第54話 夢の続き②
おやっさんは「コーヒー!ブラックで。濃いめでお願いするよ」と言うと俺の隣に座った。足下には大きめのビニール袋がある。買出しだろうか。
おやっさんの来店によって、間にいつもは閑散としているカウンター席があっという間ににぎやかになる。
「お前達何の話していたんだ?階段降りたところまで聞こえてきたぞ」
「なんでもマスターが持っているカードがすごく価値のあるもののようでして」
「カードって子どもじゃあるまいし……」
「今は大人も楽しむ時代なんですよ。はい、タオルどうぞ」
「そういうもんかねぇ」
おやっさんがマスターから受け取ったタオルで頭を拭く。少し薄くなり始めた髪が濡れて悲しいことになっている。それに俺には信じられない事だが、目の前に置かれている次元破壊神コスモガイには全く興味がないようだ。
マスターよりも上の世代だろうし、初代ブームに世間が沸いた時には、すでに子どもの心を失っていたに違いない。
「ん?誰かと思えばいつぞやの姉ちゃんじゃないか」
「ええ、その節はありがとうございました」
「あれ?2人も知り合いなの?」
マスターが不思議そうな顔をしている。可憐な咲良と頑固親父のおやっさん。接点がある方がおかしいのだ。
「知り合いってか、客だよ、客。若い女の子が来るのが珍しかったからサービスしてやったんだ」
「あー。そういえばそんな事を言ってましたね。やっぱり咲良のことだったんだ」
俺が咲良にかんぱねらのお菓子を贈った後、その味を気に入った彼女は1人で店を訪れていたのだ。おやっさんは若い人にはサービス過剰なような気がする。度々おばちゃんにお裾分けを頂いている俺が言えたことではないが。
「こっちこそ、お前が可愛い女の子とここにいるなんて夢にも思ってなかったよ。あれか?前にハンカチ貸してもらったとか言う」
「なになに?その面白そうな話。俺も混ぜてくれよ」
マスターがおやっさんのオーダー通り真っ黒く香りが強いコーヒーが入ったカップを置く。コスモガイのすぐそばに置くものだから、俺としては気が気ではない。
彼の今の興味は、コスモフューチャーよりも香澄さんに面白そうな話を提供する方に向いているようだ。
「そ、その話しは別にいいじゃないですか!はい!おしまいおしまい!」
「マ、マスター!このカード高いんですから、ちゃんと仕舞っててくださいよ!ファンが見たら怒られますよ!」
俺達はおっさん2名からの追及から逃れるべく、それぞれが取れる最善の行動をとったつもりだ。特におやっさんに知られるのは、親に知られるくらい恥ずかしい。
「なんだ、そんな微妙な関係の時期なのか。まぁ青春を楽しめよ。俺達はもう終わったからな。がははは」
「その俺達ってのには俺も含まれてるんですか?」
「当たり前だろ。白髪を携えた大人が若者ぶるんじゃないよ」
「せめて気持ちだけは若くいたいもんです」
「あんたと違って、俺のところは年寄りばっかで若さを吸い取るチャンスがないからなぁ」
おっさん達が声を上げて笑う。老眼がどうとか、腰痛がどうとか、鼻毛がどうとか老化トークで盛り上がっている。店を構えているもの同士、意外と馬が合うらしい。
「立花さんはずっと和菓子一本なんですか?」
「んーそうだなぁ。親がやってた店を継ぐのが当たり前だと思っていたからなぁ。小さい頃から将来の夢は和菓子職人って書いてたって母ちゃんに言われてたよ。あ!勘違いしないでくれよ?洋菓子は食べるのが専門だが大好きなんだ。」
かんぱねらは、この土地が発展する前から店を構えていた老舗だ。常連の高齢者の中には、70年連れ添った味と言う人もいるらしい。
いや、待てよ?それよりも咲良は今なんて言った?
「おやっさんって立花さんって言うんですね……なんか意外」
「今更それはねぇだろ!?俺のことなんだと思ってたんだよ」
「えーっと……おやっさんはおやっさんかなぁって」
「まぁ、別にいいけどよ。今になって立花さんとか呼ばれても気持ちが悪いし」
正直、その方が助かる。今更呼び方を変えるのは違和感しかない。おやっさんはおやっさんなのだから。名前で呼ばないからと言って、絆が育めないなんてことはない。そうだよな?
「かんぱねらのお饅頭は美味しいですからね。コーヒーにも合うし」
「よせよせ。中年の男に褒められても嬉しくない!」
「私も美味しいと思いますよ」
「嬉しいなぁ。毎日丹精込めて作っている甲斐があるってもんよ」
「ちょっと酷くない?」
そんな顔で俺を見ても助けにはなれないぞ。すでにおやっさんは咲良に対して、仕込みの様子を身振り手振りで教えている。
その話しは俺も興味があるが、マスターが離してくれない。俺だって咲良とお話ししたい。そうしたいのだが、コスモガイの誘惑も堪え難いものなのだ。
「コスモガイ見てもいいですか?」
「やっぱり興味ある?どうしよっかなぁ。君に言われたとおり仕舞っちゃおうかなぁ」
「えー?そこはお願いしますよ」
「もー。しかたないなぁ」
相手をしてもらえることが嬉しいのか、妙にウザい。しかし、ここは我慢だ。このカードを手に取って観察できる機会なんて、お金を払ったとしてもそうそうあるものではないのだから。
「おぉ……」思わず感嘆の声が漏れる。レアカード特有の重厚感と輝き。これに多くの男達が虜にされたのだ。肝心な裏面のテキストも色褪せずに残っている。大切に保管されていたのであろうカードが何故ここにあるのか。
「それな、俺がこの店のマスターになった時にお守りがわりに置いたものなんだ」
「お守りですか?」
「店を始めた頃、まぁいろいろな失敗をした訳。お客さんが1人も来ないなんて日もあった。そんな時にそれを見ると力が湧いてくる気がしてさ」
そう言ったマスターは目を細める。涙こそ見せないが、当時の光景が浮かび上がって思うところがあるのかもしれない。
「マスターもおやっさんみたいにコーヒー1本って感じだったんですか?どこかで修行していて、独立したとか」
「コーヒーは完全に独学。それまで、いろんな仕事を転々としててな。この店は、そうだなぁ……夢かな。人のだけど」
いつの間にかおやっさんと咲良もマスターの話に耳を傾けていた。
次回更新は9月20日(火)の予定です。




