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第77話 噂の美人③

 仮に同級生が道を踏み外して、友達を失くすような商売をしているのであれば、同郷のよしみで説教の1つでもしてやる。今、俺はお節介な正義感に燃えていた。


 しかし、俺に会いたいと呼び出した女を見た途端その気は失せた。予想が違っていたこともあるが、何故ここにという思いの方が強かったからだ。


「あ!きーくん!こっちこっち!」


 その呼び方をするのは1人しかいない。美人には違いないが、噂の美人とは、良く言ったものだ。


「もー。やっと会えたよー!」


 俺の手を取って、笑みを浮かべる紅麗奈さん。強く手を振られてシェイクされて、何も話せない。それに加えて、背後から嫉妬混じりの視線を感じて居心地が悪い。


「ど、どうしたのこんなところで?」

「どうしてって、また会おうって約束したのに連絡ないから来ちゃった」

「来ちゃったって……電話の1本でもくれたら良かったのに」

「だって、きーくんの実家の番号しか知らないんだもん」

「……この間、連絡先の交換はしなかったんだっけ?」

「してないよ。なんだか急いでいるみたいだったし」

「……そっかぁ。ごめん」


 咲良を待たせている焦りから、紅麗奈さんの対応が疎かになってしまった点は認めるしかない。


「じゃあ、昔みたいにくーちゃんって呼んでくれたら許してあげようかなぁ」

「へ?く、く、くーちゃん?」


 この歳になって再開した幼馴染を子どもの頃のあだ名で呼ぶのは、流石に小っ恥ずかしい。


「あはは、なにそれー。くは1回で良いんだってば」

「そんなこと言ったって、急にそんな」

「良いよ。良いよ。今はそれで許してあげる。久しぶりで緊張しているんでしょ?私には分かるよ」

「アリガトゴザイマス」


 実際、緊張している。いくら幼馴染とはいえ、つい最近まで、名前すらあやふやだった相手だ。ここまで親しげに来られるなんて、誰が想像出来たろう。もう少し段階というものがあると思うのだが。それに自分の容姿について、もう少し自覚してほしい。


「今日は大学終わり?それなら少し付き合ってほしいんだけどな」

「えーっと、良いよ。夜からバイトだからそれまでだったら」

「やった!じゃあ、時間もったいないし行こう?」


 早速と言わんばかり、腕を絡ませてくる。すごく近くて、良い匂いがして、俺は、俺は……周囲の視線に耐えられなかった。


「友達に午後の講義の代筆だけお願いしてくるから、ここで待ってて!すぐに戻ってくるから」


 俺は彼女の返事も聞かず、手を振り解いて走り出した。心臓が飛び出しそうだ。「なんでこんなやつが」とか「どういう関係?」とか聞こえてきたが、それが原因ではないことは確かだ。


「さて、いったいどんな関係なんだ?ただの友達ってことはないよな?」


 戻った俺を迎えたのは、不貞腐れている望だった。そんな彼を大我が「まぁまぁ」と宥めている。よく見る光景だ。


「ただの幼馴染。昔、実家の隣に住んでいたんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ。この間、こっちで偶然会って、わざわざ訪ねてきてくれたみたいだ」

「そっかそっか。じゃあ、午後の講義は任せといて」

「流石、大我。話が早くて助かるよ」

「俺も連れてけー!」

「馬鹿なこと言ってないで行くよ。ここにいると僕等まで針の(むしろ)だ」

「あ、そっちかー」


 大我のやつ面倒見が良い所もあるが、結構ドライなタイプ。今は、その思い切りの良さに感謝する他ないだろう。今もオーディエンスの視線を欲しいがままにしているのだから。一刻も早く、この場を離れる方が先だ。

 望を引きずる大我にお礼を言って、再び紅麗奈さんのところへ戻る。


「待たせちゃってごめん。人がすごいし、サッサと行こう」

「そうかな?これくらい普通じゃない?」


 彼女にとってもこの状況は不本意だろうにケロッとしている。普段からこうなのか、それとも彼女の性格の問題なのか。


「いやいや、普通じゃないよ。こんなところに人混みが出来るなんて初めてだ」


 未だ解散しないオーディエンスにうんざりしつつ、大学を後にして商店街方面を目指す。

 隣を歩く紅麗奈さんは、何故か俺の手を掴んで離さない。人目もあるため何度か振り解こうとしたのだが、全て失敗に終わった。彼女曰く、「昔はこうして歩いたでしょ!」ってことらしい。「それって、本当に俺となのか?」なんて、口が裂けても言える状況ではなかった。


「ねぇねぇ、きーくん。どこに行くの?」

「とりあえず喫茶店かな」


 そうは言ったものの、さて、どこへ行こう。7188が手頃だが、あそこへ連れて行ったらあらぬ疑いをかけられてしまう。それだけは避けたい。

 商店街を通るのも危険だろう。古株のおやっさん達の情報網がどうなっているか定かではないが、引っかかってしまったら詰問されるに違いない。

 やましいことをしている訳ではないが、何故か後ろめたさを感じているのだ。


「こうして2人でお出かけするなんて、先生からもらった100円握りしめて駄菓子屋さんに行って以来だね」

「駄菓子屋って家の近くの?」

「他にどこがあるの?」


 実家の近くにある駄菓子屋は1ヶ所だけだ。あそこには数え切れないほど通い詰めたが、そんな出来事は記憶にない。今となっては、店番をしていたおばあちゃんの顔すらあやふやだ。


「あの時、きーくんったら喜びすぎて派手に転んじゃって100円落としちゃうんだもん」

「それは覚えてる……かも。側溝に落ちてたやつだ」

「そうそう!それそれ!やっとの思いで見つけたら、10円玉も見つけちゃってさ。こっそり貰っちゃったんだよね」

「それで風船ガム買ったら、当たったんだっけ?」

「そんなとこまで、よく覚えてたね!今言われて思い出したよ。同じガム半分こしてさ。あの時は、私の方が背が高かったからお姉ちゃんに間違われたりしたなぁ」


 おばあちゃんの顔すら定かでないのだ。その時、誰かと一緒にいたことは覚えているけど、紅麗奈さんだったという確信が持てない。それだけ、多くの友達と通い詰めて、その数だけ思い出がある場所なのだ。単に駄菓子にしか興味がなかった幼少期だったのかもしれない。


 すっかりご機嫌な様子で鼻歌も歌い始めた紅麗奈さんをがっかりさせたくない。今の話で良い案が浮かんできた。きっと、どちらにとってもベストな選択だろう。

 次回更新は、11月11日(金)の予定です。

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