第79話 電話①
「それってモテ期ってやつじゃないっすか!?」
客のいないコンビニに岡崎君の声が響き渡る。本来、帰宅ラッシュが落ち着いたこの時間にレジは2人もいらない。お互い暇を持て余しているのである。
「そんなんじゃないって」
「そんなんあるっすよぉ!」
紅麗奈さんとのやり取りから逃げるようにバイト先に転げ込んだのが3時間前。細かいミスが続く俺を心配して話しかけてくれた岡崎君に今日の顛末を話したのが、ついさっきだ。
「それで?OKしたんすか?」
「……まぁ。押し切られた感じってやつ?でも、デートじゃないよ?ただ、遊びに行くだけ。ほ、ほら積もる話もあるってやつ?」
「そんなんデートじゃないっすかー!」
俺は遊びに行くってことで折れたのだが、やはり対外的に見れば、この年齢の男女が2人で遊びに行くこと自体がデートということになるらしい。しかし、これはデートではない。断じて違う。
「前も可愛い女の子が先輩を訪ねてここに来たことがあったじゃないっすか。どうなってんすか!不公平っすよ……」
「げ、元気出せって、そもそも不公平ってなんだよ」
「先輩は余裕があるから、そんなこと言えるんす。なんすか、夏祭りの日には浴衣デートしておいて、今度は再開した可愛い幼馴染とデート。俺の人生にそんなイベント1回も起こったことないっす!そもそも、女の子の幼馴染なんていないし……。これが不公平じゃないなら、なんなんすか!」
「な、な、何で夏祭りのこと知ってるんだよ」
「友達と遊びに行ったら、偶然見かけたんすよ。声をかけようとしたら、浴衣の可愛い女の子と楽しそうに話してるし」
「別に話しかけてくれて良かったのに。やましいことをしているわけじゃないんだから」
「そんなん無理っす!あんな幸せ空間に飛び込むなんて、こっちの身が持たないっすよ。それにいいんすか?女の子が俺に惚れてしまうかもしれないっすよ?」
「いや、それはないから大丈夫」
「その、信頼が羨ましいっすよぉ!」
若さ故の恋愛事情に煩悶する彼のことは、しばらく放っておこう。そのうち落ち着くはずだ。
それにしても私生活の行動が捕捉されるのは、田舎特有の事象だと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。この街にも知り合いが増えてきたということなのだろう。
「清隆君。楽しそうなところ申し訳ないんだけど、飲物の補充してもらって良いかなぁ?」
「て、店長!い、いつからそこに?」
「さっきからいたんだけどなぁ」
「あはは、そうでしたか〜。じ、じゃあ補充行ってきます」
神出鬼没の店長がいつの間にか近くにいた。いつもに増して心臓に悪い。サボっているところを見られた以上、ここは素直に指示に従おう。時給を下げられでもしたらたまったものじゃない。
ウォークイン冷蔵庫が嫌になってくる時期だ。接客がない分、気楽で好きな作業ではあるのだが、いかんせん寒い。手袋をしなければ、かじかんでしまって商品を落としてしまうくらいだ。さっさと終わらせて戻ろう。その方が、腰にも優しい。
早速、近くの段ボールから商品を取り出して補充を始める。手慣れた動きで、順々に商品を詰めていく。この時、詰め込み過ぎないのがコツだ。ギチギチに入った棚は商品が取りにくくなるのだ。
今日のところは、お客さんと対面する気まずい場面もなく、無事に終了。空いた段ボールを通路の端に寄せて、手袋を元の場所に戻して作業終了だ。ああ、寒い寒い。こんな所、早く出てしまおう。
「もう終わったんだ。流石だねぇ」
「うおっ!て、店長!ここにいたんですか!?」
バックヤードに戻った俺を出迎えたのは、ノートパソコンに向かって座る店長だった。俺の方に体は向いているものの、視線は画面だ。話している間も右手は忙しそうに動いている。
「そうだよぉ。接客は岡崎君に任せちゃって、発注の仕事させてもらってるんだぁ」
「そ、そうでしたか。お疲れ様です」
相変わらずの座敷童子。存在感は薄いが、仕事熱心な男である。
「あ、そうそう。なかなか修羅場ってる感じなんでしょ?お休み欲しい時は、早めに相談してくれると助かるなぁ」
「……岡崎君から聞いたんですか?」
「僕もその場にいたんだけどなぁ」
「あ、あはは。そうでしたね」
いかんいかん。認識の外にいたから、すっかり忘れてしまっていた。しかし、修羅場とは言い過ぎではないか。紅麗奈さんとは、そんな関係ではないのだから。あくまで、幼馴染だ。
「女の子は怖いから気をつけた方が良いよぉ」
「いや、そんなことには……ん?店長、そんな経験あるんですか?」
「僕はそういうこととは無縁だからねぇ。でも、ここで店長やっていると、いろんな人が働きにきてねぇ。そりゃあもういろいろあったんだよぉ」
「……ドロドロですか?」
「そりゃあもうねぇ。思わせぶりな態度が1番良くないみたいだよぉ」
「そんなドラマみたいな話。俺みたいなのには無縁ですよ」
「でも、僕、君が違う女の子と歩いてるの何度か見かけたんだけどなぁ。この街は広いようで狭いからさぁ。君も岡崎君も街中で見かけることは良くあるんだよ」
神通力恐るべし。全く気がつかなかった。自分が思っている以上に、この街で暮らしている人達に目撃されているのか。だが、店長が見かけたという女の子の1人は、母さんな気がする。
「今日、一緒にいた子が幼馴染なんでしょ?可愛い子だよねぇ。バイトに雇ったら売上伸びそうだぁ。機会があったら声かけてくれないかなぁ?」
「隣町に住んでるらしいので、難しいと思いますよ?中に戻りますね。手が空いたら清掃入ります」
「よろしくねぇ」
店長と話しているうちに無性に咲良の声が聞きたくなった。たまにはこちらから咲良に電話をしてみようか。残り少なくなったバイトの時間。咲良と話す話題について考えよう。
次回更新は、11月17日(木)の予定です。




