ漏れじゃん」
母さんが着実に俺の前線基地まで侵攻を進めている。次、攻め込まれた時には、こちらで集めた味方が全員裏切ることになりそうだから恐ろしい。
『可愛い息子が連絡くれないから、私としては大助かりなんだけどなー』
「へいへい、じゃあ切るよ?そろそろ出かけたいし」
『あ、そうなんだ。じゃあ、咲良ちゃんにもよろしくね』
「……なんでそこに咲良の名前が出てくるんだよ」
『ち、ちょっと!呼び捨て!?今、呼び捨てにしたわよね!?つまり、そういうこ――』
母さんが何やら興奮していたが、通話を終了した俺には何も聞こえなかった。そういうことにしないと、赤くなった顔を誤魔化す理由が見つからなかったからだ。
火照りが冷めるのを待って、家を出ようとした。だが、頭の中から咲良が出ていかない。この部屋にも咲良との思い出がそれなりにあるのだ。そのことに気づいてしまったら、もうどうにもならない。羞恥心をガソリンに7188まで駆け抜けるだけだ。
次回更新は、11月23日(水)の予定です。




